本DX大賞は、自治体や企業などのDXの推進事例から優れたDX事例を掘り起こし、広く共有する機会として2022年から実施しているコンテストです。2024年6月18日に開催されたBX部門では、業務改善や成長戦略にデジタル化を導入し、さまざまな変革に取り組んだ企業の事例を表彰しています。
内製開発チームをゼロから立ち上げ、スマートフォンアプリを自社開発へと移行させながら、多様なDXに全社で取り組んだ株式会社クレディセゾンの事例をご紹介します。
1. はじめに:デジタルシフトとシステム開発の実際

株式会社クレディセゾンは、3,500万人以上の会員(連結会社含む)を持つ日本有数のクレジットカード会社です。1951年の創業以来、主力事業であるセゾンカードを中心に、ファイナンスや不動産など幅広く事業を展開。デパートや小売店、実店舗を持つ流通系企業などと提携しながら発展してきました。しかし近年、顧客の購買行動がリアルからデジタルにシフトしていく中で、このままでは成長が頭打ちになるという強い危機感が芽生えました。
一方で、社内に情シス部門はあっても、基本的には外部ベンダーに任せきりの状態でした。基幹システムの更改プロジェクトも、2011年のカットオーバーを目指して2008年にスタートしましたが、実際は2018年に完了。10年間で2,000億円以上のコストがかかる事態になってしまったのです。
DXの必然性を痛感するとともに、ベンダーに依存していたシステム開発の内製化を進めることにしたのです。
2. ゼロからの挑戦:内製開発チームの立ち上げ
2019年3月、クレディセゾンに小野和俊氏がCTOとして着任。同時に、クレディセゾンは全社一丸となってDXに取り組む、「CSDX」プロジェクトもスタートしました。

小野氏は内製開発チーム立ち上げのため、人事や広報など関連部署の承認を得て、個人ブログでエンジニアを募集しました。このとき、プロのエンジニアが小野氏1名という状況でした。
「最初の2年間は採用にコストを掛けていません。完全に個人ブログと来てくれた人の紹介だけで採用を進めてきました。総合職の中堅社員をアサインしてもらったこともありましたが、総勢3名からスタートした内製開発チームは、半年後くらいに8人になり、5年かけて145名まで成長しました。エンジニアのバックグラウンドも、エンタープライズ系からスタートアップ経験者まで多種多様なんです」と小野氏は振り返ります。

このチームで最初に取り組んだのが、スマートフォンアプリを活用した「セゾンのお月玉」でした。セゾンカードを利用すると500円ごとにデジタル抽選券がもらえて、1ヶ月に1回、デジタルガチャを回して当たりが出ると現金1万円がもらえて、毎月1万人に1万円が当たる企画です。X(当時Twitter)上でも半年でフォロワーが20万人超に一気に伸びたり、しばらくカードを使用していなかった会員が再び使い始めるようになったりと、さまざまな成果をあげました。
一方で、スマートフォンアプリはデジタル時代において顧客との重要な接点であること、アプリ開発の内製化を進める必要性を改めて実感したのです。
3. 全社DXへのスタートライン:バイモーダルIT戦略

クレディセゾンが採用したのは、「バイモーダルIT」と呼ばれる戦略です。バイモーダルITとは、ガートナー社の提唱する、従来の安定性重視のIT(モード1)と、スタートアップ的なスピード重視のIT(モード2)を両立させるアプローチです。

具体的には、IT部門とデジタル部門を一つの事業部に統合し、互いの強みを生かしながら補完し合うグラデーション組織を作りました。
「金融機関なので、絶対に失敗が許されない部分、絶対に守らなければいけないルールがあります。データ基盤やシステムには安全かつ安定性はもちろん大切ですが、機動性も必要です。安定性と機動性の両立は、我々の追求してきたテーマであり、今後も変わりません」と小野氏は説明しています。
4. 伴走型内製開発:事業部門とシステム部門の融合

「伴走型内製開発」とは、ビジネス部門とバイモーダルIT戦略の下で形成されたデジタル部門が、従来の「企画を担当するビジネス部門」と「開発を担当するシステム部門」という明確な役割分担を廃し、両者が一体となって企画開発を推進する戦略です。ビジネス部門での困り事(=課題)を、システム部門で一緒に解決の手立てを検討しながら、柔軟なシステム開発を実現していきます。
小野氏は、このアプローチの利点をこう語ります。「事業会社とSIerがともにアプリ開発をするときは会社対会社になり、値下げ交渉や瑕疵担保責任といった、会社間でのさまざまなやり取りが発生します。しかし、そういったことは社内の内製チームの場合だと一切ありません。要件定義から開発、運用までを社内で完結できるので、ビジネス部門もデジタル部門も同じ方向を見て走っていけるんです」
5. 人材戦略:リスキリングと多様な人材の融合
クレディセゾンの人材戦略の特徴は、外部からの採用だけでなく、社内人材のリスキリングにも注力している点です。2021年から、総合職社員を対象にエンジニアやデータサイエンティストへリスキリングしたい社員を社内公募で集め、2ヶ月の研修を経て、実際に動いているプロジェクトに分かれて活動するというプロセスを踏みながら、習得したデジタル技術を活かしてデジタル化を推進しています。背景にあったのは、セゾンのお月玉キャンペーンを手掛けている頃に、現場やクライアントを一番理解している総合職の社員たちと会議を重ねた経験でした。
「さまざまな部署の経験や人脈を持つ社員が、これまでの経験を土台としつつエンジニアリングスキルも身に着けることで、伴走型内製開発が迅速かつスムーズに推進できています」(小野氏談)
2023年度からは、700人規模の「市民開発者」の育成を目指し、システム部門だけでなく全社員のITリテラシー向上を図る「デジタル認定プログラム」を開始しました。このプログラムにより、内製開発チームが定めたガイドラインに基づき、オフィス系ツールのように、全社員がノーコード・ローコードツールを使える会社を目指しています。プログラムを通して身に着けたスキルは、社員個人や部署の業務の自動化・省力化に活用しています。
6. デジタル化推進の成果と今後の展望

クレディセゾンのDX推進の主な成果をまとめると、以下の7項目に分けられます。
- グローバル展開の加速:インドでの事業(Credit Saison India)の債権残高が2019年の創業から5年間で2,000億を超え、32倍の成長率を誇る
- 新カード商品の取扱高:1.4倍に増加
- コスト削減:特定領域で61.8%のコスト削減を実現
- クレジットカードの不正利用未然防止率: 81.4%→94.3%
- ソフトウェアによる業務自動化:年間80万時間(社員約400人分相当)の作業を自動化
- ペーパーレス化:76トンの紙を削減(東京スカイツリー2.3個分の高さに相当)
- エンジニアリングチームは当初8人しかいなかったが、145人の社員を抱える組織に成長(退職者も3名のみ)

また、内製開発も情シス部門と一体となって基幹システム領域まで到達しており、今後は会員サイトやCRMシステムなど、基幹システムに近い分野でシステムの内製開発を推進していく予定です。
7. まとめ:クレディセゾンDX成功の鍵
クレディセゾンの事例は、金融業の老舗大手企業がデジタルシフトに適応しながらも、イノベーションを推進できるかを示す貴重なモデルとなっています。規制が厳しく、安定性が重視される分野だからこそ、安定性と機動性が両立し、デジタル化推進に対してソフトとハードのバランスの取れたアプローチが有効であることを示しています。
小野氏は最後にこう締めくくります。「何よりも、計画しすぎないことを大切にしてきました。実は基幹システムの内製もエンジニアリングチームの100人も最初から決めていたわけではありません。「ここまでできたから次はもっと大きなことをやってみよう」という対話、信頼と実績の積み重ねの中で、タイミングなどを図りつつどこまでバランスよく進めるかが課題でした。非常に地道ですが、スピード感と柔軟性を大切に、今後もDXを強力に推し進めていきます。