医療・介護DX事例10選 - ヘルスケア分野のデジタル変革

医療・介護は、DXが最も求められながら、最も進みにくい分野の一つです。患者の安全、個人情報保護、現場スタッフのITリテラシー、そして「目の前の人を助けること」が最優先という現場の文化。これらの壁を乗り越えてデジタル変革を実現した10の事例を紹介します。

救急搬送の情報共有を紙と電話からリアルタイムのクラウドに変えた事例。介護記録にかかる時間をゼロに近づけた事例。いずれも共通するのは、「テクノロジーを入れること」が目的ではなく、「患者・利用者のために時間を取り戻すこと」が目的だという点です。

この記事でわかること

  • 医療現場の救急・入院・診療におけるDXの実践パターン
  • 介護施設の記録業務・ケア品質を変えたデジタルツールの活用法
  • 医療・介護人材の教育をデジタルで変革したアプローチ
  • 現場スタッフのITリテラシーの壁をどう乗り越えたか

事例1: TXP Medical × 山形市 - 救急医療の情報連携をクラウドで変革

課題

山形市では年間約13,000件の救急出動が発生し、搬送困難事案は令和5年に657件に達していました。救急隊と医療機関の情報共有は紙と電話に限られ、搬送先の選定に時間がかかることが患者の命に関わる問題になっていました。

取り組み内容

TXP Medical株式会社が開発したクラウド型救急医療情報連携システム「NSER mobile」を導入。救急隊員がタブレット端末で患者情報を入力すると、AI音声入力やAI-OCRによる自動テキスト化を経て、病院にリアルタイムで共有されます。消防本部の職員がパンフレットを目にしたことがきっかけで連携が始まりました。

成果

  • 7消防本部・16病院に展開、システム利用率91.7%
  • 年間1,950時間の事務業務時間を短縮
  • 年間約3,562件の電話対応が不要に
  • 搬送困難事案が令和6年度421件に減少

この事例のポイント

「できるところから一緒に」という姿勢が各自治体のペースに合った導入を可能にし、現在は新潟市、北九州市、那覇市などへの全国展開が進んでいます。

詳しくはこちら →


事例2: 東北大学病院 - コロナ禍で医療DXの実力を証明

課題

新型コロナウイルスの感染拡大で、宿泊療養施設の患者管理は紙ベースで行われていました。患者が急増すると記録用紙の紛失が発生。入院前の医療調整や管理体制の構築が急務でした。

取り組み内容

宮城県と連携し、宿泊療養施設の患者管理をExcelベースで電子化。さらにスマートフォンの健康管理アプリ「MySOS」とAPI連携させ、患者が朝晩入力したデータを自動取込する仕組みを構築。医療機能強化型の宿泊療養施設を全国初で創設し、酸素飽和濃度の24時間モニタリングも導入しました。ワクチン接種では3日間で予約システムを内製開発し、「学認」との認証連携を日本で初めて実現しています。

成果

  • 宮城県のコロナ第5波終息時、累積感染者1万人以上の都道府県で10万人あたり死亡者数が全国最小
  • 聞き取り調査業務の大幅削減で患者急増にも対応
  • ワクチン接種予約システムを3〜5日で開発・運用開始

この事例のポイント

「業者にノウハウがなく間に合わない」と判断し、医師自ら要件定義からシステム開発まで手がけた。非常時の内製開発力が、結果的に県全体の医療体制を支えました。

詳しくはこちら →


事例3: 社会福祉法人ささゆり会 - 「アナログに寄り添う」介護DXで直接介護時間17%増

課題

特別養護老人ホーム「サンライフ御立」では、介護記録に多くの時間を費やしており、利用者と直接向き合う時間が不足していました。一方で、デバイス操作に不慣れなスタッフが多く、一気にデジタル化するとかえって混乱を招くリスクがありました。

取り組み内容

2010年から段階的にデジタル化を推進。「デジタルがアナログに寄り添う」を方針に、iPadを開いてボタンを押すだけで操作が完了する環境を構築。端末管理は担当者1名に集約し、職員の設定負担を最小化。非営利団体向けサービスを活用してGoogle WorkspaceやSlackを無償導入し、情報共有基盤を整備しました。

成果

  • 直接介護時間が17%増加
  • 1人あたり10〜20分の作業時間短縮
  • 利用者との会話や個別ケアの時間が増加

この事例のポイント

「紙のチェックシートを見れば安心する」という現場の声を否定せず、チェックシートだけは残しながら段階的に移行。全てを一気に変えないという判断が、現場の抵抗感を下げました。

詳しくはこちら →


事例4: 株式会社さくらコミュニティーサービス - 介護記録クラウド「Care Viewer」を自社開発

課題

介護記録の記入に事業所あたり年間5,400時間を費やし、職員は休憩時間や残業で対応。7年間の書類保管義務で事務所は紙であふれていました。市販の介護ソフトは高額で、報酬計算には対応しても生産性向上につながるものがありませんでした。

取り組み内容

「現場の困りごとを一番知っているのは自分たち」という考えのもと、介護クラウドサービス「Care Viewer」を自社開発。全国のエンジニアをリモート採用して開発体制を構築し、アジャイル開発で現場のフィードバックを即座に反映。AI機能によるケアプラン自動生成や、IoTによる介護利用者情報の自動収集も開発を進めています。

成果

  • 介護記録の作業時間を大幅に削減
  • 書類関連経費を年間540万円削減
  • 270以上の外部事業所が導入、新規収益源を確立

この事例のポイント

介護事業者がシステム開発会社に変わった事例です。現場の「痛み」を知る当事者が作ったからこそ、270事業所に広がりました。

詳しくはこちら →


事例5: 株式会社あきた創生マネジメント - 人口減少地域の介護を「業務の見える化」で守る

課題

秋田県は全国で最も深刻な人口減少と高齢化に直面しており、介護従事者の確保はもはや日本人だけでは不可能な状況でした。2017年頃から中途・新規採用ともに応募がなく、現場の職員に残業やシフト変更の負担がかかっていました。

取り組み内容

全業務の棚卸しと可視化を実施。「人にしかできない業務」と「AIやアウトソーシングで代替可能な業務」に分類し、ICTツールを導入。併せてインドネシア・ベトナムからの海外人材(グローバルメンバー)の受け入れを開始し、暗黙知を形式知に変換した業務マニュアルや、母国語での情報共有など、多様な人材が働ける環境を整備しました。

成果

  • 67名中14名が海外人材、多様な組織の実現
  • 残業時間の減少、有給休暇取得率の向上
  • スタッフ定着率のアップと新規採用の成功

この事例のポイント

海外人材に「何となく」が通じないから、全ての業務を書き出して整理した。結果として日本人スタッフにとっても業務が明確になり、組織全体の生産性が上がりました。

詳しくはこちら →


事例6: 特定非営利活動法人地域診療情報連携協議会 - 翻訳機能付きビデオチャットで「ことばのかべ」をなくす

課題

日本語が話せない外国人患者や聴覚言語障害者は、医療機関で十分なコミュニケーションが取れず、適切な医療を受けられないリスクがありました。翻訳デバイスは対面では有効ですが、電話のように離れた場所では使えませんでした。

取り組み内容

群馬大学医学部で培った遠隔医療と国際医療の研究ノウハウをもとに、翻訳機能付きビデオチャットシステム「リモートコネクト」を開発。131の国と地域の言語に対応し、QRコードを読み込んで3ステップで接続可能。話した言葉を自動翻訳して字幕で表示します。

成果

  • 131の国と地域の言語に対応
  • オンライン診療、行政の外国人窓口、海外商談など多分野で活用
  • 障害者情報アクセス法にも対応したバリアフリーシステムとして評価

この事例のポイント

東日本大震災で被災地の外国人支援を行った経験が原点です。「ことばのかべ」を技術で解決するという一貫した姿勢が、10年以上の活動を支えています。

詳しくはこちら →


事例7: 株式会社学研メディカルサポート - 看護師60万人が利用するeラーニングで医療教育を変える

課題

看護師・医療従事者は常に最新の知識を学び続ける必要がありますが、コロナ禍で院内研修の実施が困難になりました。研修担当者の負担も大きく、研修が定着しない病院も少なくありませんでした。

取り組み内容

看護師向けeラーニングサービス「学研ナーシングサポート」を全国の病院に展開。約350テーマのコンテンツを用意し、毎年200コンテンツを差し替えることで最新性を維持。導入後のフォローに注力し、営業担当が各病院を年3〜4回訪問して使い方の説明やデータ共有を行っています。

成果

  • 全国約8,300の病院のうち2,230以上が導入
  • 利用者数60万人を突破
  • 平均視聴率80%超を維持

この事例のポイント

eラーニングで最も難しいのは「使われ続けること」。年3〜4回の訪問フォローという泥臭いアプローチが、80%超の視聴率を支えています。

詳しくはこちら →


事例8: 株式会社Medi-LX - 従業員5名が看護教育のオンライン化を切り拓く

課題

コロナ禍で看護学生が病院に入れなくなり、患者に接して学ぶ「臨地実習」が全国で行えなくなりました。オンラインで臨地実習を代替できるシステムは存在しませんでした。

取り組み内容

救急看護認定看護師と教育学の専門家が中心となり、教育用電子カルテ「Medi-EYE」を開発。実際の病院の電子カルテに近い画面構成で、模擬患者のカルテを使った実習が可能です。個人情報を含まないため、クラウド上での実習が実現しました。開発は完全リモートで行い、レールダル社のシミュレーターとの連携も実装しています。

成果

  • 看護教育機関約1,000校のうち160校が導入
  • リリースから11ヶ月で黒字転換
  • 厚生労働省主管の看護師特定行為研修にも採用

この事例のポイント

5名の会社が、看護教育のインフラを作りました。外部の看護エキスパートコミュニティとの連携で教材の質を担保する仕組みが秀逸です。

詳しくはこちら →


事例9: 医療法人正幸会 正幸会病院 - オンライン診療と自社システム「mawari」で医療の未来モデルをつくる

課題

大阪府門真市にある56床の病院。電子カルテの普及率が低い医療業界にあって、「紙カルテ」「電話予約のみ」「現金決済のみ」という状態が続いていました。2015年、外来事務スタッフ2名が突然退職するという事件が発生。業務のアナログ・属人化のリスクを痛感し、デジタル化に舵を切ります。

取り組み内容

成長戦略の柱を「デジタル&クラウド化」に据え、2015年に電子カルテを導入。2018年にはオンライン診療を制度解禁直後に開始しました。さらに2019年、病院特有の業務を効率化するための専用システム「mawari」を自ら開発。院内の属人的な業務を次々とクラウドに載せ替えていきました。

成果

  • オンライン診療の早期導入で、コロナ禍でも診療を継続
  • 院内業務の属人化を解消し、スタッフ間の情報共有が向上
  • 自社開発システム「mawari」による病院固有業務の効率化

この事例のポイント

「病院はIT化が遅れている」が常識の業界で、56床の中小病院が自らシステムを開発した。スタッフ退職という危機がきっかけですが、そこから「投資判断がしやすくなった」と語る院長の言葉に、DXの本質があります。

詳しくはこちら →


事例10: 相生株式会社 - 従業員10名以下のグループホームが実現したクラウド活用

課題

大阪市内で障がい者向けグループホーム9箇所を運営する相生株式会社。50名のケアワーカーの勤怠管理は紙のタイムカードで、9箇所を回って回収するだけで半日を要していました。外国人スタッフは手書き日報に苦労し、コロナ禍で全員集合の会議もできなくなりました。

取り組み内容

大阪商工会議所のITビジネスアプリ導入サポートデスクを活用し、3つのクラウド化に取り組みました。勤怠管理に「ジョブカン」を導入して外出先からの打刻を可能に。業務日報はkintoneで作成し、外国人ケアワーカーは音声入力で日報を書けるように。会議・研修はZoomでオンライン化しました。

成果

  • タイムカード回収の半日作業が不要に
  • 外国人スタッフの日報作成の負担を大幅に軽減(音声入力)
  • 事務作業の削減分を利用者支援の時間に充当
  • 遠方スタッフの会議出席率が向上

この事例のポイント

従業員10名以下の法人が、既存の安価なクラウドサービスの組み合わせで業務を変えた事例。高額なシステムは不要で、「ジョブカン+kintone+Zoom」という誰でも始められるツールセットが、介護現場の日常を確実に改善しています。

詳しくはこちら →


まとめ: 医療・介護DXを成功させる3つの条件

10の事例に共通する成功条件を整理します。

1. 目的は「患者・利用者のための時間を取り戻すこと」

ささゆり会の直接介護時間17%増、さくらコミュニティーサービスの5,400時間削減。デジタル化の効果を「時間の創出」で測っている事例が成果を出しています。テクノロジーは手段であり、本来の業務に集中するための基盤です。

2. 現場の抵抗感を「段階的な導入」で解消する

ささゆり会はチェックシートを残しながら移行し、あきた創生マネジメントは暗黙知を形式知に変換してから海外人材を受け入れました。現場の不安を否定するのではなく、寄り添いながら進めるアプローチが、定着率を高めています。

3. 当事者が自ら作る

東北大学病院は医師がシステムを内製開発し、さくらコミュニティーサービスは介護事業者がクラウドサービスを自社開発しました。「現場を知る人が設計する」という原則が、本当に使われるシステムを生んでいます。


関連する事例・記事


日本DX大賞について

日本DX大賞は、DXを通じて社会やビジネスの課題を解決し、持続可能な成長を実現する取り組みを表彰するアワードです。2022年の開始以来、自治体や企業のDX推進事例の発掘と共有の場として、日本のDX推進を加速させています。エントリーはこちら