事例

自作アプリで社員のDXを促進、業務効率70%改善の快挙 – 松本興産の変革物語

埼玉県の小鹿野町に本社を置く自動車部品メーカー、松本興産株式会社。労働人口が都心部の1600分の1という「超田舎」で、非効率な業務や社内のコミュニケーション不足など、様々な課題を抱えていました。そんな同社が、社員のリスキリングを通じて見事にDXを成し遂げ、生産性向上と働き方改革を両立させた事例が注目を集めています。

その立役者が、取締役の松本めぐみ氏です。「田舎企業の一歩を社会の希望にする」という思いで、全社を巻き込んだDX改革に取り組んだ経緯について伺いました。

背景: 田舎ゆえの「6重苦」を乗り越える

松本興産が直面していた課題は、「6重苦」とも呼べるものでした。非効率な作業が多い、部署間の風通しが悪い、IT人材がゼロ、予算がない、過去のDX失敗による社員の嫌悪感、属人化したブラックボックス業務。松本氏は「社員が自発的にリスキリングに取り組むには、どうすればいいか」を考え抜きました。

そこで辿り着いたのが、「ちょうちょモデル」です。「サナギが蝶になるには、つかまる枝が必要」という発想のもと、経営戦略の3本柱である「パーパス」「数値戦略」「会計思考」を「枝」に見立て、社員のDXマインド醸成を後押ししたのです。

実践事例の紹介: 自作アプリで検査業務を効率化

松本氏が真っ先に取り組んだのが、月400万個に及ぶ製品の目視検査業務のデジタル化です。従来は紙に検査結果を記録し、そのデータを手作業で入力するという手間がかかっていました。そこで、現場の社員と一緒になってゼロからアプリを開発。タブレットで検査結果を直接入力できるようにしました。

この取り組みにより、約1,500万円のコスト削減を実現。加えて、アプリに「当たりが出たらプレゼントがもらえる」というゲーム要素を組み込むことで、社員のモチベーションアップにも一役買ったそうです。こうした小さな成功体験の積み重ねが、社内のDXマインドを醸成する原動力となりました。

アプローチ: 風船会計で社員の会計思考を育む

DXを進める上で欠かせないのが、社員一人ひとりの会計思考です。松本氏は「風船会計」というユニークな手法で、決算書への理解を深める取り組みを行いました。貸借対照表を「ブタの貯金箱」に、損益計算書を「風船」に見立て、誰もが直感的に理解できるよう工夫を凝らしたのです。

この「風船会計」により、社員は自分の業務と会社の利益との関係性を意識するようになりました。経理部の社員が作った「業績モニターアプリ」では、生産ラインごとの売上や稼働率をリアルタイムで可視化。総務部の社員が開発した「製品単位の利益を考えるアプリ」など、様々な「気づき」を促す仕掛けが生まれました。

課題と克服: 多様な社員の個性を活かしたDX推進

松本興産のDXは、社員の「個性」を尊重することから始まりました。20代から70代まで幅広い年齢層の社員一人ひとりに、性格分析を実施。「論理的」「発想力重視」など、各自の特性を理解した上で、DXへの向き合い方を柔軟にアレンジしたそうです。

また、TOPが承認しなくても自由にアプリ開発できる環境を整備。社員同士が学び合う「ファーストペンギン会」なども開催し、DXの輪を広げる工夫を重ねました。松本氏は「世代間のギャップよりも、個人のタイプによる違いの方が大きかった」と振り返ります。

成果: 目に見える変革と企業価値の向上

こうした地道な取り組みの結果、松本興産のDXは着実に進展。約3万時間に及んでいた業務時間が、1万時間以下に短縮されました。また、パーパスである「削りで人を幸せに」の実現に向け、社員のスキルアップとエンゲージメント向上も実現。Forbes JAPANの「WOMEN AWARD」など、多くの賞を受賞する快挙を成し遂げました。

加えて、DXで培ったノウハウを新たなビジネスの柱にする構想も進行中だそうです。自社開発した「風船会計アプリ」の外販など、ITソリューションの提供により、更なる企業価値の向上を目指しています。

まとめ: 田舎の小さな一歩が、社会を変える希望に

松本興産の事例は、「田舎の中小企業だからDXは無理」という先入観を見事に覆すものでした。社員一人ひとりの強みを活かしながら、「小さな成功体験」を積み重ねる。経営陣と現場が一体となって、地道にDXのマインドを醸成する。その積み重ねが、やがて大きな変革の波を生み出していったのです。

「組織の大きさなんて関係ない。本気になれば何だってできる」。松本氏の言葉には、DXに悩む多くの中小企業に向けた熱いメッセージが込められています。たとえ小さな一歩でも、前に踏み出す勇気を持つこと。その積み重ねが、いつか社会を変える希望の光になる。松本興産の変革物語は、そんな示唆に富んでいます。