「職員が自律的にDXを推進し、属人化も防止できたら良いと思いませんか」。池田真樹氏が会場に問いかけた。財務部の調達室長という、一見DXと縁遠いポジションにいる職員が、三重大学の変革の起点となった。5学部・6研究科・学生約7,000名の国立大学で、非情報系職員が自らシステムを開発・保守し、学んだ者が次の講師になる「学びの好循環」を実現した事例が2025年度東海・北陸大会で奨励賞を受賞した。

国立大学の縦割り構造とDXのD止まり、情報部門一極集中と担当者異動で仕組みが止まるリスク

取組概要:デジタル化・業務改革成長マインド・3つの推進体制の三本柱

取組概要:デジタル化・マインドセット・3つの推進体制

国立大学は制度的な制約が多く、情報システム部門への一極集中が起きやすい。ツール導入は進んでも「使える職員が特定の担当者だけ」という属人化が常態化し、担当者が異動すると仕組みが止まるリスクが高い。

また、一般的にDXのD(デジタル導入)のみに議論が集中し、X(変革)の本質が置き去りになる傾向がある。紙申請のオンライン化、紙決裁の電子化を進めた段階では、業務の流れ自体は変わっていない。池田は「デジタルだけではDXにはならない」という認識に早い段階で至り、ツールより先に職員の思考法と問題発見の仕方を変えることに舵を切った。

財務部の一職員として個人的に取り組みを始めた池田は、「活躍が目に止まって兼務の形で全学的な活動に従事するようになった」経緯を持つ。制度的な支援を得るために、まず外注費削減のような数値で示せる成果を積み上げたことが、後の組織的展開につながった。

デジタルツール文化の全学定着から内製研修へ、3ステージで現場主体のDX推進体制を構築

デジタルツールファースト:全学的推進ワーキンググループの提言内容

デジタルツールファースト:全学的推進WGの提言

三重大学のアプローチは3段階に分かれる。

第1ステージ(デジタルツールファースト)

最初の方針は「まずデジタルツールを考える文化」の全学的な定着だ。紙申請からオンライン申請へ、紙決裁から電子決裁(印鑑フリー)へ、メール・口頭からビジネスチャットへという移行を進めながら、「何か業務を検討する際はまずデジタルツールを最初の選択肢にする」という考え方を共通言語として浸透させた。

第2ステージ(推進体制の整備)

情報部門と企画部門の共同でRPA推進室を兼務体制で設置。後に常設のDX・情報チームとその下の「業務運営DX作業部会」を組織し、支援体制を組織的に整えた。この体制のポイントは「情報部門や作業部会がアプリを構築・保守するのではなく、現場が構築・保守し、部会が支援する」という分担にある。

第3ステージ(人材育成・変革意識の強化)

現在の中心は「業務改革の考え方を根付かせる研修」の内製化だ。クリティカルシンキング・デザイン思考・アジャイル開発・ジョブ理論などの理論を実業務に接続した研修を自ら開発・実施している。

業務改革マインドセット勉強会と生成AIを組み合わせた内製研修

業務改革マインドセット勉強会×生成AI

研修を受けた職員が次の研修の講師になる「学びの好循環」も生まれた。舛本大輔氏はその一例だ。昨年の研修受講後、「自己流でやっていた業務改善が実はデザイン思考に基づいた正しいアプローチだったと気づいた」と舛本は語る。この発見が自信とモチベーションになり、今度は講師側に回った。「この大学にはこれほど高い意識を持った仲間たちがいる。まだまだやれる」という確信を得た体験が、次の変革者を生む連鎖を作っている。

研修のポイントとして池田が強調するのは「自分ごとに落とし込む」「失敗を許容する」「リーダー向けには心理的安全性を確保する」という点だ。また最近は、生成AIに特定分野の「専門家」ペルソナを設定してディスカッションする手法も研修に取り入れている。

DX推進人材の適性として池田が挙げるのは「勉強家・熱意がある・おせっかい・友人が多い(他者理解)」の4点だ。これを持つ職員を部署横断でリーダーシップを持って発掘・マッチングすることが、推進の最大のポイントとされている。

財務部職員の多くが自律型DX人材に変化、AmazonイベントへのAI活用事例で登壇

変革の事例:外注費削減・業務時間削減の定量成果

変革の事例:外注費削減・業務時間削減の数字

財務部内では研修実施後、常勤職員の多くが自らDXを推進する「自律型DX人材」に変化しつつある。定量的な業務改善に加えて、研修で学んだ理論を部下支援や人事評価に反映する動きも出ており、組織文化の変革も進んでいる。

多大学・多機関からの視察受け入れが相次ぎ、AmazonのイベントへのAI活用事例としての登壇も果たした。「非情報系の事務職員が内製システムを構築する」という実例が、国立大学セクターへの横展開可能なモデルとして注目を集めている。2025年12月には三重大学事務DXシンポジウムを開催し、多大学・多機関に知見を共有した。

審査員の松本国一は「大学さんってDX・IT化の進みが遅いという話をあちこちから伺っている。まさにXの部分、トランスフォーメーションを重要視して育てられているというのがポイント」とコメントした。

公共・大学組織がDX人材を組織内増殖させるデザイン思考内製研修と推進人材発掘の4条件

最も移転しやすい知見は「変革の姿勢を育てる研修の内製化」だ。外部コンサルティングに頼らず、自組織の業務文脈に沿った形でデザイン思考・アジャイルなどの理論を落とし込むことで、「研修を受けたがその場だけ」という問題を回避できる。受講者が講師になる好循環の設計は、コストをかけずに学びを組織内で増殖させる仕掛け(エコシステム)として応用しやすい。

難しい部分は、「役職者の強力なリーダーシップ」が体制整備の大前提として機能している点だ。財務部や兼務という形での全学的な参画は、トップの理解と承認なしには成立しない。DX推進担当者が孤立しがちな組織では、まず外注費削減のような数値で示せる小さな成功事例を作ることが、経営層の理解を得る突破口になる。