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会社員や企業にとっての北極星=「パーパス」を目指す「ESGとDXが変える会社員の未来-新しい30年を作り出すために知っておきたいこと-」

今回は「ESGとDXが変える会社員の未来-新しい30年を作り出すために知っておきたいこと-」と題して、マーケットリバーで代表取締役を務めている市川祐子氏をお招きし、企業がESGに取り組むべき理由を著書『ESG投資で激変! 2030年 会社員の未来』の内容も交えつつ解説いただきました。一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会の代表理事を務める森戸裕一との対談形式で実施した、本セミナーのレポートをお届けします。

市川氏:ESGやサステナビリティは事業成長の足かせじゃないか、ガバナンスとかで縛るんじゃないかとかよく言われますが、長期的に見れば全ての会社の成長に必要です。企業に出資する投資家は利益が減るにもかかわらず、気候変動対策を企業に要求しています。本の中でも触れてるんですけれども、気候問題イコール経済問題だからです。

イギリスの財務省や日本の環境省が公開している「スターン・レビュー(https://www.env.go.jp/council/06earth/y060-38/mat04.pdf)」によると、気候変動に対して策を何も講じなかったら、世界の各年のGDPで少なくとも5%ぐらいの損失、より広範囲な影響を考慮するとGDPの20%以上損失が出ると。一方、気候変動対策にかかる費用はGDPの1%ぐらいで済むと。

それから、例えば日本だとGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)みたいな、年金を預かって運用している機関や、上場企業の半分以上に投資しているような大手の投資家たちにとっては長期的に儲かる仕組みや持続する社会が必要だし、全部が良くなってくれないと困るんですよ。合理的にも気候変動対策をした方が得だし儲かるから、投資家は企業に対して要求するんですね。

上記の表は、社会の持続可能性と企業の持続可能性を4象限にしたものです。右下は会社だけ生き残ればいい。左上は社会にはいいこと(善行)だけどコストになってしまう(フィランソロピー)。CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)みたいなものだと思ってください。この両極端が企業の取り組みと認識していて、ESGとは左上だと思ってる人が多いんですけど、株主や投資家は企業に対して、右上のマテリアリティって書いてある「最も重要なESG課題」に取り組むことを望んでいるんですね。

ESG課題は会社によって異なるので、企業が取り組むべきことを類型化して事例を出したのがこのスライド「企業価値に効くESG」です。ソニーグループでは、自社のESGの取り組みを「貢献」(ポジティブインパクト、プラス面をさらにプラスにする)と、「責任」(ネガティブインパクト、事業運営においてどうしても発生してしまうネガティブな面をなくそうとする)というキーワードを使って、投資家たちに説明していますので真似てみました。具体的には低消費電力のサーバーを使う、業務を効率的にする、再エネを使う、CO2削減に貢献する事業を手掛ける、リサイクルで画期的なものを作るとか人材投資とかいったものは貢献で、有害物質廃棄物を小さくする、人権保護や労働管理といったことに取り組むのを責任であると。

ここで紹介したいのが、二宮尊徳(金次郎)の言葉です。右下の「道徳なき経済は犯罪である」、不正で儲けたらそれは犯罪です。また左上の「経済なき道徳は寝言である」と。つまり、経済と道徳の両立が大事ですと言ってるんですね。まさに今、明治の時代に先人が言ったことと同じことをしようとしているんです。

森戸:投資家の方々がESGを重視するのはよく分かりました。株式を公開してない企業の場合、ESGに取り組むモチベーションは何かありますか。例えば企業間の取引でESGが重視される事例は出てきていますか。

市川氏:先ほどご紹介したソニーの場合、ユーザーが使うソニーの製品の消費電力、ソニーと取引関係にある企業の二酸化炭素(温室効果ガス)の削減(=ネットゼロ※)などを掲げています。あとは人権ですね。労働時間の適切な管理であったり、内部通報制度を設けたりといったところです。「スタートアップなんで内部通報制度は設けてません」って言ってしまうと「そういう企業であれば取引しません」って断られてしまうことが本当に起こります。なので上場していても未上場でも、企業はESGに対しては無策でというわけにはいきません。あとは地域や社会の問題を解決する強いビジョンがあるスタートアップ企業だと、社員を採用しやすく、厳しい状況でも割と残ってくれます。

森戸:地域課題解決をビジネスにしていくという視点も、これから必要になってくるでしょうね。

市川氏:そうですね。それがビジネスの起点になって、DXになったりとかサステナビリティになったりっていう北極星みたいなものになるんじゃないかなと。

※大気中に排出される、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの気候変動への影響を実質(=ネット)ゼロにすることを目指す

ESGへの戦略を考えることは経営戦略、DX戦略でもあると思っています。パーパスや企業理念から始まり、長期の経営環境、日本の人口は減少するけど、世界の人口はこれからも増え続けるし、技術革新もまだまだ続く。地球環境も今後どうなるのか。ビジョンやDXもサステナビリティトランスフォーメーション(SX)、グリーントランスフォーメーション(GX)に応じて経営戦略や施策をどう決めて開示するか。二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するために、実際の排出量を把握するデータってすごく重要なんですよね。こういったESGへの戦略を一気通貫で実行できる企業は、今後も継続して事業を展開できるでしょう。

続いては、ITとサステナビリティについて。

サステナビリティ経営において、75%以上の企業がIT活用に取り組むべきだと考えています。ソニーのように、自社だけじゃなくて取引先やユーザーも含めて、バリューチェーン全体のCO2排出量の把握と削減をしなければいけないと。「いや、ウチは規模が小さいから開示しなくても大丈夫」と思っていても、取引先からCO2排出量の開示を要求されることは起こり得ます。そうなった時に、CO2の排出量をExcelを使ってまとめようとするのは結構大変です。

こういう問題をテクノロジーで解決しようとする企業(鹿島建設)の事例を紹介します。

コンクリートはセメントと砂、砂利などを混ぜて造られるんですけど、セメントの原料である石灰岩を加工する際に、CO2が大量に排出されるんですね。そこで、コンクリートの製造過程でのCO2排出量をブロックチェーンの技術で分散台帳を作って管理しています。これにより、サプライチェーン全体でのCO2排出量を顧客に提示できたり、J-クレジットでの変換を実証したりといったことが可能です。

それから、3月期決算の上場会社は今年から、有価証券報告書で開示する情報が増えます。従業員の状況、ジェンダーの情報、サステナビリティに関する考え方及び取組という項目が新設されて、気候変動、人材育成方針、社内環境整備方針、人的資本、人材の多様性などを記載しなければいけなくなりました。

実際に今、政府の問題意識も出てきています。経済産業省では、サステナブルに関するデータの効率的な収集と活用に関するワーキンググループを立ち上げてますし、環境省は5年ぐらい前からブロックチェーンを活用してCO2排出量把握のための実証事業を進めています。あとは、有価証券報告書などで開示された定性的な情報をAI(人工知能)で処理しようとすると用語の統一は重要です。東証はISSB(International Sustainability Standards Board=国際サステナビリティ規準審議会)と共同でガイダンス統一に向けて動いています。

プロの投資家や、私たちの年金を長期で運用している資産運用機関は、企業には、投資においては、人材・IT・R&D(Research & Development:研究開発)を重視してほしいと考えています。研究開発もITも担うのは人なので、設備投資や株主還元よりも人に投資してくださいと。

最近では「人的投資やダイバーシティに取り組んでいる企業は、企業価値を上げる」という調査報告が続々出てきています。例えば、エーザイの元CFOの柳さんが調べたレポートによると、人件費が1割増えると5年後に企業価値は13.8%増える。同様に、時短利用者や女性管理職の割合増加も似たような効果が出ると。

また、1,000億円以上売り上げがある東証一部上場企業を調べたところ、女性役員の比率が増えると利益が増えるというレポートもあります。

さらに、OpenWork(オープンワーク)っていう転職の口コミサイトに転職者や元社員が書き込んだ企業情報をAIで処理してみると、働きがいと働きやすさの両方が大事だと分かったんですね(出典: 従業員口コミを用いた働きがいと働きやすさの 企業業績との関係 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jafee/19/0/19_79/_pdf/-char/ja)。働きがいと働きやすさが高まると売上が増えて営業利益率が上がります。いずれROE(Return On Equity:自己資本利益率)も上がります。すると働きがいがさらに改善されて株価が上がるというよい循環ができます。株式市場の人はやっぱり長期で儲けたいので、企業に社員の働きがいの改善を要求します。

この20年間、平均賃金は他の先進国は1.3倍から1.4倍になっているけど日本はずっと横ばいです。配当増やしている賃金が増えないのだという意見もあるんですが、一番増えてるのは配当ではなく実は内部留保です。あと「従業員エンゲージメント調査」では、エンゲージしている(やる気にあふれる)社員の比率は世界平均が20%ぐらいなんですけど、日本だと5%〜6%なんですよ。エンゲージメントに直結する給料って自分が正しく評価されているかっていう表れじゃないですか。頑張ったのに評価もされてない、お給料も上がらないんだったら働きがいを失ってしまう人が多いと思うんですね。

働きがいとは、会社の事業の目的が自分と合ってるかとかパーパスに共感できて生産性が増すとか、顧客からの信頼を得ることです。「ESGは働き方を変える」と本に書きましたが、そう自信を持てるのは、多数の企業データ分析の結果があるからです。個々の企業でも、働きがいや働きやすさ(エンゲージメント)を調査して、結果をデータ分析する動きが活発になれば、働き方が変わっていくと思います。

20世紀は、働き方も企業の成長の仕方も敷かれたレールに乗ったまま、みんなが同じ方向に向かっていけばよかったし、先輩のしていることを後輩はそのまま真似ればよかったんです。社内取締役や社長のポストが会社員としての目指すゴールになり、レールに乗り続けることでそこにたどり着けた。

一方、21世紀は世の中が目まぐるしく変わっていって、今の事業はレールの上にある、大丈夫と思ってたけど、どうやらレールはもうなくなってる、もしくは今後なくなるかもしれない。

今後企業は航海する船のようにお宝、新しいビジネスを探しながらあちこち進んでいかないといけない。そのために船員(=社員)の気持ちを合わせないといけないし、これからどこへ向かうのか、経営者は目標やビジョンみたいなものを社員にちゃんと伝えることが重要です。あと、陸で待ってる船主(=株主)や、燃料などを仕入れる取引先(=ステークホルダー)に対してコミュニケーションすることも必要です。

一方船で働く人は、自分のパーパスと会社のビジョンがある程度一致してた方が、やりがいも高まります。船の中全体(組織)の意識をより高めるために社内、ひいては社会とのコミュニケーションも必要かなと思います。

森戸:大学で教えてる学生たちからキャリアのことで相談された時に、先ほどのレールとその船みたいな話で「いい大学に入ったんだし、敷いたレールにちゃんと乗って安定した仕事に就きなさい」っていう親世代の意見がある。一方で「いやいや、今世の中はある意味混沌としてるけど、その中にチャンスがいっぱいあるからやりたいことを明確にして、自分と同じ方向に向かっている人たちと同じ船に乗ったほうがいい」という意見の二極化しているような感じがするんですけど、2030年の会社員を考えた時に、学生たちにどういうアドバイスをされますか。

市川氏:自分が共感できる船に乗る、パーパスやビジョンに共感できる会社に就職するのがやっぱりいいと思うんですね。2050年ぐらいまで考えると、今の上手くいっている船が次の30年後も上手くいっているとは限らないし、むしろまだ出港していない船が大きな成果、お宝を手に入れてくる可能性は十分あります。今は出戻りOKの会社も増えているので、まず3年ぐらいとかある程度やってみて、次のステップに行くっていう考え方でもいいんじゃないでしょうか。

森戸:自分たちの考えているキャリアと会社側が考えているビジョンと照らし合わせた時に、ある程度ベクトルが合っていれば安心感につながっていくという感じですかね。

市川氏:そうですね、心の精神衛生的な安心感につながるはずです。それにESGには、内部通報制度を設けるなどといった企業のリスク管理の側面もあります。ESGに取り組んでいる会社はしっかりしていると。

森戸:そこら辺を見分けるのがなかなか難しいと言われるんで、ESGも含めて学生たちには企業の見分け方を勉強してもらいたいですよね。

<参考文献>
「ESG投資で激変! 2030年 会社員の未来」市川 祐子 著 日経BP 2022年
「図解でわかるESG いちばん最初に読む本」野上 眞一 著 アニモ出版 2022年
「図解ポケット ESGがよくわかる本」森 尚樹、粟生木 千佳、鮫島 弘光、松尾 茜、清水 規子、森下 麻衣子、渡部 厚志 著 秀和システム 2022年
「60分でわかる! ESG 超入門」バウンド 著、夫馬 賢治監修 技術評論社 2021年

お知らせ

日本デジタルトランスフォーメーション推進協会では、現在DX推進事例を表彰する日本DX大賞の応募を受付しています。

ESGやサステナビリティ経営に取り組むESG/SX部門などもありますのでぜひご応募ください。

https://dx-awards.jp/