日本DX大賞とは、日本のDX推進を加速するために、事例を発掘し共有するコンテストです。
2023年6月20日に行われたUX(ユーザーエクスペリエンス)部門 決勝大会では、デジタルトランスフォーメーションの中心にユーザー体験を置き、顧客体験や従業員体験向上、DX推進によりユーザー満足度とエンゲージメントを高めた事例が発表されました。
この記事ではその中から、AIの自社開発で新たなテレビ番組表現に成功した、日本テレビ放送網株式会社の事例をご紹介します。
日本テレビ放送網株式会社の概要
■法人名:日本テレビ放送網株式会社
■事業内容:放送事業者
■設立:1952年10月15日
■公式Webサイト:https://www.ntv.co.jp/info/
テレビ局ADの業務効率化にAIでアプローチ
日本テレビ 篠田:
AD(アシスタントディレクター)の業務には、単調で時間を取る作業が多く存在します。我々はこれらの作業を極力自動化し、ディレクターが真にクリエイティブな業務に集中できるような環境を作りたかったのです。このような考えから、取り組みは始まりました。
その方法の一つとしてAIを用いるアプローチが選ばれました。元々の目的はディレクター(Director)を支援することでしたが、導入後にはそれ以上の効果が見えてきました。
それは、さまざまな局や部署(Division/Department)に貢献できるということ、そして放送全体の発展(Development)に繋がるということです。
こうして、様々なDに貢献できるAIであることからAiD(エイディ)と名付けました。同時に「エイド=支援」という意味も含まれています。エイディは現在多くの番組作成に活躍しています。詳細についてはこれからお話しします。
高いセキュリティと使いやすさが保証されたシステムを開発
日本テレビ 篠田:
最初にシステムの概要を説明します。デスクトップPCやノートPCで動作するものですが、基本的な仕組みとしては、入力された動画をAIが解析し、それをデータ化またはCGを付加した映像として出力します。特徴的な点は、クラウドへの接続が不必要であるということです。これにより、映像処理を行う際に通常クラウドへアップロードするために必要な時間を省略し、内部で全てを処理することでリアルタイムかつ迅速な動作を可能にしています。
また、放送設備とインターネットを接続することが困難な場合でも、我々のシステムはそのまま使用することができます。これにより、高いセキュリティと高速性が保証されており、特に生放送での使用が増えています。これらの特徴を今日詳しくご紹介します
なぜテレビ局が自社で開発したのか?
日本テレビ 篠田:
社内で開発を進めた理由は、最初に東京五輪でAIを活用したいという話があったことから始まりました。必要だったのはリアルタイムに動作するAIで、それは意外と市場には存在していませんでした。そして、「もしかしたら実現可能かも」という業者もあったものの、コスト面や開発期間という問題があり、開発契約に至ることはできませんでした。
そこで、AI開発の経験があることから、最初は私一人でスタートしました。それが東京五輪で使用したのを皮切りに、様々な番組で活用されるようになり、社内開発のスピード感と予算的なメリットを実感しました。
活用が進むとたくさんの仲間も増えていきました。
エイディ活用がもたらした影響
日本テレビ 篠田:
エイディは、大きく三つの「常識」を変えました。「AI学習の常識」「現場オペレーションの常識」そして「CG合成の常識」という三点です。これらの観点からエイディの影響を解説します。
AI学習の常識が変わった
日本テレビ 篠田:
東京五輪と北京五輪で何を成し遂げたかについて簡単に触れます。
左の画面に示すようなサンプル画像を見てみてください。これは、国際的なオリンピックの映像で、基本的に英語のテロップが付いています。しかし、そのまま放送すると日本の視聴者には読みにくいでしょう。当然ながら、これを日本語で上書きしたいわけですが、CGと日本語テロップのマッチングはそれまで難しい課題でした。しかし、ここでAIが登場します。
AIの学習プロセスをどのように変えたかを見てみましょう。
例えば、アルファベットのAからZまでを学習させようとすると、通常は大量の素材が必要です。これは、DX推進時にAIを導入する際の主要な障壁の一つです。しかし、私たちはこの問題を解決するために、架空の映像を作成し、それをAIに学習させました。それぞれのアルファベット(M, I, Gなど)に対して指定することが必要ですが、これも時間がかかる作業です。私たちはこれを全て自動化し、AIの導入の障壁を大きく下げました。
東京五輪では、我々のAIは1000回以上使用され、一度も間違えることなく、スポーツ中継の理解度を大幅に向上させました。北京五輪でも同様に活用され、中継中のレース経過を瞬時に表示することが可能に。
これにより、AIはスポーツ番組の制作で必須のツールとなりました。
さらに、私たちは、従来は煩雑な作業を要求した得点の表示も自動化しました。これにより、AIは番組のクオリティを維持するための重要な要素となりました。
野球中継においても、イニングやBSO、スピードなどの情報を自動で読み取り、表示することが可能になりました。これにより、人間が入力する必要がなくなり、さらなる情報を提供することが可能になりました。
これら全てが、AIが提供する新しい視点、新しい「AI学習の常識」を示しています。これが私たちが実現したこと、そしてこれからも引き続き追求していくことです。
現場オペレーションの常識が変わった
日本テレビ 篠田:
放送業界では自身で制作したコンテンツに対する責任を持つ必要があります。それには、番組の監視が欠かせません。
これはエラー画面を認識し、警告を出すシステムの一部です。
このシステムは、さまざまな他のシステムと連携し、問題が発生したときには速やかに情報を伝達します。人間が常に監視することは難しく、見逃す可能性が高いです。特に、放送だけでなく配信も増えてきている現代では、品質維持のためには、AIを活用するのが一番効率的だと思います。また、天気予報などの単純なコンテンツも監視が可能です。
次に、番組の準備についてです。例えば、箱根駅伝などのロードレースで、放送途中で映像や音声が途切れてしまうことは許されません。そのため、本番前に何度もテストを行い、電波状況をメモしていく必要があります。これは大変な作業で、テストの結果を翌日までにまとめるためには、深夜まで作業を続けることもあります。しかし、AIを使用することで、これらの作業を自動化し、データ化することが可能です。そして、最近では、傾斜データというものも注目を浴びています。これも、AIを車に搭載し、データベース化することで実現できます。
また、AIを使用すれば、特定の選手を認識し、その選手をマークするということが、生放送でも可能になります。これまでは、このようなCGのトラッキング表現には編集作業が必要でしたが、これが生放送でも可能になったことは大きな進歩です。
そして、マスクの着用率の表現についても、AIが活躍します。去年の5月時点では、ほとんどの人がマスクをつけていましたが、全員に対してぼかしを入れる必要がありました。このぼかし処理やカウントも含めて、時間がかかる作業をAIが効率化し、新しい番組表現や情報の価値を生み出します。
また、このマスクの着用率の放送は、制作からわずか2日後に行われました。放送局のDXには、スピード感が求められます。このような情報は、日本テレビや系列局、新聞やWebニュースなど、さまざまなメディアで使用されています。そして、AIが生み出した新しい情報が、新たな情報の価値として多くのメディアに受け入れられていることは、開発者として大変喜ばしいことです。
CG合成の常識が変わった
日本テレビ 篠田:
我々はこんなことも試みています。例えば、野球のボールを画像認識して、投球の軌道を描く、といった取り組みです。また、どの選手をAIでトラッキングして、注目選手にマークを付けたり、ポジショニングのビジュアル化も可能になりました。
さらに、CG合成も大きな変化を遂げています。日本記録や世界記録を視覚化し、それがどれだけの差なのかを直感的に理解できるようになったのです。これを実現するためには、選手が隠れたり物体間を走るといった状況でも、しっかりと映像を合成できる技術が求められました。これが生放送でも可能になったという事実は、放送技術における大きな進歩と言えるでしょう。
従来のCG合成技術では、前面にテロップなどを出すことは可能ですが、人物の後ろには表示できませんでした。人の後ろに表示するための技術として、”グリーンバック”がありますが、これは限定的な表現しか許されません。グリーンバックの形状に沿った表現しかできないため、私たちが望むような自由な表現は可能ではありませんでした。しかし、AIの力により、生放送でこれまで以上に自由度の高い表現が可能になったと言えます。
要点をまとめると、新たな合成方法を導入することで、表現の幅が大きく広がりました。さらにプログラムベースなので、遠い人物は薄く表示するなど、表現の自由度も格段に上がっています。
実現するための組織作り
日本テレビ 篠田:
重要なポイントとして強調しておきたいのが、「実現するための組織づくり」です。ここには大きな労力を投じてきました。「エイディキャンプ」を立ち上げ、社内のAI開発に興味を持つ、そしてその活用を楽しみたいと思う人々を募りました。そうすると、技術者だけでなく、制作スタッフやアナウンサーなど、立場の異なる人々が約50人集まりました。ここで注目すべきは、それぞれが自身の部署の課題を持ち込み、それぞれの解決策を共に考え、それを各部署に持ち帰るという形です。
これの重要性は何かというと、大人数で動くと一般的にそれぞれの部署の業務範囲を逸脱してしまい長期的に活動を継続することが困難になることがあります。しかし、この形を取ることで、それぞれの部署の仕事として認識されます。その結果、各部署でデジタル変革(DX)を進めることができます。通常、開発者が一人で全てを担当すると、導入の際に各部署に対して依頼しなければならない場合があります。しかし、これらの問題を回避できるメリットがあり、継続してDXを進める組織になることができました。
東京ドーム様でも、最近このシステムを導入いただきました。スコアボードの情報を読み取り、ドーム内に設置された350台のモニターに表示します。そして、これはスタッフを増員せずに、サービスの質を向上させることができたと、喜びの声をいただいております。現在は、ピッチャーやバットなど、新しい情報も多く表示するようになりました。
まとめ
日本テレビ 篠田:
ここで総括したいと思います。初めに、AIの学習部分、次に実際のオペレーションの大幅な改善、そしてCG合成の変革、そして重要な組織作りに焦点を当てました。共に楽しみながら開発や導入を進め、人々とシステムの育成を目指しています。
各部署が業務範囲を超えずに関与できるような組織形成を進めています。
放送業界では、様々な賞を受賞し、現在では社外からも多くの興味と要望を頂戴しています。その汎用性の高さから、多くの相談が寄せられています。今後も、業界を超えたデジタル変革(DX)を目指し、積極的に取り組んでいきます。
業界を超えてDX推進相談を受け始めている
鈴木(審査員):
この素晴らしい技術は野球のファンとして大変興味深く、日本テレビで開発されて後半に他社でも活用される話を聞きました。これは、現在日本テレビ及びその系列で使用されているのですか?
日本テレビ 篠田:
仰るとおり、私たちはネットワーク系列局とともにこのプロジェクトを進めています。しかし、もちろんこのシステムは放送業界に限らず、広範な利用可能性を持っており、業界を超えてた様々な相談を受けています。私自身、DXの推進に貢献したいと思っています。
鈴木(審査員):
AIによる事業の自動化によって、一定の作業時間が削減されたと思いますが、具体的な数値はありますか?
日本テレビ 篠田:
そうですね、それは各番組ごとに異なるので、全体的な数値を出すのは困難です。ただ、単に時間やコストの削減だけでなく、新たな番組表現が可能になったという点も強調したいです。これらの新しい取り組みを進めるためには、本来さらなる人員が必要になるところを、人員を増やさずに実現できたというのが、我々がこのシステムを導入して良かったと感じる理由の一つです。
経営層・マネジメント層のAIの導入に対する意識も変わった
前刀(審査員):
今回、いくつかの成功事例が示されましたが、この取り組みによって社内、特に経営層やマネジメントの意識はAIの導入に対して変わりましたか?
日本テレビ 篠田:
はい、変化がありました。最初は現場から始まったこの取り組みですが、関わる人々が次々とAIの特性を理解するようになり、その話はすぐに経営層にも伝わりました。その結果、私たちは頻繁に経営層から呼ばれてプレゼンテーションを行ったり、株主向けの資料などでもこの取り組みをアピールするようになりました。
前刀(審査員):
大企業では、DXに取り組む前に”OX”(おじさんトランスフォーメーション)が必要だという話を、今回の主催者である森戸さんなどとよくします。具体的な成功事例を見せることが、その推進にとって最も効果的なアプローチだと思います。その意味で、今回の事例は大変有益だと思います。今後は、生成AIの導入を考えているのでしょうか?
日本テレビ 篠田:
生成AIの導入も確かに考えており、それが業務に非常に役立つと確信しています。しかし、その導入に先立ち、権利関係を明確にする必要があると考えています。その対処法を見つけながら、生成AIとの関わりを深めていきたいと思っています。
前刀(審査員):
それは、引き続きこの推進を社内で中心的に行っていくということですか?
日本テレビ 篠田:
そうなれるように継続して努力していきたいと思っています。
組織作りで特に心掛けたことや苦労したこと
司会:
視聴者からの質問も取り上げます。組織作りの中で、特に心掛けたことや苦労したことがあれば教えていただけますか?
日本テレビ 篠田:
はい。組織内で人員を増やしていく際には、いくら言葉で説明しても理解してもらえないことが必ず存在します。そこで我々は、成果を具体的な形で見せることを心掛けてきました。具体的な成果を見せることが、最大の説得力になると考えています。また、各業務に対して、どのように我々が貢献できるかを常に意識していました。それぞれの業務に貢献することが、我々のやりたいことだと認識しています。これらが、大切なポイントだと思います。
司会:
次の質問です。DX実現に向けてどのような事例を参考にされましたか?
日本テレビ 篠田:
私の経歴は少し変わっていて、現場で働きながらずっと開発を続けてきました。そのため、現場がどうあるべきかを理解していれば、それに基づいて行動すればいいだけでした。その為、特に外部の事例はあまり参考にしておらず、私にとって重要なのは、現場に深く関わり、その状況にどれだけ適応できるかです。それができれば、自然とどのようにAIを導入すべきかが見えてきます。