DX人材育成の事例10選 - リスキリング・研修の成功パターン

ツールを導入しても、使いこなす人がいなければDXは進みません。多くの企業が「DX人材の不足」を課題に挙げますが、その育成方法は千差万別です。外部研修を受講させる企業もあれば、全く異なるアプローチで成果を上げている組織もあります。

本記事では、DX人材育成で具体的な成果を出した10の事例を紹介します。大企業の体系的なプログラムから、中小企業の現場密着型の取り組み、自治体の全職員を対象としたリスキリングまで。共通するのは、「研修を受けて終わり」にしない仕組みがあることです。

この記事でわかること

  • 大企業のDX人材育成プログラムの設計思想と具体的な仕組み
  • 中小企業でも実践可能な、低コストで効果の高い人材育成手法
  • 自治体・公的機関におけるDXリスキリングの進め方
  • 「研修を受けて終わり」にしないための工夫

事例1: 旭化成 - オープンバッジで3年間に2,500名のデジタルプロ人財を育成

課題

2022年に策定した「DX Vision 2030」を実現するには、DX推進部門だけでなく、各事業部門にデジタル人財が必要でした。工場にはパソコンが全員分行き渡っていないなど、デジタルとの接点が少ない職場も多く、全社的なリテラシー向上が求められていました。

取り組み内容

DXスキルを5段階のレベルで定義し、国際標準規格の「オープンバッジ」として体系化。データ分析やデザイン思考といったスキルごとにコースを設計し、多くの研修コンテンツを社内有識者が内製で開発しました。全社一律の強制参加ではなく、学びたい社員のみが参加する自己研鑽方式を採用。レベル4では、社内のデータ分析専門家が6ヶ月間伴走する実践型のプログラムを用意しています。

成果

  • 3年間で2,500名以上のデジタルプロ人財を育成(目標超過達成)
  • マテリアルズ・インフォマティクスで新素材開発期間を2年から3ヶ月に短縮
  • 住宅領域でボルト締結管理システムを開発、工程を1/3に短縮
  • 会長・社長自らオープンバッジ取得を社内発信

この事例のポイント

強制ではなく自己研鑽という設計が巧みです。「受けさせる研修」はデジタルへの嫌悪感を生むリスクがある。自ら学びたい人に手厚い支援を提供する方が、結果的に早く広がるという判断です。

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事例2: キリンホールディングス - 「キリンDX道場」で事業会社のビジネスアーキテクトを育成

課題

DXを情報部門主導で進めてきましたが、「現場のビジネス課題を深く理解できていない」「リソース不足でスピードが出ない」という課題が浮上。技術力よりも「企画構想力」、本社よりも「現場・事業会社」が重要だという認識に至りました。

取り組み内容

2021年に「キリンDX道場」を開始。白帯(デジタル活用の基礎)、黒帯(自力でDX推進)、師範(全社横断のDX先導)の3段階でプログラムを設計。全社員を対象とした手挙げ式で、自社オリジナルのカリキュラムを作成しています。全ての講座に「認定要件」を設定し、白帯でも「デジタルを活用した業務改善案の立案」を求めます。

成果

  • 2年間で白帯1,600人、黒帯750人、師範150人を認定
  • 当初目標を1年前倒しで達成
  • 卒業生から具体的なDX案件が立ち上がる

この事例のポイント

「キリンDX道場」というキャッチーな名称が、社員の関心を引く効果を発揮しています。名前で興味を持ち、手を挙げ、学んで実践する。この流れを自然に作れています。

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事例3: 群馬県 - 職員主体のDIYで「日本最先端クラスのデジタル県」へ

課題

「2023年度末までに日本最先端クラスのデジタル県になる」という目標を掲げたものの、DXの取り組みを全職員に浸透させるには時間がかかる大組織でした。外部研修だけでは実務で応用できず、一過性に終わるリスクがありました。

取り組み内容

DX戦略課を全国に先駆けて設置し、「職員が主役」「自分たちでDIY」「利用者視点」の3原則で推進。Microsoft 365総合コミュニティをTeams内に設け、職員の6割以上にあたる約2,500人が参加。一方的に教わるだけでなく、自分も教える立場になる仕組みを構築しました。さらに、Power Platformの研修を受けた職員が講師を務め、部局内にエバンジェリストを育成する研修も実施しています。

成果

  • 111の事業のうち約9割が予定通りまたは前倒しで完了
  • 「ぐんまワクチン手帳」を約800万円でDIY開発、登録者40万人
  • テレワーク実施回数が約2.2倍に増加
  • 農政部でGoogle Apps Scriptによるシャインマスカット糖度予測アプリを内製開発

この事例のポイント

研修を受けた職員が次の講師になる連鎖反応を設計しています。「教えることで学ぶ」効果により、デジタルスキルが自然と組織全体に広がる仕掛けです。

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事例4: 都城市 - 「カルテット体制」で自治体DX人材を育てる

課題

自治体のDX推進において、推進体制と人材育成を両立させる必要がありました。公務員の「失敗してはいけない」という文化が、新しい取り組みへのチャレンジを阻害する構造的課題でもありました。

取り組み内容

総括担当、政策企画担当、デジタル統括課、財政課の4者による「カルテット体制」を構築。市長自らがCDO(最高デジタル責任者)を務め、「完璧を求めない」「ルール変更を前提で取り組む」といった指針を発信しました。京セラの稲盛フィロソフィに着想を得た「都城フィロソフィ」を策定し、「心のリスキリング」として入庁時の志を思い出させる取り組みも実施。ナッジやサービスデザインなど、デジタルと直接関係ない研修も組み込んでいます。

成果

  • 5年計画の半分の期間で94事業を達成
  • デジタル田園都市国家構想で全6事業合計約9億円の交付金を獲得
  • ふるさと納税ワンストップ特例のアプリ「IAM」を開発、130万ダウンロード

この事例のポイント

市長は「デジタルに詳しくない」と公言しています。だからこそ「市民が使いやすいか」を自ら触って判断する。DX人材育成の本質は、デジタルスキルだけでなく「誰のための変革か」を考える力にあります。

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事例5: 株式会社ヒューマングループ - IT専門家ゼロの経営企画室がDX推進チームに変わるまで

課題

自動車教習所運営会社の経営企画室。メンバー全員がIT非経験者でしたが、30年稼働のレガシーシステム刷新と業務のデジタル化を担う必要がありました。外部に委託する予算もありませんでした。

取り組み内容

社長自らがノーコードツールでプロトタイプを作り、経営企画室メンバーに見せることで「自分たちにもできる」という感覚を植えつけました。メンバーは実際のプロジェクトを通じてスキルを習得し、1年間で100を超える業務アプリを内製開発。動画マニュアルの作成、作業マニュアル作成ボット、指導員見習い育成チャットボットなど、学ぶための仕組みも自分たちで作っています。

成果

  • IT経験ゼロのメンバーが100以上の業務アプリを開発
  • 70代のスタッフもボットを使いこなす状態に
  • 自社のノウハウをパッケージ化し、既に15社に導入支援を展開

この事例のポイント

研修プログラムではなく、実際の業務改善を通じて人が育つモデルです。「困りごとを自分で解決する」プロセスそのものが、最も効果の高い人材育成になっています。

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事例6: 荏原製作所 - ADKARモデルで「人の意識」を変えるチェンジマネジメント

課題

1912年創業、海外売上高比率67%のグローバル企業。長期ビジョン「E-Vision 2030」のもとDXを推進してきましたが、システム導入が目的化し、個人の意識が追いつかないという壁にぶつかりました。変革の理由が社員に腹落ちしておらず、「なぜ変わらなければならないのか」が伝わっていなかったのです。

取り組み内容

米Prosci社の「ADKARモデル」を導入。認知(Awareness)→意欲(Desire)→知識(Knowledge)→実行力(Ability)→定着(Reinforcement)の5段階で社員一人ひとりの意識変化を定量分析し、各段階に応じた支援を設計。説明会や対話の場を繰り返し設け、グローバルグループ会社にも同じ手法を展開しています。

成果

  • 社員の意識変化を段階ごとに定量的に可視化
  • グローバルグループ会社への変革手法の展開
  • 「チャレンジしよう」という風土の醸成

この事例のポイント

DXは技術導入だけでは完結しない。荏原製作所が示したのは、人の意識をどう変えるかという問いに対する体系的なアプローチです。

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事例7: 株式会社後藤組 - 建設会社が「全員DX」を実現した組織変革

課題

建設業界の人手不足と高齢化。デジタル化は若手や一部のIT担当だけが取り組むものという認識があり、現場の職人層を巻き込むことが最大の壁でした。

取り組み内容

「全員DX」をスローガンに、役職や年齢を問わず全社員がデジタルツールを使う文化を醸成。経営トップが率先してデジタルツールを活用し、現場の職人にもタブレットを配布。日報や写真管理、図面共有などの日常業務からデジタル化を始め、段階的にICT施工やBIMへと拡大しました。業務プロセスの可視化と意思決定のワークフロー変革にまで踏み込んでいます。

成果

  • 建設現場を含む全社員のデジタルツール活用を実現
  • 業務プロセスの可視化による生産性向上
  • デジタル化を通じた企業風土の変革

この事例のポイント

「全員DX」を掲げるだけでなく、日報という毎日の業務を起点にしたのが実効的です。特別なことから始めるのではなく、毎日やることをデジタルに置き換える。その積み重ねが文化になります。

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事例8: 東北コピー販売株式会社 - 10年かけて「全員がデジタルを使える組織」を作った中小企業

課題

複合機販売という本業の将来性に危機感を抱きつつも、社内のデジタルリテラシーは低い状態でした。少人数の組織で研修に割ける時間も限られ、全員のスキルを底上げする方法が必要でした。

取り組み内容

約10年をかけて段階的にデジタル化を推進。まず社内のペーパーレス化から着手し、日常業務にクラウドサービスを組み込むことで「使いながら覚える」環境を構築。全社員がクラウドツールを日常的に使いこなせるようになった後、その経験とノウハウを顧客企業のDX支援という新規事業に転換しました。

成果

  • 全社員のデジタルリテラシー向上
  • 社内業務の効率化とペーパーレス化
  • DX支援事業という新たな収益源の確立

この事例のポイント

10年という時間軸が、中小企業の人材育成のリアルを示しています。短期間のプログラムで劇的に変わることを期待するより、日常業務の中で少しずつスキルが上がる仕組みを作る方が、中小企業には合っています。

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事例9: 株式会社グッデイ - 地方ホームセンターが全スタッフをデータドリブンに変えた

課題

九州北部を中心に展開するホームセンター。小売業の現場はスタッフの経験と勘に依存しがちで、商品の発注や棚割りも属人的でした。地方企業ゆえにIT人材の採用も難しい環境です。

取り組み内容

「人のDX」を掲げ、スタッフ一人ひとりがデータを使って判断できる組織を目指しました。BIツールを全社導入し、店舗スタッフが自分で売上データを分析して発注や品揃えに反映。社長自らPythonを学び、「データを見て判断する」文化を率先して示しています。

成果

  • 5年間で売上高26%アップ
  • 全スタッフがBIツールを活用するデータドリブン組織を構築
  • DX先進企業として全国から視察が集まる存在に

この事例のポイント

社長がPythonを学ぶ。その姿勢が「デジタルは現場がやること」という空気を変えました。スキル研修より、経営者の行動が人を動かす好例です。

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事例10: 青山商事 - 店舗スタッフ4,000人の役割をマーケターに変革

課題

「洋服の青山」は全国約700店舗を展開。コロナ禍で消費者行動が激変し、店舗でお客様を待つだけのビジネスモデルでは立ち行かなくなりました。店舗スタッフ約4,000人の「接客する人」という役割そのものを変える必要がありました。

取り組み内容

「DX 3本の柱」として、接客ツール・お客様アプリ・組織改革を一体で推進。接客端末でゼロパーティーデータとファーストパーティーデータを組み合わせ、スタッフが一人ひとりのお客様に合った提案をできる仕組みを構築。「なぜ購入したのか」という背景まで理解し、マーケターとして行動できるスタッフへの転換を図りました。

成果

  • 店舗スタッフ4,000人がデータに基づく提案型接客を実践
  • 年間300〜400トンの下取り品回収によるサステナビリティ貢献
  • 店頭在庫の縮小と流通コストの削減

この事例のポイント

「接客」を「マーケティング」に再定義した。デジタルスキルの付与ではなく、仕事の意味そのものを変えた組織変革です。

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まとめ: DX人材育成で成果を出すための4つの原則

10の事例から見えた、DX人材育成の成功パターンを整理します。

1. 「受けっぱなし」にしない仕組みを作る

旭化成は研修後に業務で成果を出す伴走支援を6ヶ月間実施。キリンは全講座に認定要件を設定。群馬県は研修を受けた職員が次の講師になる連鎖を設計。学んだことを実践に移すまでが人材育成です。

2. 日常業務の中で学べる環境を用意する

東北コピー販売は10年かけて「使いながら覚える」環境を構築。ヒューマングループは「困りごとを自分で解決する」プロセス自体を育成の場にしました。研修室で学ぶより、業務で使う方が定着します。

3. トップのコミットメントを見せる

旭化成の会長・社長はオープンバッジを自ら取得。都城市は市長がCDOに就任。ヒューマングループは社長がプロトタイプを自作。トップが「本気で取り組んでいる」姿勢を見せることが、組織全体の動きを変えます。

4. 「デジタルスキル」だけを教えない

都城市はナッジやサービスデザインなどデジタルと直接関係ない研修も実施。あきた創生マネジメントは業務の棚卸しから始めました。DX人材に必要なのは、ツールの操作方法よりも「何を変えるべきか」を見極める力です。


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