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「精神論で人を変えるのはめちゃくちゃ大変」DX推進で売上25%アップ 九州のホームセンター「グッデイ」に学ぶ組織変革のアプローチ

DX(デジタルトランスフォーメーション)は、国を挙げて推進するほど、重要な施策と位置付けられています。企業や自治体でも取り組むところが増えてきましたが、「とにかくDXを推進しよう!」と経営者の思いつきや勢いだけで取り組んでも、推進する側の社員が疲弊して、社員との信頼関係が失われてしまい、かえって頓挫する可能性があります。経営者はしっかりとしたビジョンを示し、時間がかかることを理解した上でDXを推進することが大切です。

それを実践した企業の一つに、福岡県を中心に5県でホームセンター事業を展開する「グッデイ(GooDay)」があります。「メールがなく電話と社員が軽トラで持ってくる社内便でやり取りしていた」(柳瀬氏談)というアナログな状態から、どのような変遷を経て組織が変革していったのか。2022年8月25日(木)に開催されたHOUSECOM DX Conferenceの第2部では、グッデイのさまざまな変革や経営者の役割に至るまでを議論しました。その様子をお届けします。

<HOUSECOM DX Conference 第2回開催概要>
日時:2022年8月25日(木)
テーマ:Corporate Transformation

<登壇者>
柳瀬 隆志 氏
嘉穂無線ホールディングス株式会社 代表取締役社長
株式会社グッデイ 代表取締役社長
株式会社カホエンタープライズ 代表取締役社長
田村 穂 氏
ハウスコム株式会社 代表取締役社長執行役員
北川 竜也 氏(進行役)
株式会社三越伊勢丹 営業本部オンラインストアグループ長

カルチャーショック実家は想像以上のアナログの会社だった

柳瀬氏:2000年から7年間勤めていた前の会社は、入社したその日に1人1台パソコンが支給され、当然メールも付与されていたし、社内の連絡にはイントラネットが活用されていたので、インターネットを使って仕事をするのが当たり前だと思っていました。しかし2008年に実家の、嘉穂無線株式会社(当時)に入社した時、誰もメールアドレスを持っていなくて凄くびっくりしました。社内の連絡は固定電話かファックス、売上金は社員が前日の売上金を翌朝自社の軽トラで本部に持ってきてましたし、いろんな連絡事項は他の郵便物で送られてきた封筒に書類を入れてやり取りをしてました。当時それを社内便と呼んでいましたがデジタルとは程遠いアナログな会社でした。もちろん会社のWebサイトもなく、当時社長だった父から「ウチのお客様は高齢化していて、誰もWebサイトなんか見ないよ」と言われましたが、さすがに店舗の場所や商品の在庫はネットで探すだろうと考えて、すぐにドメインを取得してWebサイトを作りました。

あと予算達成に繋げるためにどこを分析すればいいのか、ちゃんと数字が整理できていませんでした。当時の当社には予算という概念がなく、営業会議で「予算達成しましょう」みたいな話を問いかけても、社員としてはどうしていいか分からないんですよね。以前はOracleのデータベースにあるデータをExcelのマクロで呼び出してきて、Excel表のピボットテーブルで加工してって感じでした。前週の振り返りをする会議で発表者がそれぞれ、自分たちでExcelとパワポで資料を作って発表するので、集計単位とか発表する内容がみんなちょっとずつ違うんですよね。

われわれの中ではこんな時期を暗黒期と呼んでいて、7年ぐらい続きました。今までの仕事のやり方では売上げアップが望めないこと、ちゃんと現状分析して対策を立てれば解決するであろうことは、社員も何となく分かっていたけれど、その方法が分かんなかった。そこでデータ分析の話をしたところ、社員にすんなり受け入れてもらえました。

データ分析環境を整え、本格的な社内DXの始動

柳瀬氏:2015年にデータ分析環境を構築しました。当時はAWS(Amazon Web Services)を使っていたんですけども、AWS上の「Redshift(レッドシフト)」っていうデータベースの中にいろんな売り上げのデータや、もともとOracleに入ってたデータを全部コピーして。Redshiftに入れたデータの分析にTableau(タブロー)というBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールを使うと、結構簡単にデータを分析できるし、自分も含めて自分たちがやってみたかったことができるのではと気づきました。

同じ年、各部署から指名された若手社員たちを集めて、「Tableau道場」という社内の勉強会を週1回、1年くらいかけて実施しました。主に以下の内容を学んでいて、ここで知見を得た若手社員たちは各部署で、DX推進の非常に大きな力になりました。

  • 統計学
  • Tableauの使い方
  • SQLについて(データベースを触るため)
  • PythonやRを使った統計的なこと
  • データの加工・機械学習 など

2015年はGoogle Workspace(当時はGoogle Apps)を導入した年でもありました。
紙文化で店長会議のたびに大量に印刷した資料を配布していたんですが、印刷も資料をメールで送るのも一切禁止にする代わりに、Googleのスプレッドシート、ドキュメント、スライドで資料を作り共有しましょう、と変えました。また基本的にはメールは使わず、Googleチャットを使って業務日報も共有しています。当社の事例はGoogle Workspaceの事例としてGoogleでも紹介されています。

株式会社グッデイ: 導入事例 – Google Workspace
https://workspace.google.co.jp/intl/ja/customers/gooday.html

こうした取り組みは、2020年にコロナが最初に感染拡大したときに活きました。Google WorkspaceやTableauで既に情報を共有したりデータを見たりしていたので、「明日からリモートワークね」ってなっても、特に仕事のやり方は変わってなくてスムーズに移行できました。もちろん店舗はリモートワークできないので、店舗メンバーは店舗勤務ですが、本部はリモートワークになりました。

人材育成のために「グッデイデータアカデミー」という勉強会を開催しています。2022年からは若手社員に加えて新入社員にも受講してもらうようにしました。Tableau道場とも内容は少し被りますが、実際の小売業の事例や実際のグッデイのデータを使いながら、できるだけ普段の業務で使えるように、次のことを教えました。

  • Tableauの基本的な操作
  • データの扱い方
  • 統計的な話
  • 平均とは・分散とは・標準偏差とは
  • SQLについて(データベースを触るため)
  • PythonやRを使った統計的なこと

こういったことを積み重ねていった結果、2014年DXに取り組む前の売り上げに比べると、コロナで巣ごもり需要とかいろんなことが影響して去年・一昨年の平均でだいたい25%ぐらいアップしております。成功事例をデータで見つけて共有すると、みんながそれを真似するようになったこともそうですし、店舗での無駄な値下げやバイヤーが間違った判断をして利益を落としていたポイントを改善できたことが一因だと思います。

「グッデイの取り組みをぜひ自分たちのところでも」って話が増えてきたので、2017年に株式会社カホエンタープライズを設立、グッデイのエンジニアを転籍させて、社外の方々、
それこそ不動産業とか大学さんとかいろんなところに対してクラウドのデータウェアハウスの構築やTableauの使い方、DXの研修、統計的な話を教えています。日本DX大賞でそういう話をまとめてプレゼンしたところ、大規模法人部門で大賞を受賞しました。

【株式会社グッデイ】GooDay X 〜地方企業が挑んだ「人」のDX〜
https://www.keikakuhiroba.net/jirei/gooday/

人を変えるのは精神論ではなく、具体的な対策を示すこと

田村氏:経営者の危機感と現場の危機感って差があるじゃないですか。これを一気に変えることは現場の危機感を経営者と一緒にしてくださいってことだと思うんですけど、その辺の工夫っていうか壁はあったんですか。

柳瀬氏:「ITで会社を変えるって、社内から抵抗が凄くあったのではないですか」って聞かれることが多いんですけども、実際はむしろ反対でした。精神論で人を変えるのはめちゃくちゃ大変だなって暗黒期で痛感したので、データやグラフ、具体的な手段や方法を提示しながら意思疎通を図るようにしました。すると「なぜ理解できないのか・・・」みたいな苛立ちがなくなり、スムーズにコミュニケーションが取りやすくなったんですよね。

北川氏:とはいえ、データ分析に慣れていらっしゃらない当時の従業員の皆さんが、Tableauを使うこともそうですし、Tableauでデータを見て達成したい売り上げ目標に向けての具体的な対策は考えられないと想像されるんですけども、リーダーとしてどんなゴールを具体的に設定されたんでしょうか。

柳瀬氏:これも工夫かもしれませんが、導入1年目はバイヤーや店長にTableauを触らせてないんです。勉強会のメンバーにはTableauの基礎的な使い方を学んだ後に、「実際の事例を分析すると、こういうアクションを取ればトータルで利益が残るらしいから、ちょっとやってみようか」って言って、分析結果をもとに1~2ヶ月実際にやってもらいました。この進捗を店長会議で追ったり、Tableauで作ったダッシュボードをスクリーンショット撮って毎週メールで送ったりして「Tableauはこんな感じで使える」というのを、店長たちに理解してもらいました。そうすると「これ使ったほうがいいんじゃないか、自分たちもやってみたい」ってだんだん気持ちが変化していきました。今では社員だけでなくパートさんもみんな、普通にGoogle WorkspaceとかTableauを使ってデータを見て仕事をするようになりました。

人材育成、結果を拙速に出そうとしない――自走する組織への変革のコツ

北川氏:グッデイの全ての店舗で今までのやり方を一気に変えるのは難しいと思うんですが、どんな風に実践され、かつ広げていかれたんでしょうか。

柳瀬氏:当初、店長会議でTableau含めさまざまなツールの話をしても、現場の人たちは興味あるけど使い方が分からない状態だったので、全く使われなかったんですね。そこで店舗運営部の若手社員が、Tableauの中に現場で使いやすいダッシュボードをいっぱい作って、Tableauを使える人を増やしてきてくれました。彼は他の従業員から「こんなのできますか」って聞かれたら必ず「できます」っていうふうに答えることを心がけていたと、後で聞きました。こうした部長・メンバーのサポートが凄く厚かったのが、仕事の進め方を全社的に変えていく上では本当に大きかった。情報の流し方も、部長から店長、店長からエリアマネージャーまで落としていくというフローにして、ちょっとずつ考え方を浸透させていきました。ミドルが凄く上手く機能したことで、ちゃんとトップの意向がミドルに、さらにその下にもちゃんと伝わっていったのがポイントですね。

北川氏:業種業態によって組織の作られ方が違うかと思うんですけれども、デジタルツールを活用して仕事のやり方を変えていこうだとか、そういう経営者の考えを広げていくときに田村さんが意識されてることはございますか。

田村氏:単純にトップがバーンと考え方を落としていくんじゃなくて、トップがまずミドルの人たちを育てていくところが素晴らしいと思います。すると彼らが現場の課題を見つけて仮説を立てられるようになり、上に物を言えるようにもなる。僕自身せっかちなんで、もう決めたらみんな早く一緒にやりましょうってしたいんですけど、この話聞いて見直さなきゃなと思いました。

北川氏:どうしてもトップだと成果を早く出したくて焦ってしまいがちだと思うんですけれども、そこまで落ち着いて推進していられた秘訣は何ですか。あと、そこの成功体験を組織の中で横に広げていくみたいなところで、工夫されたことは何かあったでしょうか。

柳瀬氏:実はシステム側で推進してくれていた社員は、他の部署のメンバーに手を貸さなかった。「自分たちは皆さんに魚の釣り方を教えるけど魚はあげません、自分たちで釣ってください」って突き放したんですよね。なるほど、時間はかかるけどそれすごくいいやり方だよねって。

あとは商品部や店舗運営部は進んでいるが、一方で経理や人事はあまり進んでいないと。
そんなときに店舗運営部で凄く能力を発揮してる社員を進行が遅い部署に異動させ、そこでの課題感を部長からヒアリングして、元いた部署でやっていたことを異動先の部署でやらせるんですね。こんな感じで進捗状況を見極めながら、ほとんど内製化で進めていったんです。5~6年経った今は底上げを大事にしていて、Tableau道場に参加していたメンバーみたいな人を今度は会社の正式なカリキュラムとして「グッデイデータアカデミー」で育成しています。

田村氏:なるほど。トップからだとどうしても悪いところが目につきやすいし、そこを変えようってなってしまう。ミドルの人たちが自分で考えて実行するミドルの育成と、自立型に持っていくのは凄くいい仕組みだなぁと思います。

北川氏:理想的な仕事のやり方を設定して、そこに全社一丸で向かおうというよりも、現場の皆さんに論理的に数字を見せていったり、自立的な組織にするために部長クラスの人たちや「グッデイデータアカデミー」を始めとしたデータに強い社員を育成したりといったことを大切にされたんですね。

柳瀬氏:結局どんな会社でも、データ分析をして売り上げを上げて利益を増やすためには、資産回転率と効率を上げて経営の数字を良くしていくことしかないので。私は社内の経営コンサルみたいな感じで「データ分析上ここに課題があってここの行動をこう変えると数字にこういう風に表れるはずなので、この在庫のラインとか売り上げのラインとかを見ながら現場で調整をしてください」って話をするんですよね。そうするとうまくいったって感じですね。

経営者として大切にしている姿勢とは~小売業と不動産業~

北川氏:人や組織を自立的に動いてる状態に持っていくことは、柳瀬さんも田村さんもトップとして常にお考えになられていることですが、一方で世の中に無限にあるやらなきゃいけないことを絞り込んでいかなければいけない。その基準みたいなものを何かお持ちであればぜひ教えていただきたいです。

柳瀬氏:1つはデータって言ってますけど僕がやっているのは財務会計の分析、その結果から投資対効果とかを考慮して、ときには議論を重ねながら改善策を実行するかしないか判断を下しているだけなんですよね。「なぜ社長自らデータ分析をされてるんですか」っていうと、それが経営者の仕事だと捉えているからです。会社の業績が悪くなったらそれは経営者が悪いしバツが悪いですって当然言えないんで。ただちゃんと数字を出せるようにするためには先に仮説を持って話をすること。進捗状況も、やっぱりデータで検証していくことを大事にしています。あとはあんまり目先の数字に右往左往して会社の方向性をブレさせないこと、会社の価値観とか存在意義、「今はこうだけどこうなるはずだから」とちょっと先のことを常に伝え続けることが凄く大事だと思っていますね。

田村氏:凄く共感できますね。過去はこうでしたっていうちょっと数字的なことは別としても、今後予想される展開を見せることを心がけていくのと、あといつも自分で考えて判断する機会をなるべく少なくするようにかなり気をつけています。実際はトップダウンでやってしまうことが結構多いんですけれども、「みんなで考えてください、どうしますか」という方向に持っていって判断するのが理想的です。

北川氏:ちょっと今ふと浮かんだんですけども、改革の当時、柳瀬さんの頭の中にお客様により喜んでもらえるために現場がある意味得できるとか自立的に回っていく仕組みとかがイメージできてたんですか。

柳瀬氏:実は一番ウチの会社の業績が良くなかった2013~4年頃に、人を変えていかなきゃいけないんだけどそのやり方が分からずに悩んでました。そんなときに東京にあるCOACH Aさんの「エグゼクティブコーチング」を受けて、そこで2つのことを学びました。

1つは人間には価値観があり、リーダーの価値観を人間の根幹の本質的な部分にどれだけしっかり訴えかけ、共感してもらい、浸透させていくことの大切さです。変化とかチャレンジとか、そういった種類の言葉が好きだったので、社長になったときに「社会の変化に対応して常に挑戦し続ける組織にしましょう」みたいなことだけは、空気を読まずにありとあらゆるところで必ず言ってたんですね。

もう1つは、人間は質問されると考えてしまうっていう行動パターンがあること。「こうやりましょう」っていうと、言われた方はやりたくないって思ってしまう。なのでAっていうことをやってもらうときには「Aをやりましょう」って言わずに、「Aをやるためにはどうすればいいと思いますか」って質問することがポイントです。返ってきた答えが正しいなと思ったら凄くよく頷き、ちょっと違ってるかなと思ったらあんまり反応しないっていうふうに使い分けると、相手も人間なのでこっちの反応を見て考え方が変わるわけですね、何も言わなくても。凄いな、これは何でも使えると知って、特にパートさんとかいろんな人とコミュニケーションするときや、データ分析での社員とのやり取りでも気にするようになりました。

もちろんそればかりではなく、できるアクションも示さないといけないので、そんなときはKPIとかアクションといった、分かりやすいところに落とし込んで伝えてましたね。

DXの本質は、社員や会社の変革にある

北川氏:それでは最後に、DXにお二方と同じように取り組む皆さんにメッセージをお願いします。

柳瀬氏:ステークホルダーの皆さんが喜ぶこと、業務効率化とお客様のサービス向上を両立させ業績を上げることは、今後も続けていかなければと思っています。「なんでITの技術を業務に採り入れてるんですか」ってよく言われますが、実現のためにはそれしか方法がないんです。なので、ECサイトで展開してる顧客サービスと同程度のことをリアル店舗でもできるようにしていかなきゃいけないと思っています。あとは社員や会社の変革こそがDXの本質だと思うので、自身の課題をITでどう解決していくのか。そういうことに今後も取り組んでいけたらと思っております。

田村氏:従業員からすると信頼につながってくることだと思うんで、正確な数字を従業員にしっかりと伝えていくこと。そのためにデータの可視化はやらなきゃいけないなと感じています。結果として信頼と自立が生まれてきて、強みに根差した組織をもっともっと作っていけると思いました。

<参考文献>「なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか
柳瀬 隆志、酒井 真弓 著 ダイヤモンド社 2022年

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本セッションを含めて、DX推進の考え方とヒントが学べるHOUSECOM DX Conference

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