ホテル業のDX事例|負債13億円からの事業再生!ホテル川六の環境整備とDXによる年間7,442時間の業務削減・運営革新
宝田圭一代表がホテル川六の経営を引き継いだのは2000年。当時の負債は5億円。「どん底の状態で社長に就任し、大幅な経費削減を断行して、なんとか黒字にできたが、このままでは永続できない」。宝田代表はそう振り返る。
その言葉通り、川六は変わり続けた。2002年に旅館から宿泊特化型ホテルへ業態転換し、設備投資8億円を加えて負債は一時13億円超に膨らんだ。それでも、変えなかったものがある。「挨拶・掃除・電話」だ。この3つを誰も真似できないレベルで実践し続けた。
2025年、川六グループは中四国・九州エリアに7店舗・合計1,265室を擁するまでに成長した。全国ワークスタイル変革大賞2025中国・四国大会で最優秀賞を受賞し、12月の全国大会への出場を決めた。
13億円の負債、物が散乱した現場から始まった
川六グループは1877年(明治10年)、6室の旅籠として創業した。1989年には売上15億円・従業員120名へと成長するが、バブル崩壊と旅行スタイルの急変で苦境に追い込まれた。

2013年、熊本のホテル経営を引き継いだ際に直面したのが「働き方」の問題だった。現場は物が乱雑に置かれ、メモや納品書が無秩序に点在し、仕事の大半が「物を探す時間」に費やされていた。フロント業務は紙と電話で13工程をこなす構造。清掃指示も手書き日報。慢性的な業務負荷に加え、深夜帯には責任者不在のためトラブル対応が後手に回るという問題も抱えていた。
「環境が乱れていると、情報も乱れる」。この体験が、川六の変革の出発点になった。
アナログを先に整えてから、デジタルを重ねる

川六が採った戦略は、単なるデジタル化ではなかった。物的環境整備を先行させ、その上にデジタルを積み上げる、という順序でDXに取り組んだ。
2014年から「環境整備」を制度として導入。まず徹底的に物を捨て、デスク上には必要最低限の物だけを置く「定位置管理」を全拠点に浸透させた。最初の1年間はほとんど定着しなかった。しかし毎年続けた。現在は12年目を迎え、全社員に「整理整頓が仕事の前提」という意識が根付いている。
翌2015年から「IT会議」を開始した。月1回・約2時間、社長・幹部・パートナー企業が現場のボトルネックを洗い出し、PDCAを回し続ける。2025年9月時点で124回を数える。
清掃日報自動化・支配人AI・YouTube社員自走の3施策

環境整備という土台の上に乗せたDX施策は、大きく3つある。
バックヤード業務の自動化
ホテル基幹システムを刷新し、各システム間をデータ連携させることでフロント業務の工程を13から6に圧縮した。

清掃日報は従来、手書きで年間4,380時間を要していたが、清掃管理システムの導入・自動化でゼロになった。チェックアウト後の客室連絡も1日1時間かかっていたが、自動精算機とのデータ連携によって廃止した。合計で年間7,442時間を削減し、入力ミスもゼロになった。
生成AIによる「支配人AI」の構築

深夜帯のトラブル対応を強化するため、RAG(検索拡張生成)を活用した「支配人AI」を内製した。過去のトラブル事例を学習させており、現場スタッフが深夜でも対応手順を照会できる。
プレゼンでは実際の活用事例が紹介された。「従業員が退勤後にお客様からつきまとわれ、電話番号を聞いてきた」というケースに対し、支配人AIが「被害従業員の安全確保を最優先に。1.被害従業員の安全確保 2.顧客情報の記録 3.直接の接触禁止 4.追加報告」と即座に具体的な手順を提示した。
このAI導入のきっかけは、社員からの提案だった。「AI自体は従業員からも声が上がっており、最終判断は代表が行った」と難波支配人代理は語った。トップダウンではなく、現場の課題意識が技術選択につながった点が注目される。

加えて、自社YouTubeチャンネル(登録者15,000人超)の企画・撮影・編集・投稿を毎週金曜日に実施しており、この取り組みは地域におけるファンコミュニティ形成および採用ブランディングとしても機能している。
月残業8時間未満、幸せスコア65.4点。宿泊業の常識を覆した数字

業務改革の結果、宿泊業では異例の月平均残業時間8時間未満を達成した。幹部は年12日間、一般社員も7日間の連続休暇を毎年取得する。年末年始は全店舗で最大9日間の休館を実施している。
商工中金の「しあわせデザインサーベイ」では、従業員の幸せレベルが65.4点と全国平均55.9点を大きく上回った。外部認定としては、DX認定(2023年)、BCP認定(2025年)、健康経営優良法人(2020〜2025年連続)を取得している。
審査員の中山氏からはこのようなコメントが寄せられた。「最新技術を使って変革してきた。さらにYouTubeも社員だけで毎週企画・制作している。まさに自分たちで作り上げたDX。他のホテルの方々にも大変参考になる事例だ」。
「アナログで現場を変革して成果が出た事をデジタル化」。10年以上かけて身につけた変革の体幹
川六の事例が最も鮮明に示すのは、変革の順序の重要性だ。情報が乱雑な状態でシステムを入れても、デジタル化された混乱にしかならない。物の定位置が決まり、情報の流れが見えてから初めてデジタルが効く。この実体験に基づく原則は、業種・規模を問わず再現可能だ。
IT会議の124回継続という事実も重要だ。特別プロジェクトではなく、定例の場として10年以上続けることで、現場がボトルネックを自発的に提起するようになる。文化としてのDXは、短期間では育たない。
「今回がゴールではなくスタート」。受賞コメントでそう話した難波氏の言葉が、川六の更なる未来を示している。