中核市の一つ山形県山形市では、高齢化の進行に伴う救急搬送件数、救急搬送困難事案が増加したり、救急隊員と病院との情報共有方法は紙と電話のみだったりと、救急の現場においてさまざまな課題を抱えていました。
本記事では、1枚のパンフレットをきっかけに出会い、ともに手を取り合って救急DXに取り組んだ、山形市とTXP Medical株式会社の事例をご紹介します。
救急搬送困難事案が激増していた、山形市の救急における危機
日本では高齢化が進み、救急搬送件数は年々増加の一途をたどっています。救急隊と医療機関の情報共有は紙と電話に依存しているのが現状で、救急搬送の長時間化、患者と病院のミスマッチ、業務の煩雑化と疲弊という3つの問題が現場を圧迫していました。

そうした問題が起こるのは、山形市も例外ではありませんでした。山形市の救急出動は年間約13,000件にのぼり、最前線に立つ救急隊の業務は逼迫していました。拍車をかけたのが、救急搬送困難事案(※)の増加です。山形市内における令和5年の救急搬送困難事案は657件で、コロナ禍が始まった令和2年度から、緊急事態宣言が終了となる令和5年の間に急増。山形県内の搬送困難事案の97%が、山形市を含む村山地域に集中していました。県庁所在地の山形市含め、山形県全域で医師の高齢化が進み、医師不足が顕著であり、救急医療体制の脆弱化を生んでいました。
他の自治体同様、救急隊と医療機関の情報共有として使われていたのは、依然として紙と電話でした。現場に到着したら、病院への受入要請を行うため、救急隊員は傷病者情報を紙帳票に手書きで記載しなければならず、傷病者への対応に集中する上で大きな足枷となっていました。受入要請を行う際、1度断られると同じ説明を別の病院にしなければならず、受入要請に掛かる時間は、問い合わせた病院の数だけ発生します。要請を受けた病院内でも、受入可否を確認するための院内調整の電話が返答を待つ時間に加算されるほか、救急隊の電話による口頭説明だけでは受入可否判断が困難な場合もあり、こうした状況は患者を病院に収容するまでの時間にも影響していました。また、救急隊員は消防署に戻ってからも、OAシステムへの事案入力や事後検証票などの報告書作成が待っており、救急業務逼迫の一因ともなっていたのです。
このままでは、救急医療の効率性の低下、医療の質の低下は避けられず、救えるはずの命が救えなくなる。救急活動におけるさまざまな悪循環を断ち切り、住民、救急隊、医療機関の全てにとって価値のある仕組みを構築する――。山形市消防本部は、救急活動の抜本的な変革に乗り出したのです。
※「救急搬送困難事案」:救急隊が現場に到着してから30分以上滞在し、なおかつ、医療機関への受け入れ照会回数が4回以上あった事案。
業務時間削減と救命率向上に貢献する「NSER mobile」
「NSER mobile」は、救急隊員が救急の現場で取得した情報を、瞬時に病院と共有できるクラウド型の救急医療情報連携システムです。

タブレット端末に話しかけると、医療辞書を学習させたAI音声入力が、聴き取った内容を自動で必要なフォームに入力。カメラ機能で保険証やマイナンバーカード、バイタルモニターなどを撮影するだけで、高精度のAI-OCRが解析し、テキスト化します。これらを指定した搬送先の病院に送信することで、受け入れ先の病院との交渉にかかる時間や書類に記入する手間が省けるだけでなく、病院到着後治療をはじめるまでの時間が短縮可能です。また、救急隊員が帰署後に各種報告書を作成するときも、「NSER mobile」のデータを活用することで、事務作業の時間を大幅に削減できます。

「NSER mobile」は2024年7月に運用スタート。搬送事案におけるシステム利用率は91.7%に達し、わずか半年で7消防本部、16病院にまで広がりました。「NSER mobile」の活用によって、救急搬送困難事案は令和6年度で421件と、前年度比で1.85%減少。年間3,562件発生していた電話対応が不要になり、年間1,950時間の事務業務時間短縮と画像心電図を含む詳細情報の共有の即時化を実現しました。救急隊からは「複数の病院への連絡が早くなった」「メモ不要なので相手に確実に伝わる」病院側からも「バイタル情報によりカルテ作成が的確になった」「受け入れ準備が事前にできるようになった」などの声が上がっています。
現場に携わる消防隊員の熱意×「できるところから一緒に」

令和5年初頭、TXP Medicalが全国の消防本部に発送したパンフレットには、自社サービス「病院と救急隊をデジタルでつなぐ救急医療情報システム」の紹介とともに、「救急隊の業務をワンストップで支援する」というキャッチコピーが書かれていました。TXP Medicalのパンフレットを手に取った、山形市消防本部のある担当者は、TXP Medicalとの打ち合わせの中で、「現場を本気で変えたい」と語り、TXP Medicalはその姿に深く感銘を受けました。週に何度もオンライン会議を行い、画面を共有し、現場の課題を1つずつ可視化し、ともに乗り越えてきました。

この事業は、「消防に閉じないこと。病院も巻き込み、医療プロセス全体を最適化すること」を目指して、病院や救急領域などに豊富な知見を持つスタートアップのTXP Medical、山形市および「山形連携中枢都市圏」の自治体、消防本部、病院、山形県庁などが参画。山形市が旗振り役とシステムの先行導入を、TXP Medicalは医療と消防、行政をつなぐ「橋渡し役」を担い、連携自治体は実証実験からスタートしました。

自治体間の広域連携での導入(=山形連携中枢都市圏事業)としつつも、各自治体のペースに合わせた柔軟な参入体制を整えたことで、本事業への参加へのハードルを下げています。また「トライアンドエラーを恐れない」という方針を定めたことで、山形市とTXP Medical が出会ってわずか1年、当初の予定より1年前倒しでのシステム導入に成功しています。病院へは全ての病院を直接訪ねて呼びかけ、1軒ずつ、参画していく病院を増やしていきました。「できる範囲でできるところから」という姿勢を大切にしたことで、各自治体や病院、消防本部からの信頼を得られ、消防や首長も巻き込んだ広報活動によって、市民の理解と信頼も深まりました。
山形モデルから全国へ――救急医療DXが拓く「命を守るインフラ」の未来

「NSER mobile」を広げるため、山形市とTXP Medicalが、さまざまな消防本部、病院、自治体などと連携して取り組んだ救急DX。現在では県境を越え、全国での展開体制を構築中です。新潟県新潟市、福岡県北九州市、沖縄県那覇市など山形市同様医師不足や高齢化といった課題を抱える複数の自治体で展開されています。また、総務省消防庁が公表する「救急業務のDX推進に係る消防本部担当者向け技術カタログ」にも採択され、国が推進する救急業務デジタル化の中核技術として示されています。
また現在、 TXP Medicalは全国で、行政主導の連携強化を推進。標準化と汎用化を加速し、広域での持続可能モデルへと進化を遂げました。「どこにいても、誰が対応しても安心できる救急体制」をモットーに、今後も救急DXのさらなる進化を目指しています。
まとめ
山形市とTXP Medicalが挑んだ救急DXは、1枚のパンフレットと「現場を本気で変えたい」という一人の熱意から始まりました。救急搬送困難事案や救急出動件数が激増する危機の中、救急医療情報連携システム「NSER mobile」の開発・導入により、業務時間や電話対応などの削減、一刻を争う救急の現場において病院との迅速な情報共有、受入先病院を探す手間を省くなどの成果を上げました。また、山形市や連携自治体、病院、TXP Medicalが一体となり、「できるところから一緒に」推進すること、「連携自治体はそれぞれで予算が異なるので、参入へのペースは自治体ごとに合わせる」を徹底。「NSER mobile」が生み出した山形モデルは今、全国へと広がり、データに基づく医療政策(EBPM)の実現可能性をも示しているのです。
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