DX事例

東北大学病院「コロナ禍における医療分野でのDXの実践」

発表者:
左)東北大学病院メディカルITセンター准教授・副部長 中村直毅様
右)東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座特命教授 高山真様

新型コロナウイルス感染者に対しては、自宅療養、宿泊施設療養、入院適用などの判断の後、観察・治療が一定期間行われます。新型コロナウイルスは感染抑制が困難で、患者急増の波が繰り返されるたびに、医療体制が逼迫しました。特に第4波・第5波における患者急増により、医療機関の入院受け入れが追いつかなくなるとともに、自宅やホテルでの療養が爆発的に増加しました。首都圏などでは医療機関以外での療養中の死亡例も報告されるなど、入院前における医療調整や管理が重要となります。

こうした状況下において、東北大学病院は重症者の受け入れに留まらず、宮城県内における新型コロナウイルス感染症の感染制御を多角的に支援してきました。コロナ軽症者宿泊療養施設及び東北大学の職域ワクチン接種での事例をご紹介します。

東北大学病院の概要
■院長:冨永 悌二
■設⽴:1817年
■診療科数:50科(医科:39科、歯科:11科)
■従業員数:3,348名
■病床数:1,160床(*2019年9月1日現在)
■公式Webサイト:https://www.hosp.tohoku.ac.jp/

コロナ軽症者宿泊療養施設での取り組み

患者管理を電子化した事例

第1波・第2波では、患者の日々の健康管理を行うため、健康観察のチェックシートが利用されておりました。このときは、紙での運用でした。

第3波では患者が増大し、入院受け入れに制限が生じるようになりました。そこで東北大学病院の医師がコロナ軽症者宿泊療養施設に定期的に往診して、感染エリア内の入所者の診察処方が行われるようになりました。このときもまだ、患者管理は記録用紙に書いていました。

第4波では、ホテル内での患者情報の管理は依然として紙が使われていました。
しかし、患者が急増するにつれて記録用紙を探したり紛失したりしたため、当院医師監修のもと、県の職員がExcelを使った患者情報の電子化を実現しました。

入所者1人につきExcelファイルを1つ用意し、住所などの基本情報、健康観察用看護記録、往診記録、保険証、承諾書の情報については各々のシートに分けて格納することにしました。ただし、患者ごとにファイルが分かれていると俯瞰性が悪いため、入所者(患者)
一覧シートを用意して、個々の患者情報にアクセスできるようにしました。

また、バイタルと症状の有無などを点数化することで、悪くなりそうな場合には早めに入院させるなど、患者の容態の変化を事前に察知して、入院可否を判断できるようにしました。

さらに、Excelに組み込まれたロジックに従って、発症から現在の状態、バイタルなどのデータに基づいて医師が退所の可否を判断する「退所判定シート」を用意しました。
これによって、紙や手作業でのやり取りから解放されただけでなく、患者の取り違えもなくなりました。

第6波に入ると陽性者急増に伴い重症者も急増しました。この頃になると患者の健康観察をExcelで管理していましたが、看護師が患者一人ひとりに内線電話で聞き取りした結果はExcelに手入力していました。しかし、入所者が急増する中でこの業務を手入力で継続するのは難しくなりました。

そこで、患者さんに健康管理アプリ「MySOS」を使って、健康観察情報を朝晩入力してもらうことにしました。こうして集めたデータを、クラウドサービスのAPIを介して自動的に
患者管理システムに取り込むようにしました。これによって聞き取り調査にかかる業務が
大幅に削減され、入所者急増にも対応できました。

宿泊療養施設において、医療機能を強化した事例

第3波で患者が急増する中、限りある県内にある病床を有効活用するために、東北大学病院長を部長とする宮城県新型コロナウイルス感染症医療調整本部が県庁内に設置され、陽性者の健康状態をもとに医師が入院可否を判断するトリアージを毎日実施するようにしました。陽性者の入院や療養方法のバリエーションが広がり、適切な入院調整が可能となりました。

しかし病床が逼迫するにつれて、本来なら入院適用でも宿泊施設で療養せざるを得ない患者が急増しました。宿泊療養施設にいる間に様態が急変し、緊急入院となるケースも少なくありませんでした。身体所見と症状だけで入院適用を判断することに限界を感じ、検査できる環境が必要であることが明らかになりました。

そこで宮城県庁と連携して、医療機能を強化した宿泊療養施設を創設し、宿泊療養施設で行ったレントゲン検査や血液検査、心電図検査を行い、その結果を各所と共有し、さらに医師が利用している大学病院の電子カルテとの連動する仕組みを構築することになりました。
しかしながら、業者にはこれらを実現するためのノウハウがなく、短期間で実現できる見通しを立てられなかったため、業者には検査機器だけを納品してもらい、中村自身で要件整理や運用調整を行いながら内製でシステム開発をすることにしました。

当院の電子カルテや検査キットのデータ連携、検査で必要となる採血可能バーコードラベルを生成する仕組みなど、各部署にヒアリングしながら自作しました。その際、インフラや
情報共有の仕組みにMMWIN(エムエムウィン、みやぎ医療福祉情報ネットワーク)を最大限に活用して開発工数を大幅に削減。開発から1.5カ月で運用を開始しました。

また医療機能強化のため、酸素飽和濃度を24時間モニタリングする仕組みを全国で初めて導入し、個室隔離された入所者の呼吸状態を継続的に把握できるようになりました。患者の呼吸不全を早期に捉えて、酸素吸入などの適切な治療や入院適用判断が可能となりました。
病院レベルの医療機能を備えたホテルは、ニュースでも報道されました。ちなみに、酸素飽和濃度を24時間モニタリングする仕組みを、他の医療機関でも導入しようという動きがあり、既に導入済みのところもあるようです。

第5波で新規感染者が急増する中で緊急事態宣言が下され、病院長の指示でホテル内に医療機能を強化した抗体カクテル療法センターを急遽整備しました。宿泊療養施設で抗体カクテル療法を行うため、ホテルまで大学病院ネットワークを延伸するとともに、感染エリアを
考慮して紙とスキャン技術を活用した電子カルテ環境の整備を1週間で完了させました。
陽性患者が医療機能付きホテルに入所している間、東北大の医師が毎日往診。医療機能付きホテルが医療機関の病床のバッファとして機能したことで、第5波を切り抜けました。

第5波の終息後、累積感染者数1万人以上の都道府県において10万人あたりの死亡者数と
感染者に占める死亡者数の割合は、ともに宮城県が全国最小でした。我々の取り組みが寄与しているのではないかと考えられます。

東北大学におけるワクチン接種での取り組み

東北大学は宮城県および仙台市と連携し、仙台駅前に東北大学ワクチン接種センターを開設しました。全国の大学に先駆けて、東北大学に勤める職員を対象に、6月10日から職域接種が始まりました。その後6月21日から東北大学の学生、さらに文科省からの強い要望を
受け、仙台近隣の教育機関に通う学生や教職員のワクチン接種も東北大学ワクチン接種センターで実施することになりました。

ワクチン接種は数万人規模に及ぶため、運営者側の業務負荷を考慮して予約システムを用意する必要がありましたが、東北大学本部からの開発依頼があってから運用開始までに数日
しか猶予がなかったため、内製でシステム開発することにしました。

これはシステム開発から運用開始までの時系列を示しています。システム開発から運用開始まで与えられた猶予は東北大学版だと3日間、近隣の教育機関版は5日間しかありませんでした。そのため、運用開始までは必要最低限の機能のみ、使える既存資産は何でも使いつつ、付加的な機能や管理機能などは後日実装することで短期開発をどうにか乗り切りました。

開発した接種予約システムでは、教育機関ごとの認証システムや全国の教育機関共有認証基盤「学認」との連携を日本で初めて実現しました。これにより、接種希望者は大学のアカウントを使ってシステムにログインして、予約取得画面で名前などを手入力せずに、希望接種日を登録するだけで予約が完了します。また運用開始後、経理に提出する接種者リストや
ワクチン接種率を抽出するための管理機能などを提供しました。さらに英語入力への対応
など、利便性や操作性にも配慮したシステムを構築しました。

まとめ

「患者情報を共有することに、医師から反対の声が上がるのでは」とよく言われますが、
医者側でシステム開発にあたった高山医師は、毎日往診して対面診察で治療に従事されていました。他の医師たちはその姿を見ていたため、反対する人はいませんでした。

コロナ軽症者宿泊療養施設では、レントゲン検査や心電図検査などができる体制を充実させ、患者の入院を大幅に抑制し、病床逼迫の軽減に貢献しました。また、スマートフォンの健康管理アプリを使った患者情報の電子化によって、業務の効率化を図りました。
これらを開発する際には、中村と高山医師は夜でも頻繁に電話などで連絡を取り合いながら、仕組みやフローなどを密に相談しながら効率的に開発を進めました。

東北大学におけるワクチン接種では、東北大学を含む近隣の教育機関の学生や職員に対して、いち早くワクチン接種を提供しました。ワクチン接種システムとしては日本で初めて「学認」との認証連携を行い、災害緊急事態において「学認」が有効的に機能することも
証明したのです。ワクチン接種が進むことで対面授業が行われるようになり、教育の場にも大きく貢献しました。

こうした一連の取り組みを通して、宮城県における新型コロナウイルスの医療体制の提供に尽力しました。