日本DX大賞とは、日本のDX推進を加速するために、事例を発掘し共有するコンテストです。
2023年6月20日に行われたUX(ユーザーエクスペリエンス)部門 決勝大会では、デジタルトランスフォーメーションの中心にユーザー体験を置き、顧客体験や従業員体験向上、DX推進によりユーザー満足度とエンゲージメントを高めた事例が発表されました。
この記事ではその中から、幼稚園業務のDXによって保育の質を高めることに成功した、学校法人アルコット学園の事例をご紹介します。
学校法人アルコット学園の概要
■法人名:学校法人アルコット学園
■事業内容:幼稚園経営
■設立:1960年
■公式Webサイト:http://www.arcott.ac.jp/
少子化問題に立ち向かい、DXでより魅力的な幼稚園に
アルコット学園 鈴木:
学校法人アルコット学園は、横浜市旭区に位置する「しみずがおか幼稚園」を運営しています。1960年に設立された歴史ある幼稚園です。これまでに5000名以上の卒園児を育成してきました。私たちが目指すのは、明るく素直でわんぱくな子供たちの育成です。大切な伝統、例えば礼儀正しい挨拶などを残しつつ、時代に応じた取り組みを検討し、変革を遂げる幼稚園を目指しています。
まず、幼稚園のデジタル変革(DX)について触れたいと思います。DXを推進するきっかけとなったのは、我が国が直面している急速な少子化です。出生数は70年前から現在で7割減、近年6年でさらに2割減と、政府予想を大幅に上回る少子化が進行しています。この事態により、園児数の減少が課題となっており、幼稚園運営を維持するためには、より魅力的な幼稚園への転換が必要となっています。
それを叶えるために私たちは職員一同で議論を重ね、結果としてDXプロジェクトを推進することを決定しました。このプロジェクトでは、質の高い保育を目指しました。「心・技・体」という3つの視点を重視するという結論に至り、それを目標に2020年から2023年にかけてプロジェクトに取り組みました。
「心」については、職員と面談を何度も行って細やかなフォローを実施し、また、給料も改善しました。新型コロナウイルスの拡大による職員の心理的な負担に対しては、IoT機器を活用して軽減を図りました。
「技」の部分では、職員間の対面打ち合わせをチャットワークの活用へと移行しました。さらに指導者を増員し、連絡帳の利用や保育指導が適切に行われるように改善しました。
「体」については、職員のタスク管理と体調管理を徹底し、残業を抑えて休日数を増やしました。
そして、2023年度からは、「技」の部分であるAIを活用した各種業務支援に力を注いでいます。
AIによる各種業務支援を積極活用
アルコット学園 鈴木:
当学園が独自開発したAIには「質疑応答機能」と「連絡帳支援機能」という、2つの機能があります。
質疑応答機能
アルコット学園 鈴木:
この機能は当学園の独自技術とOpenAIのChatGPTのAPIを活用することで実現しました。
まず、質疑応答機能です。これはAIが各種のカテゴリーに関する質問に回答する機能です。
次に、検索支援機能。これはユーザーが検索したい内容を入力すると、その内容に関連するキーワードや要約を提供します。
さらに、相談機能。AIがカウンセラーのように動作し、ユーザーの様々な悩みや相談に対応します。
また、翻訳機能では、入力された言語を自動判定し、それを日本語に翻訳します。
そして、IT質問機能。これは幅広いIT関連の質問に対応します。メール作成機能というのもあります。これは特に保護者向けのコミュニケーションで役立ち、メールの例文を作成します。
最後に、要約機能です。これは長い文章を要約する機能となります。これら全ての機能を活用することで、より効率的なコミュニケーションを実現します。
連絡帳支援機能
アルコット学園 鈴木:
こちらの機能も、当学園の独自技術とChatGPTのAPI、ChatworkのAPIを活用することで、実現しました。具体的には、この機能は入力したキーワードをもとにデータベースから関連情報を検索し、適切な連絡帳の文例をChatGPTのAPIと連携して生成します。生成された連絡帳の文例は、Chatworkに自動で連携され、教諭全員が参考にすることができます。
それでは、連絡帳支援機能の使用イメージを説明します。例えば、誰が、何を、いつ、どこでという情報をAIに提供します。するとAIは、そのキーワードを元に連絡帳の文例を生成します。
具体的な使用手順は次の通りです。まず、連絡帳の内容について、クラス担任が指導者に相談します。次に指導者は、この機能を使用して連絡帳の文例を生成します。
文例に問題がなければ、それを印刷してクラス担任に渡し、アドバイスをします。問題がある場合は、再作成します。作成した連絡帳の文例は、Chatworkに自動連携され、全教諭が共有・学習し、各々がリアクションマークを付けます。
セキュリティ対策として、私たちは4つの対策を講じています。個人情報は絶対に入力せず、利用前には必ず研修を実施します。
そして、入力と出力の情報は管理者が徹底的に管理します。最後に、ChatGPTのAPIを使用するため、APIに送信したデータはChatGPTの学習には利用されません。
開発体制については、主に園長、副園長、本部主任が行いました。そして、Chatwork株式会社からも協力を得て、検証は主任とその他の教諭が行いました。
開発について2022年3月から計画を始めました。教諭と相談しながら開発を進めていく中で、自然な文章表現が課題となりました。
しかし、2023年3月にChatGPTのAPIが利用可能になり、アプリに導入した結果、自然な文章表現が可能になりました。その後、セキュリティ対策のテストを完了し、現在は改善の段階となっています。
連絡帳支援機能の導入前、我々はいくつかの課題に直面していました。
連絡帳は保護者と園児の様子を共有する重要なコミュニケーション手段ですが、書くための十分な時間を確保したり、十分な休憩を取ることも難しい状況が続いていました。また、新人とベテランの間で連絡帳の品質に差があるという課題もありました。
しかし、連絡帳支援機能の導入により、新人もベテランと同等の品質の連絡帳を効率的に作成できるようになりました。教諭の休憩時間の確保や新任教諭への指導時間の削減も実現しました。
最後に、時間短縮効果についてです。連絡帳の作成には、新人とベテランで1件あたり平均10分かかっていました。しかし、この機能の導入により、作成時間を平均4分まで短縮することができました。その結果、今年度では教諭部門で約1000時間の効率化が見込まれています。
DXにより離職率が改善し、給与も上昇
アルコット学園 鈴木:
DXプロジェクトの成果についてです。私たちは、「心・技・体」の「心」に関して様々なアプローチを試み、その結果、離職率が改善し、給与も上昇しました。具体的には、全産業平均時給と比較して、最大で約1.7倍以上の給与を達成することができました。
次に「技」の側面についてですが、こちらでも重要な成果を達成しました。特に、年間で約1270時間の労働時間を削減し、今年度はさらに約1000時間の削減を見込んでいます。
また「体」の面でも大きな進歩がありました。残業はゼロを達成し、その状態を継続しています。さらに、年間休日を140日以上確保することができました。これも継続的な取り組みの成果と言えます。
そして、最終的には、これらすべての取り組みが一体となって、保育の質の向上につながりました。その結果、平均以上の入園者数を達成することができました。
DXプロジェクトが成功した主要な要素は、AI技術の活用による連絡帳の品質向上、Chatworkの効果的な活用と連携による業務効率化、そして教諭の働き方改革と安全管理の向上です。
DXプロジェクトの社会的意義については、まず、教育の質の向上が挙げられます。AIと指導者の協力による業務支援と、適切な休憩による仕事の質の向上がそれを可能にしました。
また、働き方改革の推進も大きな意義を持ちます。業務の効率化により残業をゼロに抑え、年間休日を140日以上にすることで、働き方改革を前進させることができました。
そして最後に、幼稚園業界の展開に対する影響です。私たちは、AIによる業務支援が幼稚園業界にとって重要なものと考えています。この取り組みをさらに改善し、幼稚園業界全体に広げていくことを目指しています。
職員の気力・体力が向上、保育の質もアップ
アルコット学園 鈴木:
DXプロジェクトの成果についてまとめますと、「心・技・体」の各面での取り組みが職員を活性化させました。職員の気力・体力が向上した結果、彼らはより一層の活躍を見せ、それが保育の質の向上につながりました。
保育の質が向上したことで、少子化にも負けず、平均以上の入園者数を達成することができました。
また、DXの推進と並行して残業をゼロにすることができました。私たちは、これを「ホワイトDX」の実現と捉えています。
さらに、AIによる業務支援の導入により、職員たちは保育により集中できる環境が整いました。今後、私たちはこの取り組みを業界全体に広めることで、幼児教育の更なる向上に貢献していくことを目指しています。
業務の均質化により、新人も保護者から信頼を獲得しやすくなった
鈴木(審査員):
非常に社会的意義の深い取り組みをされていますね。教職員にとって大きな利点となったと思います。一方、保護者側から見ると、具体的にどのような利点が得られたのでしょうか?教えていただけますか?
アルコット学園 鈴木:
先程述べた連絡帳支援機能により、新人とベテランの間で見られた連絡帳の質の差が大幅に減少しました。保護者が知りたい情報はほとんど共通していますが、新人の先生たちは情報を適切に伝えるのが難しかったのです。しかし、この機能のおかげで、要点を捉えつつ必要な情報を伝えることが可能になりました。結果として、新人の先生も保護者からの信頼を得ることができ、その信頼が子どもへと伝わり、子どもと先生の関係がより良好になるという良い循環が生まれました。
鈴木(審査員):
他の幼稚園や保育園にもこの取り組みを広めたいというお話がありましたが、具体的な計画はあるのでしょうか?
アルコット学園 鈴木:
はい、その展開については現在まだ検討中です。支援業務には新規参入になるので、具体的なプランを立てるのに時間がかかっています。現在は、この分野ですでに活動している他の企業と連絡を取り、どのように展開していけるかについて相談を進めています。
DXで職員全体の業務レベル向上
前刀(審査員):
保育士の仕事は現場が大変なので、この取り組みにより心身に余裕が出てきて、素晴らしいと思います。それにより新たな気づきや教育の質向上への取り組みがあったと思いますが、そのような取り組みは今後も計画しているのでしょうか?
アルコット学園 鈴木:
はい、新人とベテランの違いは、相手の求めるものへの理解や心の余裕などによるものです。その概念を理解するためのお手本となる例文を提供することで、自然な学習が進むと考えています。現在はまだ計画段階ですが、全クラスにタブレットを配布し、最終的にはそれぞれが自分で使えるようにすることを目指しています。
前刀(審査員):
確かに、そのような展開があると全体のレベルが上がり、皆さんがChatGPTなどを使いながら学べる環境が整っていくと思います。その展開を楽しみにしています。ありがとうございます。
幼稚園だけでなく保育園の現場にも展開可能
司会:
視聴者からの質問があります。未就学児がいる母親から、保育士不足による短い保育時間や土曜日の保育断りなどについての質問です。保育士の負担を理解している一方で、これにより働くことに制限される保護者もいるとのこと。アルコット学園の取り組みが広がることを望んでいます。今後の展開について何か教えていただけますか?
アルコット学園 鈴木:
連絡帳を書く頻度は保育園の方が多く、厳しい法律があることは認識しています。私たちのプロジェクトが形になってきたら、保育園にも適用できると考えています。また、単なる業務効率化だけではなく、新たに絵本作成機能を開発中です。指定のキーワードを入力すると、それに基づいた絵本の物語がChatGPTによって生成され、OpenAIのDALL・Eによる画像生成システムで関連画像が作成されます。これにより、先生たちが伝えたい内容をオリジナルの絵本を通じて伝えることが可能になります。
組織内へのAI導入はスモールスタートで
司会:
ありがとうございます。もう一つの質問ですが、社内でAIの導入に抵抗はありませんでしたか?
アルコット学園 鈴木:
これはAIに限らずデジタルを導入する際の一般的な課題だと思います。そのため、導入の前段階から情報を共有し、経過報告を行いながら安心感を与えています。業務負担が増えることはないと伝え、少しずつ導入しました。全てを一気に導入するのではなく、スモールスタートを心掛けました。