日本DX大賞は、自治体や企業などのDXの推進事例から優れたDX事例を掘り起こし、広く共有する機会として2022年から実施しているコンテストです。2024年6月18日に開催されたBX部門では、業務改善や成長戦略にデジタル化を導入し、さまざまな変革に取り組んだ企業の事例を表彰しています。
労働集約型モデルからの脱却により、生産性向上を達成し、新たなビジネスモデルを確立した株式会社IACEトラベルの事例をご紹介します。
1. はじめに:コロナ禍で迫られた、ビジネスモデルの変革
IACEトラベルは、法人向け出張手配サービスを主な事業とする会社です。コロナ禍以前は典型的な労働集約型のビジネスモデルでした。全国の各拠点に配属された社員が、10〜30社の企業を専任担当者として見積もりから予約手配、出発までを一貫して担当。また、1日あたり約100件の電話やメールに対応するというのが常態化していました。
ところが2020年以降、新型コロナウイルスの世界的な流行により、企業の出張需要が激減。取扱高の急落により営業利益は2期連続赤字になり、従業員数も357名から139名に減少。さらに、固定費を削減するために店舗のおよそ半数を閉鎖する事態にまで追い込まれました。
1人の従業員が複数の企業を担当し、出張に関する一連のサービス提供を行う労働集約型ビジネスモデルから脱却しなければ、会社の存続自体が危ぶまれてしまうため、IACEトラベルは、従来のビジネスモデルの抜本的な見直しと、デジタル技術を活用した新たなサービスを創出するべく、「スマートプロジェクト」と呼ばれる新たな取り組みを始めたのです。
2. Smart BTM開発途中で直面した3つの課題
「スマートプロジェクト」のプロジェクトの目的は、従来のビジネスモデルを自ら変革し、新しい時代のニーズに応えることでした。プロジェクトのメンバーは、社内の全部署から招集していきましたが、現場に関わるオペレーション部門、営業部門については役職の有無に関係なく、現場に対する経験や知識の豊富さを重要視しました。一方、ベンダー企業に関しては、社内にITの担当や部署がないため、現場の社員と一緒に開発を進めてもらえることなど、求める理想像を明確にしたうえで選定しました。
プロジェクトの推進体制を構築後、IACEトラベルは「Smart BTM」の開発に着手しました。BTMとは、Business Travel Managementの略で、出張の見積もりから公共交通機関や宿泊先の選定・手配、経費精算などを一元管理できるシステムです。
当初、IACEトラベルが理想としていたのは、見積もりから手配までをシステムの中で全て完結できること、つまり今まで電話やメール、FAXで行っていたことをオンラインに置き換えることでした。開発途中には、プロジェクトメンバーから3つの課題を提示されましたが、それぞれに解決策を見出していきました。
課題1:全ての出張手配をオンライン化できない
メーカーの海外の生産拠点を巡る際の交通手段の確保、複数の拠点を回る場合の航空券予約は、現状オペレーターによる手配が主流です。そうした、オンラインでの予約に適さないケースが全体の約20%あるため、極力多くの航空会社やホテルが予約できるようにオンラインで予約可能な範囲を拡大。それでも対応できないケースは、システム内に実装しているチャット機能から問い合わせ可能にしました。この仕組みにより、出張で想定されるあらゆるケースに対応できるようになりました。
課題2:担当者固定制の廃止による個別ニーズへの対応力低下
顧客からの「いつもので」とオーダーを受けたら、これまでは顧客の好みや利用履歴を把握している各地域のオペレーターが対応していました。特に、チャットでの応対を専任担当者から全国のオペレーターに順次変えていこうとしました。しかし、サービスの低下を懸念する声が社内から挙がったため、新たな顧客情報データベースを整備して、各拠点の専任担当者が保持していた多様な情報を登録。顧客へのサービス向上やオペレーションの効率化につなげていきました。
課題3:イレギュラーな状況への対応
オンラインによる予約では、イレギュラーが発生した際に円滑に対応できないケースがあります。例えば、システム障害や航空会社のストライキによって搭乗予定の便が急に遅延・欠航になってしまったり、または仕事の予定が変わってしまったりと、海外出張は思わぬトラブルに直面するケースも少なくはありません。日本では夜間でも、現地では昼間にイレギュラーが発生することがあります。そこで、それまでは特定の企業向けに同様のサービスを有償で提供していたカスタマーサポートを標準サービスの中に採り入れ、24時間365日対応できるようにしました。「オンライン予約だと何だか心配」という顧客の声を受けて、有人サポートを付帯しました。
これらの課題を解決し、オンラインの利便性と従来の人的サービスの良さを融合した「Smart BTM」が2021年10月にリリースされました。
3. デジタル化の成果
スマートプロジェクトは、IACEトラベルに大きな変革をもたらしました。法人向け出張手配サービスを手掛けている旅行会社の、デジタルサービスへの業態転換という、業界でも例を見ない事例を創出しました。コロナ禍で一時期の半数以下まで減少していた従業員数も少しずつ戻ってきており、一人あたりの営業利益もコロナ禍前と比べて3.5倍に増加。従業員の平均所得についても20%アップしました。出張手配サービスをクラウド上で行えるようになったことで、在宅勤務が可能になり、配偶者の転勤や介護などによる離職を防止できています。
これらの変化は、単に業務効率を上げただけでなく、働き方の多様化や従業員のワークライフバランスの向上、多様な人材の活用にも貢献しています。
新しいビジネスに挑戦していく中で、出張業務という主幹事業で40年もの長きにわたり培ってきた強みやノウハウを、自社のDXに導入できたこと。また、社内にITを専門とする担当者や部門がないため、社員が一丸となって、社内全体を巻き込んでスマートプロジェクトを自分たちで進めたこと。この2つの要因こそが、IACEトラベルのDXが成功した背景なのです。
4. 今後の展望:さらなるデジタル化と業界のリーディングカンパニーへ
IACEトラベルは、Smart BTMの成功を足がかりに、さらなる成長と進化を遂げようとしています。
オンライン予約に適さない20%の部分については、オンラインで対応していけるよう機能のブラッシュアップを続けていきます。IACEトラベルは現在、Smart BTM を自社のみで活用していますが、今後OEMのような形でSmart BTMを同じ業界内、特に企業や組織内に設けているインハウスエージェントへの提供を予定しています。そのためにも、オンラインでの予約が難しい20%という数字を極力減らし、将来的にはSmart BTMを介して、世界で活躍する日本企業の出張者への手厚い支援を行いたいと考えています。
また、先進事例として培った知見を活かし、業界全体のDXを牽引していこうとしています。
5. まとめ
IACEトラベルの事例は、コロナ禍で陥った危機を、ビジネスモデル変革の契機として捉えた成功事例だと言えます。デジタル化を全社で進めたことで、専任のチームを設け、チャットなどを通じたオペレーター対応も実現。「〇〇さんを知っているのは、会社ではあの人だけ」といったことがなくなり、顧客情報をデータベース化して、社内で閲覧可能にしたことで、接客の質を落とさずに顧客対応ができるようになりました。また、海外にいても日本からのサポートを24時間365日受けられるようにしたことで、急なトラブルに遭遇した顧客の不安に応えています。
デジタル化のさらなる発展により、まるで対面で接客しているかのようなサービスの提供が、世界中のどこからでも可能になり、日本はもちろん、海外で活躍するビジネスパーソンの力強いパートナーとなるでしょう。