DX事例

登山者コミュニティを通じた道迷い遭難ゼロを目指す株式会社ヤマップのDX事例|日本DX大賞2023

日本DX大賞は、自治体や企業などのDXの推進事例から優れたDX事例を掘り起こし、広く共有する機会として2022年から実施しているコンテストです。2023年6月21日に開催されたSX・GX部門では、社会課題解決のためにサステナビリティ経営やGX(グリーントランスフォーメーション)に取り組む企業や団体から優れた事例を選び、表彰しています。

この記事ではその中から、登山地図GPSアプリの登山者コミュニティを通して、道迷いでの山岳遭難ゼロを目指す、株式会社ヤマップの事例をご紹介します。

概要

■法人名:株式会社ヤマップ

■事業内容:スマートフォンアプリ「YAMAP(https://yamap.com/)」開発・運営、WebメディアやECサイト、ショップの運営

■サービス開始:2013年3月1日

■公式Webサイト:https://corporate.yamap.co.jp/

道迷いポイントを洗い出し、案内標識の設置効果を可視化

株式会社ヤマップ 小野寺氏:日本では、1年間に約3,000人が毎年山で遭難しています。しかもそのうちの4割は道迷いが原因です。(※)

私たちは2021年に、日本一道迷いしやすい登山道を5か所発表しました。この中から、神奈川県と山梨県の県境にある大界木山(だいかいぎやま)のケースを紹介します。

左側は登山者が丸とバツをつけて加工した上で投稿してくれた写真です。この道をどのように間違えてしまうのか。図の中の道迷いパターン1の方は間違いにすぐに気づいて引き返しています。また道迷いパターン2の方は150mほど進んだところで引き返していますが、等高線を見てみるとだいぶ下ってから登り返しているのがわかります。さらに道迷いパターン3の方は、登山道がない場所を無理やり突っ切っています。このように、登山者が実際に歩いた軌跡と間違えたルートを地図上に示したところ、大界木山の登山道の中ではここが最も道迷いしやすいポイントであることが判明しました。

後日、ここにはヤマップの情報提供により地元の団体が「浦安峠」と方向を示す案内標識を1本設置したので、標識設置の効果を分析してみました。こちらは登山者が歩いた軌跡を記したものです。赤枠の中を見てみると、標識設置前は間違っている履歴が多くありますが、標識設置後には道を間違える人がいなくなりました。標識設置の前後に登山者が実際に歩いた軌跡を比較して表示することで、標識の効果の可視化に成功。地元自治体の行った標識設置に対して、価値を見える化したともいえます。

参考:令和4年における山岳遭難の概況(警察庁生活安全局生活安全企画課)

心の通い合うDXは、登山者の命を守るインフラに

株式会社ヤマップ 小野寺氏:このDX推進プロジェクトには、登山者の協力が欠かせません。プロジェクトの主要メンバーであるYAMAP(ヤマップ)ユーザーに有意義な投稿を続けてもらうために、他の登山者から感謝の報告が届く仕組みを構築し、「また役に立つ情報を提供しよう」という登山者のモチベーションにつなげています。褒めて励ますこの仕組みこそが心の通うDXのヒントです。

価値創造のためのデジタル活用のポイントは、ビッグデータをもとにして可視化を進めたことと、登山者同士の共助ネットワークの活用です。膨大な登山道の中から道迷いを誘発しているポイントを探し出すことは非常に困難です。これを登山者の投稿という最も現場に近い声によって特定できたことに価値があります。またたった1本の案内標識で道迷いを防げることをデータによって実証することで、従来可視化できなかった効果を誰もが確認できるようになり、施策の再現性の向上につながりました。

2022年には再び「日本一道迷いしやすい登山道2022」を発表。ワースト5か所の情報も、自治体や警察などに提供しました。その後各地域で対策がなされ、道迷いしやすい登山道は道迷いゼロの登山道に生まれ変わりました。こうしてユーザーや自治体、警察、救助機関を巻き込んだDXを実現。YAMAPは単なる登山地図アプリから命を守る山のインフラとなったのです。

ユーザーがすれ違うことで、互いに助け合う仕組みを構築し、道迷い遭難ゼロを目指す

株式会社ヤマップ 小野寺氏:電波の届かない山の中でも、YAMAPアプリのユーザー同士がすれ違えば、スマートフォンに搭載されているBluetoothによってバックグラウンドで自動的に通信し、その地点の位置(経度緯度)情報を交換します。すれ違った一方の人が電波がつながるエリアに入ると、自動的にお互いがすれ違ったときの位置情報をヤマップのサーバーへ送信。これにより、すれ違った誰かが遭難した際、捜索範囲が絞り込めて早期発見につながります。

これは、実際に遭難者が発見された事例です。正しいルートはオレンジの丸の方向ですが、登山道から大きく離れた場所にあった最終の位置情報の周辺で遭難者は発見されました。遭難が発生した1週間後にご家族からヤマップに相談がありました。ヤマップでは、その10分後に遭難者の位置を確認。この情報を管轄する警察署へ共有しました。実はこの方は、発見された時にはお亡くなりになられていましたが、もっと早くヤマップに連絡があれば助かった命かもしれないと、今でも悔しい気持ちでいっぱいです。

ヤマップへの遭難救助相談件数は、年々増えています。ユーザーがYAMAPを使い、道迷いしやすい場所を見つけ、その情報を共有する。またはユーザー同士がすれ違うことで情報が集まり、遭難者を発見する。使う人が増えるほど安全網が強固になり、登山コミュニティを通した遭難者の命を救う共助の仕組みを成り立たせています。ヤマップは、一人でも多くの山岳遭難者の命を助けるために、YAMAPアプリを普及させていきたい。ユーザーとの共創による価値の最大化と道迷い遭難ゼロを本気で目指しています。

セキュリティの担保と山岳救助支援を両立

八子(審査員):YAMAPアプリの利用促進施策はどのように行っておられるのか。

また、当然ながら遭難者が誰であるか、個人を特定しなければならないと思うんですけども、そのデータ分析に際しての個人情報の利活用については、どのような方針で運営されているのでしょうか。

株式会社ヤマップ 小野寺氏:実は登山への参加は単独よりもグループが多く、例えばその中のリーダー格の人がYAMAPを他の人に勧めてくれるとグループ内に一気に広がるというサイクルで、150万ダウンロードまではほとんど広告を使うことなく口コミによって広がっていきました。

その後、登山の情報をWEB検索した方に広告を出すようにしたり、メディアに取り上げてもらったりしてダウンロードが増えています。これらの大きなエンジンを回していくことを我々は利用促進の主軸にしております。

また、位置情報はプライバシーに関わるので、セキュリティも万全にしています。もし遭難された方のご家族から直接我々に問い合わせがあっても、その情報をそのままご家族の方にお渡しすることは一切ありません。管轄の警察や消防の方々などのレスキューに従事する方々にのみ情報を返してます。

市川(審査員):登山したときのルートが残せるからとか、登山コミュニティがあるからとか、YAMAPアプリの利用理由の傾向はありますでしょうか。

株式会社ヤマップ 小野寺氏:登山地図アプリの中では、YAMAPのシェアは約75%あります。それだけ多くの人がいると、他の人が知らないうちに他の登山者を見守ってくれるという関係が自然にできているので、YAMAPアプリのメリットや特徴を世の中にアピールしていくとYAMAPユーザーが増えるわけです。さらにそうなると、できることもどんどん増えていくという仕掛けを作っています。実際にユーザーミーティングでYAMAPの最先端の安全対策事例を紹介すると「もっと他の人にもYAMAPを勧めたくなった」という感想が9割ぐらい寄せられます。つまりこのような取り組みをオープンにしていくことによって、ユーザーさんが熱狂的なファンになってくれるという仕組みを作っているところも特徴的かなと思っています。

市川(審査員):有料のユーザーさんは増えているんでしょうか。

株式会社ヤマップ 小野寺氏:非常に増えております。マンスリーで活動されてる方々のうち20%ぐらいが有料で、比較的熱狂的なファンの方が使っているようです。ただスマートフォンアプリの市場において、全ユーザーのうち有料会員が20%というのはすごく高い割合だと思っています。命が掛かっていること、本気度が違うというところもあって、このぐらいの高割合になっていると分析しております。

司会:視聴者の方からもご質問が寄せられております。「素晴らしいですね。現在は危険の可能性があるという理由で世の中から消えてしまうものがある中、リスクを減らして人々の豊かさを守る事業に感動しました。命に関わるという点でユーザー様の提供情報の正確性が気になりました」

株式会社ヤマップ 小野寺氏:「役に立ちましたか?」っていう文言の下に「はい」と「いいえ」っていうボタンがあるんですよ。投稿したときは危険だったかもしれないけど、道が整備されてて安全だよってなれば「いいえ」が押されていく、一定期間押されないとそこの評価が下がっていくんですね。デジタルデータを使いながら、自動的に淘汰されていく仕組みになっています。即時性はその場所によってだいぶ変わりますけども、安全性もビッグデータならではの方法で確保しております。