製造業DX事例15選 - 工場から経営まで変革する中小・大手の実践
紙をExcelに置き換えるのは「デジタル化」であって「DX」ではない。製造業のDXとは、製造プロセスや経営のあり方そのものが変わることを指します。
本記事では、日本DX大賞やクラウド実践大賞で評価された15の事例を厳選しました。従業員数名の零細工場から大手化学メーカーまで、規模は異なっても「やり方が根本から変わった」共通点を持つ実践を紹介します。
この記事でわかること
- 中小製造業が低コストで実現できるDXの具体的手法
- 大手製造業のデジタルツイン・IoT活用の最前線
- 製造業特有の「人材育成」「技術伝承」課題のデジタル解決策
- 製造プロセスの変革と経営変革を同時に実現するアプローチ
事例1: 株式会社トクヤマ - デジタルツインと経営シミュレーターで製造所全体を最適化
課題
主力製造拠点の徳山製造所に10以上の化学プラントが高度に統合されており、1箇所の改善が他のプラントに波及するため、CO2削減と収益性向上の全体最適化が困難でした。
取り組み内容
プラント群をバーチャル空間で再現する「デジタルツイン」をほぼ全プラントで構築。運転データでパラメータ調整した高精度バーチャルプラントを用い、安全面や法的制約で現実では試行できない条件変更をシミュレーション。さらに全体最適化シミュレーター「T-FORCE」を内製開発し、数千通りの運転シナリオから最適解を導出する仕組みを実現しました。
成果
- 年間6,500トン超のCO2削減
- 年間2.5億円の燃料費削減
- シミュレーションベースで年間4万トンのCO2削減ポテンシャルを発見
この事例のポイント
外部に委託しなかったのは、複雑に統合されたプラント構造を社外に伝えきれなかったから。制約から生まれた内製開発が、年間2.5億円の燃料費削減につながりました。
事例2: 松本興産 - 自作アプリで業務効率70%改善、コスト1,500万円削減
課題
労働人口が都心部の1600分の1という超小規模地域に本社を置く自動車部品メーカー。月400万個の製品目視検査は紙記録と手入力に依存し、業務の属人化と非効率が深刻でした。
取り組み内容
社長自ら現場社員と共にゼロからアプリを開発。タブレットで検査結果を直接入力できるシステムを構築し、「当たりが出たらプレゼントがもらえる」ゲーム要素で社員の利用を促進。独自の「風船会計」で全社員の会計思考を育成する取り組みも並行しています。
成果
- 業務効率70%改善
- 約1,500万円のコスト削減
- 従業員の自発的なデジタル活用が定着
この事例のポイント
都心の1600分の1という労働人口のエリアで、外部ベンダーに頼る余裕はない。社長自ら現場社員と共にアプリを開発し、「当たりが出たらプレゼント」のゲーム要素で利用を定着させました。
事例3: 株式会社フジワラテクノアート - フルオーダーメイド製造のDX
課題
案件ごとにフルオーダーメイドで装置を製造する事業特性から、デジタル化が最も難しい業態の一つ。2018年時点では情報伝達のほとんどが「紙」で、システムは販売管理と営業記録の2つのみでした。
取り組み内容
現状業務を畳2畳分の大判の紙に図式化し、全社員から約100項目の課題を付箋で洗い出すことからスタート。5社から提案を受けて比較検討し、3年間で21のITツール・システムを導入。IT専門部署を設けず、全社員が業務と並行して推進しました。
成果
- 3年間で21のITツール・システムを導入
- 設計・製造・アフターサービスの一気通貫デジタル化
- 専門部署なしでの全社推進を実現
この事例のポイント
案件ごとにフルオーダーメイドという、最もデジタル化が難しい業態。畳2畳分の業務図と100枚の付箋からスタートし、3年で21のシステムを導入しました。
事例4: I-OTA合同会社 - 町工場ネットワークのデジタル化で稼ぐ力を向上
課題
大田区の町工場は、近隣の工場間で仕事を融通し合う「仲間まわし」の仕組みで高品質なものづくりを実現してきましたが、このネットワークはアナログな人間関係に依存しており、技術の可視化や新規顧客への対応に限界がありました。
取り組み内容
町工場ネットワークをデジタルプラットフォームで「見える化」し、各工場の技術力・設備・空き状況をデータベース化。ものづくり相談に対するワンストップサービスを実現し、顧客の図面や要望に対して最適な町工場を迅速にマッチングする仕組みを構築しました。
成果
- 町工場の「仲間まわし」をデジタル化し、マッチング効率を向上
- 新規顧客からの相談対応力が向上
この事例のポイント
1社のDXではなく、町工場のネットワーク全体をデジタル化するという発想。大田区の「仲間まわし」という伝統的な強みを残しつつ、マッチング効率を上げています。
事例5: 株式会社誠和。 - 廃棄物をCO2施肥に転換する農工連携DX
課題
工場から排出されるCO2の処理コスト増大と、農業分野のエネルギーコスト高騰という、製造業と農業の双方が抱える課題が並行して存在していました。
取り組み内容
佐賀市バイオマス産業推進課、佐賀県農業試験研究センターとの産学官連携で、清掃工場のCO2をハウス農業のCO2施肥に活用する仕組みをデジタル技術で構築。経済価値を定量的に可視化するシステムを開発しました。
成果
- CO2利活用量:約363トン/年
- 清掃工場側の経済効果:約1,223万円/年
- 農業者側の経済効果:約250万円/年
- 佐賀市では4年間で50億円以上の経済効果を創出
この事例のポイント
工場のCO2を農業のハウス栽培に転用する。業界の壁を越えた発想と、デジタルによる経済価値の可視化の組み合わせで、佐賀市全体で4年間50億円以上の経済効果を生み出しました。
事例6: 八代製薬 - 残業364時間削減、売上36%アップ
課題
10年前の経理業務は手書き・手計算の帳簿管理が中心。パソコンを操作できない社員が多く、受注・売上・在庫はすべてノートに手書きで管理。データ集計も情報共有もできず、経営判断が遅れていました。
取り組み内容
まずExcelで情報を蓄積する段階から始め、次にkintoneとPCAクラウドを導入。受注から出荷までの一気通貫デジタル管理を段階的に構築しました。「パソコンが使えない」という状態から、段階を踏んで全員がクラウドを活用する体制に変革しています。
成果
- 残業時間364時間削減
- 売上36%アップ
- 紙ベースの業務を全面的にデジタル化
この事例のポイント
手書きのノートで受注・売上・在庫を管理していた10年前から、Excel、kintone、PCAクラウドと段階的にステップアップ。多くの中小製造業が共感できる出発点です。
事例7: 株式会社みやちゅう - 残業ゼロで「しあわせの分かち合い」を実現
課題
東日本大震災で工場全壊と従業員の犠牲を経験。紙と電話が横行するアナログ業務からの脱却と、「従業員の幸せ」を実現する経営が課題でした。低価格競争に巻き込まれ、価格だけで選ばれる市場からの脱出も急務でした。
取り組み内容
サイボウズ Officeを皮切りに、受発注から顧客対応、在庫管理までを段階的にクラウド化。パートタイマーを含む全従業員にアカウントを付与し、情報格差をなくしました。DXの目的を「効率化」ではなく「従業員の幸せ」に設定したことが、全社的な推進力となっています。
成果
- 残業ほぼゼロを達成
- 低価格競争からの脱出と付加価値向上
- 「従業員の幸せ」と「企業成長」の両立
この事例のポイント
東日本大震災で工場全壊と従業員の犠牲を経験した企業が、DXの目的を「効率化」ではなく「従業員の幸せ」に設定。残業ほぼゼロの達成は、その方針の具体的な成果です。
事例8: 有限会社モードレディース - クラウドで「超」短納期の縫製工場を実現
課題
アパレル市場では外国企業の商品が97.6%を占め、国内縫製工場は価格面での競争が極めて厳しい状況。従来の大量生産モデルでは生き残れず、小ロット・短納期での差別化が必要でした。
取り組み内容
衣服・ライフスタイル産業に特化したクラウドサービス「sitateru CLOUD」を活用し、受注管理・生産管理・納品管理をデジタル化。2万社以上が登録するネットワークを活用することで、小ロットでも効率的に受注・生産できる体制を構築しました。
成果
- 小ロット・「超」短納期の製造体制を確立
- 生産管理業務の効率化
この事例のポイント
国内アパレル市場の97.6%を外国製品が占める中、価格では勝てない。「小ロット・超短納期」という差別化をクラウドで実現し、生き残り戦略とDXを直結させました。
事例9: 日本ツクリダス - 町工場が自社開発した生産管理システムを80社に外販
課題
町工場として、既存の生産管理システムは大手向けで高額かつ機能過多。自社の業務にフィットするツールがなく、進捗管理が困難でした。
取り組み内容
8年かけて小さなデジタルツールを一つずつ導入し、組織のIT苦手意識を払拭。その過程で工場の進捗管理に特化した生産管理システム「エムネットくらうど」を自社開発。町工場目線の使い勝手を追求した結果、現在80社に外販するまでに成長しました。
成果
- 自社開発の生産管理システムを80社に外販
この事例のポイント
8年かけて自社の課題を一つずつ解決する中で生まれた生産管理システムが、80社への外販にまで成長。DXが「コスト」から「収益源」に転じた好例です。
事例10: 小椋樹工 - 零細製造業でもできるkintoneを使った業務改善
課題
水栓関連アイテムの組立加工と射出成形を手がける超小規模企業。従業員の休暇調整、シフト管理、生産高の把握、内職さんへの支払いなど、すべてが紙ベース。間接部門の業務増大で本来業務に手が回らなくなっていました。
取り組み内容
低コストで始められるkintoneを導入し、シフト管理・生産高管理・支払い管理をデジタル化。雇用やシステム導入に多額の費用をかけられない制約の中で、自社でできる範囲の改善を積み重ねています。
成果
- 管理業務のスリム化と本来業務への集中
- 紙ベースの管理業務をデジタル化
この事例のポイント
従業員数名の超小規模企業でも、kintoneで始められる改善はある。雇用やシステム導入に多額の費用をかけられない制約の中で、何ができるかを示した事例です。
事例11: 株式会社フレアサービス - AI献立とIoT生産可視化で食品製造を変革
課題
介護施設向け給食を製造する中で、栄養バランスを考慮した献立作成に7名の栄養士が月1,190時間を費やしていました。また、製造現場の生産性が可視化できておらず、KPI設定も曖昧でした。
取り組み内容
AI技術を活用した自動献立作成システム、IoTを活用した生産性可視化システム、顧客管理から納品・請求までのワンストップ基幹システムの3つを並行して開発。売上約13億円の中小企業が、先端技術を自社の経営課題に合わせて実装しました。
成果
- 献立作成業務を50%削減(月1,190時間→約595時間)
- IoTによる生産性のリアルタイム可視化を実現
この事例のポイント
7名の栄養士が月1,190時間を費やしていた献立作成をAIで半減。先端技術を「憧れ」ではなく、具体的なボトルネックへの解決策として導入しました。
事例12: 三田理化工業 - kintoneで売上成長率をプラス転換
課題
4年連続の売上減少と5人に1人の離職という危機的状況。売上減少の原因を分析しようにも、顧客データや市場データが残っておらず、データに基づく意思決定ができない状態でした。
取り組み内容
kintoneを導入し、営業活動・顧客情報・案件管理をデータベース化。「待ちの営業」から「攻めの営業」へのスタイル転換を、データドリブンで推進しました。
成果
- 売上成長率のプラス転換を実現
- データに基づく営業戦略の確立
この事例のポイント
4年連続の売上減少、5人に1人の離職。危機的な状況で「なぜ売上が落ちたか」を分析しようにも、データがなかった。kintoneで「データを残す」ところから始めた結果、売上成長率はプラスに転じています。
事例13: 荏原製作所 - ADKARモデルでグローバル製造業の変革を推進
課題
海外売上高比率約67%のグローバル企業として、DXを推進するもシステム導入が目的化。現場の意識変革が追いつかないという「人」の課題に直面していました。
取り組み内容
DX推進と並行して「ADKARモデル」を活用したチェンジマネジメントに取り組み、認知・意欲・知識・実行力・定着の各段階で社員の意識変化を定量的に分析。経営陣と社員が一体となった変革を推進しています。
成果
- ADKARモデルによる意識変化の定量的な可視化
- グローバルグループ会社への変革展開
この事例のポイント
システムを導入しても現場が使わなければ意味がない。ADKARモデルで社員の意識変化を定量的に追い、技術と組織変革を同時に進めています。
事例14: キリンホールディングス - 「DX道場」で製造業の全社デジタル人材を育成
課題
DX推進に必要な全社員のデジタルリテラシー向上において、座学だけでは実践力が身につかず、特に企画構想力の不足が課題でした。
取り組み内容
「白帯」「黒帯」「師範」の3段階のレベル別プログラム「キリンDX道場」を立ち上げ。手挙げ式で全社員に門戸を開放し、師範コースでは上司同席の成果発表会を設けるなど、実践と評価を一体化させています。
成果
- 白帯1,600人、黒帯750人、師範150人が認定(2022年末時点)
- 当初目標の白帯1,500人認定を1年前倒しで達成
この事例のポイント
白帯1,600人、黒帯750人、師範150人。手挙げ式で全社員に門戸を開放し、当初目標を1年前倒しで達成。DX人材不足に悩む製造業にとって、再現性の高い育成モデルです。
事例15: 旭化成 - オープンバッジで2,500名のデジタルプロ人財を育成
課題
7つのグループ会社、数万人の従業員のデジタルスキルを体系的に把握し、育成・活用する仕組みが必要でした。
取り組み内容
デジタルスキルの習得を「オープンバッジ」で可視化し、現場による教材の内製化を推進。「Accomplishment表彰」で成功事例を全社に共有し、経営層の「変わるんだ!」と現場の「変われるんだ!」を両輪で回す仕組みを構築しました。
成果
- 3年で2,500名以上のデジタルプロ人財を育成
- DXプロジェクトの成果創出が加速
この事例のポイント
3年で2,500名のデジタルプロ人財を育成。オープンバッジによるスキルの可視化と、「Accomplishment表彰」による成功事例の全社共有が両輪になっています。
まとめ: 製造業DXを成功させるための5つの視点
15の事例から、製造業DXの成否を分けるパターンを整理します。
1. デジタル化とDXを区別する
紙をExcelに、Excelをクラウドに置き換えるだけなら「デジタル化」です。トクヤマのデジタルツインや、モードレディースの超短納期体制のように、製造の前提そのものが変わって初めて「DX」と呼べます。
2. 現場が主役になる仕組みを作る
松本興産の「社員自作アプリ」、後藤組の「全員DX」に共通するのは、現場の一人ひとりがデジタルの担い手になっている点です。製造業の競争力は現場にあり、DXもそこから始まります。
3. 小さく始めて着実に積み上げる
八代製薬は手書きノートからExcel、ExcelからCloudへ。日本ツクリダスは8年かけて一つずつ。一気にスマートファクトリーを目指すのではなく、目の前の課題を一つずつ解決するアプローチが、中小製造業では特に有効です。
4. DXを「コスト」ではなく「価値創造」に位置づける
日本ツクリダスのシステム外販、誠和。の農工連携のように、DXが新たな収益源になる事例が増えています。経費削減だけでなく、価値創造の手段としてDXを位置づけられるかどうかが分岐点です。
5. 人材育成を変革の中核に据える
キリンの「DX道場」、旭化成の「オープンバッジ」、荏原の「ADKARモデル」。技術を入れても、使う人が変わらなければ成果は出ません。製造業では現場の暗黙知が競争力の源泉であり、その担い手をデジタル時代に適応させることが鍵です。
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