日本DX大賞は、自治体や企業などのDXの推進事例から優れたDX事例を掘り起こし、広く共有する機会として2022年から実施しているコンテストです。2024年6月17日に開催された行政機関・公的機関部門では、自治体などの行政機関や公的機関が、公的サービスや業務改善におけるDX推進に取り組んだ事例や、官民連携を通して地域DXに取り組んだ事例などを発表するものです。
この記事では、人材流出という地方の課題解決のため、デジタル技術とスタートアップ支援、DX人材育成に取り組む佐賀県の事例をご紹介します。
1. 佐賀県が直面する課題
多くの地方自治体は、高校卒業後の進学や就職で深刻な問題に直面しており、佐賀県も例外ではありません。大学進学に伴う県外流出と就職に伴う県外流出率はどちらも高い数値であり、全国的に見ても高いのが現状です。
この背景には、地方に立地する工場などでの雇用は創出されるものの、本社機能や高付加価値な仕事は都市部に集中し、結果として地方の賃金水準が相対的に低くなるという「分工場経済」と呼ばれる構造的な問題があります。

佐賀県産業労働部産業DXスタートアップ推進グループ・山下徹係長は、その理由を次のように語っています。「佐賀で育った子どもたちが県外の大学へ進学し、そのまま県外の企業に就職して戻ってこない。または高校卒業を機に、県外の企業に就職するケースもある。県内企業の受け皿不足や、県外企業と比べて生産性や賃金が低いことが要因ではないかと考えています」
2. DXとスタートアップにフォーカスした、3つの視点
このような課題に対し、佐賀県が注目したのがDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進とスタートアップの支援です。

「優秀な人材を佐賀県から流出させないためには、都市部の企業に賃金などの面では勝てなくても、何か人材を惹きつける魅力的な企業や組織、生産性を向上させ、売上を伸ばし、社員に還元していく好循環が必要です。そのためにもDX推進は必須だと考えたのです」(山下係長)
また、佐賀県がDXとスタートアップに注目した背景には、以下の3つのポイントがあります。

- クラウドサービスやノーコードツールの普及により、月額数千円程度で高度なデジタル技術をいつでも、誰でも、どこからでも利用できるようになったこと(デジタル技術の民主化・コモディティ化)。
- 電話やFAXといったアナログな手法を使っている企業が、最新かつ安価なデジタルツールを導入することで、一気に業務効率を向上させたり、先進的な取り組みを行う企業を飛び越えてしまったりしていること(リープフロッグ(蛙飛び)的発展の可能性)。
- デジタルを活用するためにはデータが必須であり、それらが地方や現場には豊富に存在すること(データ資本主義時代)。
「便利なツールやクラウドサービスを安価で利用できるようになった今では、中小企業にとってITやデジタルへの投資は、一昔前と違ってあまり負担にならなくなっており、上手く活用すれば投資以上の効果が期待できます」(山下係長)
こうした3つの視点に基づき、佐賀県は「産業DXフロントランナー”SAGA”プロジェクト」を立ち上げ、県内企業のDX推進と、それを支えるDX人材の育成に乗り出したのです。
3. 佐賀県のDX推進戦略
佐賀県のDX推進戦略は、以下の5つの要素で構成されています。

- Mission(使命):テクノロジーとビジネスの未来をデザインする
- Vision(ビジョン):DXとスタートアップをテーマにイノベーションにチャレンジできる地域へ
- Values(価値観):「規模のハンディ」を「つながり」で乗り越える
- Goals(目標):デジタルをビジネスの常識へ
- Objectives(目的):県内企業のデジタル利活用の裾野の拡大、DXの担い手となるDX人材の育成・確保

DX推進における5つの要素を体現しているのが、「佐賀県産業スマート化センター」です。DX推進ハブ施設として2018年に開設し、ウェブデザイン会社、SIer、佐賀銀行(地方銀行)の3社による共同企業体で運営されています。現在、およそ350社の協力企業が登録しており、県内企業とのマッチングや支援を行っています。

また、佐賀県産業スマート化センターを補完する事業として「DXコミュニケーター」と「DXアクセラレーター」を展開しています。DXコミュニケーターは、年間1,000社を目標に県内企業を直接訪問し、デジタル利活用の状況聞き取りや普及啓発、営業活動を実施。一方、DXアクセラレータ事業は、年間およそ20社の企業を専門のITコンサルタントが約半年間、伴走支援を行います。

さらに、「DXアルケミスト(新規事業)」を今年度から展開し、デジタルで稼ぐことをテーマに、経営者が集まって新規事業や雇用機会の創出を図り、DXをより一層推進してまいります。
これらの取り組みにより、佐賀県は県内企業のDX推進を強力に後押ししています。
4. DX人材育成の取り組み
佐賀県のDX推進戦略のもう一つの柱が、DX人材の育成です。技術教育の施設やコミュニティの設立など、育成から修了まで手厚いサポートを行っているだけでなく、その後のビジネス機会の創出まで視野に入れているのが特徴です。県内企業のDX推進を担う人材の育成と、その人材が活躍できる場の創出を目指しています。
この事業には以下の3つの事業が展開しています。

(1)「Smart Samurai X(旧Smart Samurai、スライドはシンSamurai)」:Python、SaaS、ノーコードツールなどを学ぶ
(2)「Smart Community」:Smart Samurai Xで受講した修了生やITスキルを持つ人材が、プログラミング技術をはじめとした学びを自主的に得るためのコミュニティ

(3)「Smart Terakoya」:副業やフリーランスとして活躍したい、ITスキルを持つ人材をサポート
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5. プロジェクト運営の工夫
DX推進プロジェクトを運営するために、佐賀県はさまざまな工夫をしています。

産業DX・スタートアップ推進グループには課長級の推進監をトップに9名が所属しており、組織内でDX推進とスタートアップとで担当メンバーを分けています。

スピード感を大切にしながらも、「餅は餅屋」という考えで専門家へアウトソーシングを依頼したり、SNSやメッセージングアプリ、Web会議ツールといったコミュニケーションツールのフル活用により迅速かつタイムリーな情報の共有と共通理解を形成したりして、大規模なプロジェクトを推進しています。
山下係長は、「これらの工夫により、少人数の組織でも大規模なプロジェクトを効果的に運営できています。また、私たち職員も日々勉強し、成長しながら業務を遂行しています」と語っています。
6. プロジェクトの成果と今後の展望
佐賀県の産業DX推進プロジェクトは、さまざまなところで成果を上げています。
佐賀県産業スマート化センターの利用者数は年々増加し、2023年度には延べ人数が4,000人を突破。公共施設の利用者数が右肩上がりで増加するのは珍しく、プロジェクトへの関心の高さがうかがえます。また、全国の自治体からの視察も急増しています。
さらに、佐賀県産業スマート化センターが伴走支援などで関わった企業から、具体的なDX事例も多数創出されています。
1. サガ・コア&カッター工業株式会社(建設業):
バックオフィス業務のデジタル化により、9時~17時までかかっていた給与計算が30分で完了できるようになりました。また、広報戦略としてInstagramを積極的に活用することで県外からの新規案件獲得に成功しました。
2. 株式会社セイブ(製造業):
KKD(勘と経験と度胸)に頼っていた品質管理から、データに基づいた品質管理に切り替えるためにIoT技術を導入。検査工程の自動化と品質管理のデータ化を実現しました。自社で構築したモニタリングシステムを他社へ提供するとともに、DX人材の育成支援にも取り組んでいます。
3. 株式会社鈴花(小売業):

PowerBIを活用した社内に蓄積されているデータ分析、PowerAppsを使って顧客電子カルテやデジタルクローゼット、着物保管サービス「和服らいふ」アプリを開発。これまでは70歳を超えるベテラン社員の、いわゆる黒革の手帳の中に詰まっていた顧客情報を企業全体で共有することで、属人化を解消するだけでなく、デジタルリテラシーの向上により、顧客対応の質が向上しました。

さらに、佐賀県の人口動態にも変化が起きました。佐賀県がDXに取り組むきっかけとなった、県外への人材流出に関して、28年ぶりに転入超過へと好転。ただし、その要因が外国人労働者の増加など複合的であるため、山下係長は「単純に手放しでは喜べないところがありますが、いい方向に向かっているのではないかと思います」と慎重な見方も示しています。

DX推進のさまざまな施策を通じて、佐賀県は引き続きDX人材の育成に努めるとともに、経営者層へのアプローチを強化することで、「攻め」のDXにチャレンジする企業を後押ししていきます。将来的には、行政の支援を必要としない、ビジネスベースでのDXのエコシステムの構築を目指しています。

山下係長は、今後の展開を次のように語っています。「県内企業が抱える課題(モヤモヤ)を解決し、明日のワクワクに変えるために、さまざまな事業を展開してまいります。県内企業の皆様が日々の業務を笑顔で楽しく取り組むことができるよう、デジタル化やDXをその一助として提供してまいります。これらの取り組みにより、県内企業のDXを推進し、デジタルを佐賀のビジネスの常識にしたい」
7. まとめ:人を大切にする佐賀県のDX戦略

佐賀県の産業DXフロントランナー”SAGA”プロジェクトは、「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」という県政の基本理念に基づいた取り組みです。
「佐賀県は、人口約79万人という、規模の小さい自治体です。だからこそ人と人との繋がりを大切にして、業種も地域も全然違う人たちが共に作る共創、競う意識を持って切磋琢磨しながら取り組む競争を支援していくことで県内の産業振興に寄与でき、佐賀県もより良い地域に変化していくのだろうと思っています。人の痛みに敏感に、住民一人一人の思いに寄り添いながら、誰もが笑顔で暮らせる社会づくりを進めていくこと。これが佐賀県の目指すところです」と山下係長は語っています。

今後も佐賀県は、DX推進を通して、人を大切にしながら、人に寄り添ったDX推進の施策を展開していこうとしています。デジタル技術を広めるためにも、人と人とのつながりを大切にし、地域全体で切磋琢磨しながら成長していくでしょう。