日本のキャッシュレス決済比率は2016年に約20%で、90%を超える韓国を筆頭に軒並み50%を超える欧米諸国や中国等と比べ、極めて低い水準にある。日本は現金(紙幣・硬貨)への信頼度が極めて高く、銀行等の金融サービスを誰でも平等に受けることができるため、決済サービスを含むフィンテック(金融と情報技術を融合したイノベーション)は遅れ気味だ。
政府は2014年頃からキャッシュレス決済の普及が社会に与えるメリット(省力化・効率化・インバウンド対策等)に着目しだし、「2027年にキャッシュレス決済比率40%」を目標に掲げ、昨年10月から本年6月までの間、予算約3000億円を投じてキャッシュレスポイント還元事業(以下、ポイント還元事業)を実施するなど、キャッシュレス決済の普及を強力にあと押ししている。
1.ポイント還元事業の成果
ポイント還元事業の成果を見てみよう。ポイント還元事業とは、(1)キャッシュレス決済を利用する個人に5%もしくは2%をポイント還元する(2)キャッシュレス決済を導入する店舗(商店・飲食店等)に導入費用や決済手数料を補助する(3)キャッシュレス決済事業者に決済手数料等の取引条件の明示を求める、というものであった。
ポイント還元事業に参加した店舗は国内店舗数の約半分の115万ヵ所にのぼり、ポイント還元額は3月末までの半年間で3000億円(決済額8兆円)に達するなど、当初の想定を上回るキャッシュレス決済が行われたとみてよい。また、ポイント還元事業における決済件数の6割が1000円以下の決済であり、これまで現金決済の独壇場であった少額決済の一定割合がキャッシュレス決済に置き換わったといえるであろう。
この結果、2019年のキャッシュレス決済比率は27%となり、2027年の40%達成に向けてはまずは無難な進捗だと評されている。
2.キャッシュレス決済普及の課題
マクロ指標でみると、キャッシュレス決済の普及は進んでいるように見えるが、実際の肌感覚としてはどうだろうか。
まず、消費者側。
キャッシュレス決済を使い慣れない人からすると、
実際に使うまでには、何を選んだらいいのから始まってどうやって使うの?などハードルが高いかもしれないが、一旦使ってみたけれど「不便」だからやめた、という声はまず聞かない。いまは高齢者でも利用が当たり前のATMも、40年前は使う人は少なかった。サラリーマンの給与支払いがキャッシュレス化(銀行口座振込化)されたことで、皆ATMを使うようになった。ATMを使える人は銀行窓口で現金を下ろしたりしないのと同じで、キャッシュレス決済も一度慣れてしまえば、皆自分にとって使い勝手のよい決済手段を利用するであろう。
一方、店舗側の意識は変わってきているのか。
以下は筆者の個人的感覚であるが、店舗(特に社長)側に、依然として現金回収を正義とする意識が強いことが伺える。
・いまだに現金しか受け付けない店舗も多い(高齢者がオーナーの店舗など)
・ランチタイムなど時間帯により現金しか受け付けない店がある
・決済手段が偏っている(クレジットカードのみ、もしくはQRコード決済のみ、など)
・クレジット決済と現金決済で価格(値引き)が異なる
キャッシュレス決済に慣れた消費者は現金決済の店は無言で素通りする、コンビニ店員は金額にかかわらず現金決済よりキャッシュレス決済を好む、など、キャッシュレス決済の常識を「知らぬは社長ばかりなり」がいかに多いことか。
3.終わりに
今年の9月以降、新たなキャッシュレス決済普及キャンペーンであるマイナポイント事業が始まる。また、新型コロナ対策として、各業種の営業ガイドラインでもキャッシュレス決済の導入が謳われている。もし周りに後ろ向きな社長がいたら、「キャッシュレス決済の普及は企業の生産性の向上に寄与するから導入すべきですよ」と社長を論理的に諭すのも良いが、一言、「社長、お客さんが逃げてますよ」、とはっきり言ってあげたい。
執筆者
高橋 章氏
株式会社経営財務支援協会代表
http://kaikei-web.co.jp/
東京大学法学部卒業後三井銀行(現三井住友銀行)に入行。アットローンを立ち上げるなどリテール金融サービスの開発に従事。一部上場ノンバンク、サービサー会社社長を経て事業再生支援を含む財務コンサルタントとして活躍