1.DX推進上の課題
総務省が日本・米国・ドイツを対象に2021年2月に行った「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究(以下「本調査」という」の結果を見ると、我が国固有のDXの推進上の課題が見えてくる。この調査結果は「令和3年版情報通信白書」記載されている。
本調査においてDXを進める上での課題が何かを問う質問に対する各国の解答が興味深いので以下に抜粋する。 単位:%
DXを進める上での課題 | 日本 | 米国 | ドイツ | |||
人材不足 | ① | 53.1 | ④ | 27.2 | ① | 31.7 |
費用対効果が不明 | ② | 32.8 | ① | 30.8 | ② | 31.2 |
規制・制度による障壁 | ⑨ | 13.5 | ⑤ | 26.4 | ⑤ | 20.4 |
特に課題はない | 8.5 | 4.6 | 6.3 |
「人材不足」はいずれの国でも上位に来ているが、日本は53.1%と特に多く、ダントツの1位となっている。2位は「費用対効果が不明」の32.8%で、各国と差はない。規制・制度による障壁を課題とする割合は、日本は他国に比べ著しく低いが、規制・制度の障壁を乗り越えてまでDXを推進しようという気概が不足しているのではないだろうか。特に課題はない、とする企業が一定数存在することからもこれは窺える。
2.DX人材育成確保の現状
では、本稿の本題であるDX人材についてもう少し詳しく見てみよう。
本調査において、次の5つのカテゴリー(「DXの主導者」「新たなビジネスの企画・立案者」「デジタル技術に精通している者」「UI・UXに係るシステムデザインの担当者」「AI・データ解析の専門家」)のうちの、どの人材が不足しているかを尋ねたところ、いずれの人材も「大いに不足している」又は「多少不足している」と回答した企業は、いずれの国でもほぼ6割以上となっている。
他方、日本は他の2か国と比べて「そのような人材は必要ない」との回答比率が高く、「UI・
UXに係るシステムデザインの担当者」、「AI・データ解析の専門家」については1割程度の企業がそのように回答している。
また、本調査において、不足しているデジタル人材の確保・育成に向けて各企業がどのように取り組んでいるかを尋ねたところ、日本では「社内・社外研修の充実」を挙げる企業が多い一方、「特に何も行っていない」との回答比率も高く、社内の現有戦力で乗り切ろうとしている傾向がうかがえる。
他方、米国は「デジタル人材の新規採用」、「デジタル人材の中途採用」、が他の2か国よりも多い。もともと雇用が流動的な国であるが、社内で不足する人材は外部から積極的に登用しようとする姿勢がみてとれる。 単位:%
DX人材の育成確保に対する取り組み | 日本 | 米国 | ドイツ | |||
社内・社外研修の充実 | ① | 47.3 | ② | 41.1 | ③ | 34.9 |
資格取得の推奨・補助 | ③ | 29.9 | ④ | 36.1 | ① | 46.9 |
デジタル人材の新規採用 | ④ | 28.1 | ① | 49.8 | ② | 43.8 |
デジタル人材の中途採用 | ② | 36.1 | ③ | 40.7 | ④ | 25.2 |
特に何も行っていない | 18.5 | 1.5 | 4.6 |
3.リスキリングの必要性
少子高齢化が進む我が国においては、企業にとっては如何に高齢者を活用するかが喫緊の課題となっている。人材の流動化が欧米ほどに進んでいない現状において、有能な社内人材の流失は大きな痛手であり、「リスキリング(reskilling)」がDX人材戦略上注目を集めている。
ちなみに、我が国ではICT人材がICT企業に多く配置されていることが指摘されている。令和元年版情報通信白書に掲載された独立行政法人情報処理推進機構の調査によると、ICT企業に所属するICT人材の割合は、2015年時点で日本が72.0%であるのに対し、米国では34.6%、英国では46.1%、ドイツでは38.6%等となっており、ユーザ企業におけるICT人材の確保は以前からの課題となっている。
経済通産省の審議会で発表された資料では、リスキリングは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義されている。
DX化の進展に伴い、企業の事業モデルやサービス、製品のあり方が大きな変化を遂げていく中でAIやIoTなどに関連する新たな職業が増加し、仕事の進め方が大幅に変わる環境変化に適応するためにも新たなスキルを習得すること、すなわちリスキリングが必要だと考えられている。
逆に、リスキングにより身に付けた新たなスキルを活用することで、従来にないアイデアが創出され、それらを上手く活用して、新製品や新事業として成果を生み出していければ、売上の拡大につながる可能性が高まる。リスキングによりこのサイクルをうまく回していくことが、企業にとっても労働者にとっても「生き残り」に欠かせない戦略のひとつとなっていくであろう。
執筆者
高橋 章氏
株式会社経営財務支援協会 シニアコンサルタント
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東京大学法学部卒業後三井銀行(現三井住友銀行)に入行。アットローンを立ち上げるなどリテール金融サービスの開発に従事。一部上場ノンバンク、サービサー会社社長を経て事業再生支援を含む財務コンサルタントとして活躍