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日本企業の持続可能な成長を実現する「サステナビリティトランスフォーメーション(SX)」とは何か

近年、さまざまな「トランスフォーメーション(X)」のつく言葉が生まれ、いろいろな場面で見聞きするようになっています。その中で注目を浴びているのがSX(サステナビリティトランスフォーメーション、以下SX)。経済産業省浅野大介氏が、SXとは何か、なぜいまそれが必要で、企業は何をするべきなのかなどについて語ります。


浅野 大介(あさの だいすけ)氏
経済産業省 経済産業政策局 産業資金課長
(兼)投資機構室長
(兼)大臣官房 Web3.0政策推進室長
(注:役職は2023年6月時点)

日本の上場企業におけるPBRの実態

まずSXの話に入る前に、最近非常に話題になっているPBR(株価純資産倍率)の話題から入りたいと思います。実はSXは「CSR(企業の社会的責任)みたいなものか」と誤解をされがちな言葉で、例えば山に木を植えに行きました、のような企業による社会貢献で本業とあまり関係がないような話だと、非常に狭く解釈されてしまうことが生じうる話題だと思います。

私たちの申し上げたいサステナビリティというものは、自社のサステナビリティと社会のサステナビリティが同期化していくことを指しています。それは、企業が長期的かつ持続的に価値創造を続けられるか、つまり企業価値を高めていけるかということと、社会のサステナビリティ課題へのチャレンジや、課題を予測して自分たちの事業ポートフォリオをいかにスピード感を持って組み替えていけるかということです。そして、PBRはこれと関連付けて考えるべきだと考えています。

日本の上場企業の約4割がPBR1を割っているということで、こうしたPBRの話題が今年の1月の終わり頃から新聞紙面などで連日報道されるようになりました。

この図表は、国や地域の代表的な企業群をピックアップした株価指数です。この中で比べてみると、S&P500とTOPIX500におけるPBR1倍未満の値が特に大きく離れており、欧州との比較においても差があります。つまり、日本の企業、とりわけ上場企業が企業価値を十分に伸ばしきれていないということです。このことは最近非常に問題意識を持って語られるようになってきています。

経済産業省では、最低でもROE(自己資本利益率)8%を達成する、つまり資本コストをしっかりと上回る企業価値経営をやらなければならないと指摘した通称「伊藤レポート」をメルクマールとしています。この中でもPBRが1倍を割っていることへの問題提起がされています。

PBRは、ROEにPER(株価収益率)、つまり成長期待が掛け算された値です。この数字が表しているものは現在の収益率や資本効率性のみならず、この会社は本当に成長するのか、これからも持続的に企業価値創造をしていけるのか、という成長期待なのです。

ところが日本を代表する上場企業においてはこうした状況となっています。

まずは、この現実を捉えるところから考え始める必要があるのではないかと思います。

このグラフをご覧ください。

世界の中で突出して日本だけPBRが1倍を割っている業種がいくつかあります。ただ、その他にもパフォーマンスがあまり良くない業種があり、この業種だからできない、この業種が低い、というのはあまり言い訳にならず、日本企業はPBRが低い理由を考えながら、なぜ企業価値創造ができなくなっているのかを深掘りし分析して打ち手を考えていくべきだと考えています。

先ほど述べたように、PBRはROEとPERの掛け算の値です。ここでROEの数字も見てみます。

伊藤レポートが出たのが2014年、アベノミクスが始まったころです。

この辺りで日本のROEは4から突然7.6や8になり、その後も8から9の近辺で推移していますが、米国や欧州からは大きく離されている状態です。

ただ8を越えればいいということではなく、大切なのはROEが資本コストを上回っていることだと思います。実は、ROEが資本コストを上回っていると自覚している経営者と、上回っていないと思っている投資家の間で認識にギャップがあり、このグラフの通り非常にコントラストがはっきりしている状態なのです。ですので、単に8%超えていればいい、という話ではありません。

また低ROEの要因は、低いマージンと低い財務レバレッジにあります。

これも伊藤レポートの中で指摘されていたことで、財務レバレッジをきかせて成長投資ができているのかということや、そもそもマージンが低すぎて利益が出ない元々の構造などは、引き続き日本の経済や企業の中に横たわっている大きな課題です。

増加する海外への投資と不足する国内投資

ROEにPERという成長期待が掛け算されることによって、ようやくPBRという数字にしっかりきいてくると前に述べました。

おそらくこの1月から3月の東京証券取引所の要請に対応した多くの上場企業の最初の打ち手は、自社株買いをすることでした。PBRを高めるためにはROEを高めればよいので、まず自社株買いを行い、そのメッセージをしっかり市場に発信し、分子を小さくすることで自然に数値が上がることを狙う、そういった第一手が打たれているものと認識しています。

それ自体は株主への還元であり、資本政策の手段の一つですから、非常に重要なことであろうと思います。ただそれによって、この会社はこれから成長していく、この会社は企業価値を高めていける、という成長期待が高まるかどうかということです。結果としては、その成長期待が株価に反映され、PERとして掛け算されて最終的にPBRが上昇していくわけですから。

日本国内の実際の潜在成長率は0.5%程度です。企業自体の中長期的な期待成長率も同じく低いままです。

昨今を振り返ってみると、株価や企業収益は中長期で見ると改善していますが、それは主に海外の成長の取り込み、つまり海外の子会社への投資によるものです。それによって海外市場の成長を取り込み、連結した決算の中で企業収益の改善に反映されています。

ただ、海外での果実ということは海外でも成長投資として再投資されることが多いため、国内には返ってきません。一方で国内の人件費はひたすら抑制されていく。そういったところで企業の論理、資本の論理と国家、国民の論理がずれてきているという局面にあると思われています。

何が起こっているかを日本の企業の資産の内訳を参考に見てみます。

左のグラフを見ていただきますと、その他固定資産(株式を含む)が伸びているのが分かります。これは海外の子会社の株式によるもので、それだけ海外への投資を多く行ってきたということです。

そして右のグラフを見ると、経常利益と配当額は上がっているのに対して従業員報酬が横ばいです。このグラフが非常に象徴的で、この30年ぐらいの間で起こってきたのが、企業は海外で価値創造をしている一方で日本国内ではしておらず、結局そこで働いている国民は恩恵を受けていないということを意味しています。つまり、国家、国民の論理と資本や企業の論理が離れていってしまったのです。

日本において特に大企業に焦点を当てるとこの通りです。

このグラフは法人企業統計を30年間とった結果です。従業員給与や賞与が横ばい、設備投資が右肩下がりになっている一方で売り上げが微増しています。つまり、売上原価が微減し、それによって売上総利益が拡大しているのです。配当金の増加は、世界中の株主に対する還元という形で支出されており、国内の働く人たちへの還元はあまりできていません。このように、投資は海外で増加して国内は横ばいということが現実として起こっているのです。

設備投資や事業投資が進んでいる国のある地域の中でさらに投資が進めば、労働生産性の向上を通じて賃金は上がると思います。それが読み取れるグラフがこちらです。

民間設備投資の増減率と実質賃金の増減率を比較するとこのような相関関係になります。残念ながら日本の企業は収益率が高い海外にどんどん投資していたため、国民には還元されていないということが分かります。

還元されないというのは、その株式を持っている人たちには収益がリターンとして返ってくる一方で、持っていない人たちは返ってこないということです。ですので、1億総株主のような発想で、世界中の成長している企業の利益が、そこに投資をした国民一人一人の資産形成という形で返ってくるというのが今の岸田政権におけるテーマの1つになっています。給料だけでなく、お金にお金を稼がせる形での所得の向上ということで、実際にNISAの拡充などの形で取り組みが行われています。

ただ、やはり国内の設備投資を通じて国内での賃金も上昇する、つまり資産所得控除だけじゃなく給与所得も上げなければなりません。そのためには国内の事業投資や設備投資がもっと活性化されることが重要ですが、されていない理由として日本の企業が口を揃えて言うのが「先行きを見通せない」ということです。

特にここ数年その割合が高くなってきてしまっています。これについては政府としても責任の一端があるのではないかと思います。先行き、つまり希望的観測を示せていないということです。

サステナビリティトランスフォーメーション(SX)とは何か

ここまでの話を踏まえて何が必要なのかを考えるときに、ここからSXの話になります。

SXとは何かというと、企業のサステナビリティの向上が社会のサステナビリティと同期化されていくことで、事業を通じた企業価値創造との関係が薄い社会貢献活動とは異なるものです。

企業のサステナビリティとは、企業が持続的に成長原資を生み出して企業価値を創造し続けていくことで、企業価値創造経営とはまさにそのことだと思います。そのために社会のサステナビリティに由来する長期的なリスクや事業機会を踏まえて、その資本効率を意識した経営を投資家と対話しながら進めていくということです。PBRやROEの問題、国内投資などを一筆書きで繋げていく産業政策と、企業経営が同期化することで日本企業の価値創造が大きく変わっていくのではないかと考えています。

社会のサステナビリティ課題で代表的なものは、人類にとって今現在最大の課題だろうと思われる気候変動問題や、サプライチェーン上の人権問題です。そういったものの国際ルール環境もどんどん変化しています。またそれのみならず、サプライチェーン・リスクやサイバーセキュリティ問題なども健在化してきています。

私たちはサステナビリティと言われると気候変動などと思いがちですが、それもあれば人権問題や経済安全保障、半導体のサプライチェーン問題やサイバーセキュリティの問題もあります。モノの安定供給を社会課題としてきちんと認識し、国内に立地もあり、継続的かつ持続的にサプライチェーンが成立している。そして、リスクに対してのレジリエンシーが高いといったことも含めて社会のサステナビリティ課題だと思います。

SXは産業政策と企業背中合わせ

社会のサステナビリティ課題に対応するというと、「そんなものビジネスになるのか」「必ずしも儲かるわけじゃないだろう」といった言葉が二言目には聞こえてきそうな話ですが、ここにこそ、成長の余地があると思います。

企業単体では投資を続けられないものに対して産業政策として先行投資を行い、この分野は長期的に投資ができて継続的に公的なお金も入ってくる、企業にとって安定的に将来を見据えた成長投資が可能だということを見せることで、社会のサステナビリティ課題について、長期の時間軸で事業ポートフォリオを変えて成長の果実を企業として回収するためには相当時間のかかるような成長投資を促していく。さらにそのことを投資家に対しても中長期の視点でこれだけやれるということを発信しつつ、企業としての活動とストーリーを作り、実行していく。

重要なことは、このように産業政策と企業が両輪で動いていくことだと思います。社会のどのサステナビリティ課題に対応する、どんなミッション志向の産業政策をやるかが国によって明示された上で、その領域内で企業はどんな投資をしていくのか。そしてその戦略的な方向性や金額感、事業ポートフォリオなど、各企業の投資戦略をどんどん資本家に対して発信して、それが資本市場から評価をされるだけの対話、エンゲージメントを繰り返していく、こうしたことが必要だと考えています。

現在のキャッシュフローのみならず長期の目線で考え、先に手を打って事業ポートフォリオの大転換を図った企業の一例としてオムロンさんがあります。有名なのであまりここで申し上げるまでもないかと思いますが、オムロンさんはROIC経営によって積極的なポートフォリオマネジメントをしています。

ROEや、ROIC、WACC、PERのような指標は基本的に財務の言葉であり、事業部門の責任者や管理職などの人々の毎日のオペレーションと、こうしたものが繋がることがない企業が沢山あり、これが今後の日本企業の課題だと考えています。オムロンさんは、各事業部門の隅々に至るまでが財務の言葉で接続された形でオペレーションが組まれており、その中で事業ポートフォリオ戦略もしっかりと組まれているのです。

そしてこの10年の間に、非常に収益性が高い事業であっても将来性を考え、内燃機関の自動車の車載部品事業を他社に売却し、代わりに自社の将来成長領域であるヘルスケア領域の投資を拡大するという転換を行いました。

そして海外で言えば、これも代表的ですがイギリスのBPが石油会社から総合エネルギー企業へ転換したという例もあります。

経済産業省によるミッション志向の政策

私たち経済産業省は産業構造審議会という大臣の諮問機関を回しているのですが、経済産業政策そのものに新規軸を立てる検討をしています。それは、成長する国の成長の果実をしっかり取り込んだ企業経営を後押しすることは、めぐりめぐって国民の財産にも反映されるのであるという考え方に基づきます。これまで10年以上、そういった考え方で経済政策は運営されてきましたが、少し立ち止まってみると、どうやらそのように動いてくれていないようだと、最近分かってきました。そこで経済産業省としては、ミッション志向の産業政策を講じる方向性で動いています。

SXは、このミッション志向の産業政策と表裏一体の話題だということを今日お伝えしたいと思います。代表例としての8分野がこちらです。

ミッション志向とは、なんらかの社会課題を解くことを意味します。世界的に問題だと思われている社会課題にソリューションを提供する事業、その投資先として日本が選ばれるには、5年、10年と腰を据えてその事業に投資できることが必要です。そのために国のお金をしっかり出してビジョンを示すことで、現時点で民間投資だけでは回収可能性に疑問符がつくような事業も含めて、しっかりミッション志向の産業生産をやっていくこと。つまり、特定の産業を振興するような旧来型の産業政策ではなく、どんな社会課題を解くのかというミッション志向での産業政策を展開するということです。

最初に大きなお金を用意して先行投資することが先に走ることになりますが、それと価値創造経営(≒SX経営)が背中合わせで進んでいくことになると思います。

ただ、そのときに資本、企業の論理と国家、国民の論理がずれることがあります。

企業と資本市場は対応していて、上の緑の丸2つが企業が行うことです。この結果として資本市場には株主価値が増加して返ってくる。これが基本的な資本、企業の論理で、そこに国境は一切存在しません。

一方で、国家、国民の論理は、自分の領域内に存在している企業が国内で投資を拡大し、そこでイノベーションが生まれて給料に反映されることを求めたい、と全然違うものです。

この2つの論理は自然体で接着されるものではありません。資本、企業の論理は国境を持たないので、基本的にはその時の世界の中での最適投資戦略を選ぶのに対し、国家の論理としては、できる限り企業の事業活動投資とイノベーション創出を自分の国内でしてほしい。

であるならば、どんな社会課題にチャレンジする事業者がこの国で投資をしてくれるのか。最近盛り上がっていますが、半導体の事業が日本国内に戻ってきています。勝手に戻ってきているわけではなく、こうしたことの陰にもミッション志向の産業政策は存在しているのです。この数年間、経済産業省としても半導体産業を復活させるべく国策会社の「ラピダス」を立ち上げたり、超微細の「ビヨンド2ナノ」を追求しようと動いたりしています。

このようなミッション志向の産業政策に基づいた政策があることでようやくこの2つの論理は接着されます。

その中で必要なことは、国家は旧来型の昭和の産業政策や、産業政策が不在だった平成を飛び越えて、令和の産業政策、ミッション志向の産業政策を行うことです。それは何らかの大きなグローバルな社会課題にソリューションを与えること、そしてそういった投資を行う企業に積極的に投資を促す事業環境をどうやって作るかを考えることを意味します。

また経済産業省としては、企業がこの地球社会のサステナビリティ課題に対して何らかの大きなインパクトを与えること、そして企業価値創造もサステナブルな形で行われていくこと、この2つをつなげることをやっていかなければならないと思っています。

加えて、企業と投資家の認識ギャップを埋めるために対話も必要です。

この資料によると、IT投資や研究開発投資、人材投資、資本構成の最適化に関しては、企業よりも投資家の方がそちらが大事だと考えており、ずれが生じています。

ここでカギとなるのが、対話の実効性を高めることです。

この話はコーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コード、そして経済産業省も伊藤レポートシリーズや、その実践編としての価値協創ガイダンスなどで示してきました。

この価値協創ガイダンスも使っていただきながら、ぜひやっていただきたいことがあります。それは、SXの経営戦略をどれだけ早期に会社の中で作るか、そしてそれを投資家との対話を通じて戦略として練っていけるのかということです。それにより企業価値創造を通じてPER、PBR、ROEの数値に反映されていく、そうした動きと政府の産業政策とを同期化させて進めていくことができればと思っています。

上場企業の経営を動かす東証の要請

この3月に東京証券取引所が出した要請は非常に大きいと思っています。

SXの裏には資本コストや株価を意識した経営の実現が全部隠れており、プライム市場、スタンダード市場の全上場企業に対して東京証券取引所が行ったこの要請が、おそらく今後の上場企業の経営を大きく動かしていくことになると思います。

ここで重要なのが、現状分析から計画策定・開示、取り組みの実行という対応の中で、自社のSX、つまり価値創造経営の論理が財務の言葉と事業の言葉が一緒になった形で語られ、開示されること、そして投資家との対話が深まっていくことだと考えています。

そして経済産業省としては東京証券取引所と共催で、SX銘柄の選定、公表を始めます。この取り組みは、現時点でのSXがどんな企業かを分かりやすく例示し、そういった企業のSXの本質は何かということの分析も含めて、表彰と分析レポートの発出を行うものです。

7月から募集要項を公表し、10月から募集を開始して11月末に締め切る予定で、来年の春には第1回のSX銘柄の選定と表彰、そしてその評価レポートも続いていきます。何がSXなのか、何が価値創造経営なのかで、プラクティスを表彰し普及していく予定です。

これまでいろいろな銘柄を東京証券取引所と経済産業省で作ってきましたが、このSX銘柄の意味の違いとして非常に大きいのが、価値創造経営そのものの銘柄であるということです。今後プライム150などと見比べていただきたいのですが、その点でこれまで作ってきたものと少し性格が違うと思います。

SXとは企業価値創造経営である

今回お話ししたかったことは、SXとは企業価値創造経営であり、PBRやROE、資本コスト、資本収益性を意識した経営、また今回の東京証券取引所の要請に対して今後何を軸にして自社の戦略を資本家に対して開示していくのか、といったことにおけるカギとなるものであるということです。さらに、何をするからこうなる、という理由を考える場面においても、財務の言葉だけでなくSXも大きなキーワードの1つになっていくと思います。政府としても企業価値創造経営をバックアップし、事業環境を一歩リードするようなミッション志向の産業政策を進めていきます。