事例

コロナ禍を転機に、完全テレワークで大量離職から復活した会計事務所の挑戦

コロナ禍は、多くの企業が働き方を変革するターニングポイントとなりました。オフィス出社が当たり前だった企業の多くは、リモートワークを余儀なくされる事態になりました。コロナ禍が明けて、徐々にテレワークからオフィス出社へと戻していく動きの中、3年以上完全テレワーク体制を続けている会計事務所があります。

東京都内に拠点を置く東日本税理士法人は、コロナ以前から「いつでもどこでも仕事ができる環境」を整備。Chatworkの導入や全社員にiPhoneとノートパソコンを貸与し、クラウドサービスを活用した働き方改革に着手し、コロナ禍をきっかけに完全テレワーク体制に移行しました。その狙いとは何か。代表社員の長(おさ)英一郎氏に、テレワーク実践の舞台裏を伺いました。

「顧客第一」から、「職員のための経営」へ

東日本税理士法人の働き方改革のきっかけは、約15年前に起きた「大量離職事件」でした。当時20名いたスタッフのうち4名が、ほぼ同時期に退職してしまったのです。そのときのことを、長氏は次のように振り返ります。

「当時の私は、部下たちが残業しているのを気にすることなく早く帰宅。とにかく早く帰ってほしくて、毎日午後8時になると強制的に消灯し『蛍の光』を流したこともありましたが、かえって逆効果でした。スタッフは真っ暗なオフィスで仕事を続けていましたし、スタッフのモチベーションが低下しつつあったことに気づかなかった。そんな状況に不満を募らせ、有望な人材が次々と去っていったのです。退職した職員の中には本当に辞めてほしくなかった人もいて、かなり痛手でした」(長氏)

長氏は、「顧客第一」から「職員の幸せと顧客満足を両立する経営」へと理念を改め、働き方改革に乗り出しました。ここから東日本税理士事務所が復活するのには、3年の月日を要しました。

メタバース×クラウドで、完全テレワークの課題を克服

コロナ禍に突入した2020年4月、在宅勤務を国が推奨したことを受けて、東日本税理士法人も完全テレワークに舵を切りました。以来、コロナ禍が明けてもテレワーク体制を維持しており、出社率は平均15%ほどで推移しています。なお、テレワークは強制ではなく、出社またはオンラインを選択できるようにしています。

テレワークに際して、障壁となっていることを洗い出していきました。

長氏はまず、「テレワーク推進の壁」と捉えている、電話対応とFAX対応、郵便物の受領の3つの問題に取り組みました。

電話対応は代行サービス「fondesk」を活用。FAXは代表番号の廃止と顧客のみに開示している番号宛に届いたFAXをオンラインで確認できるように。

郵便物は郵便物の受領からスキャン、管理までを代行する「atena」を利用。こうすることで、極力出社しない環境を整備していきました。

一方、テレワークになると懸念されるのがコミュニケーション不足です。

そこで、バーチャルオフィスツール「oVice」を活用したり、懇親会や勉強会といった職員の対面の機会を増やしたりして、円滑なコミュニケーションを図れるようにしました。

「メタバース空間での雑談は、信頼関係の構築に欠かせません。社員同士の何気ない会話が生まれる場をデジタル上に作ることで、物理的な距離を超えたチームビルディングを実現しています。oViceへの参加は、職員が監視されていると思わないために、事務職員2名と新人職員以外は任意としています。懇親会に関しては年2回程度実施しています」(長氏)

クラウド化の浸透にはスモールスタートが大切

東日本税理士法人のDX推進にあたり、長氏が大切にしているのが「スモールスタート」の考え方です。

「クラウドサービスを導入する際は、賛同してくれる職員に利用してもらいながら、徐々に社内に広げていくことが大切です。Chatworkの導入に3年かかったのもあるかもしれません。

全社展開ではなく、じっくりと時間をかけて社内に浸透させていくことを目指すのが得策です。社内展開の前に私自身が個人で利用した後、法人契約に切り替えるケースもあります」(長氏)

バックオフィス部門もクラウド契約やMoney Forward、SmartHRなどを取り入れ、クラウド化を進めています。以前は紙で契約書を作成していましたが、電子契約に切り替えることで印紙税負担をゼロにしました。加えて、RPAやChatGPTも積極活用。定型業務の自動化や契約書レビューの効率化など、業務時間の大幅な短縮につなげています。

これらの一連の取り組みにより、2021年度の売上は前年比6%増、経常利益は3倍に拡大しました。

オンライン秘書、経理、総務を外部委託していますが、利益が出た分は決算賞与という形で還元をしたり、給与を上げたりしました。テレワークをしているので、旅費交通費は大きく減りました。

職員の給与もアップし、東日本税理士法人を退職した職員はわずか1名のみという結果になりました。

士業のDXのモデルとして、さまざまなメディアで発信

長氏はSNSや動画配信サイト、メディアプラットフォームで東日本税理士法人でのDXの実践を発信し続けることで、士業のテレワーク推進の役に立ちたいと考えています。

「多くの士業がテレワークに二の足を踏んでいるのが実情です。しかし、クラウドを活用すれば、場所や時間に縛られない柔軟な働き方は十分可能です。当法人のグループ法人には社労士事務所があるんですが、そちらでもテレワークできているので、当法人の事例が少しでも参考になればと思っています。

最近では、ChatGPTをはじめとする生成AIや働き方改革の実践例の講演をする機会も増えてきました。今後もさまざまな形で発信を続けていきます」(長氏)

まとめ

東日本税理士法人の働き方改革は、大量離職事件を契機としたトップの意識変革からスタートしています。ツールの浸透に時間がかかっても焦らず、気長に進めていくこと。変革に賛同する職員を巻き込んで小規模で使ってみることを大切にした結果、在宅勤務の円滑な実施につながり、現在も緩やかに継続しています。

「以前は残業だらけで、スタッフの不満を汲み取れずにいたんです。それが今では、『今の勤務体制に満足してるので、テレワークをやめないでほしい』『出勤時間が短縮できたことで家族との時間が増えてうれしい』という声が上がるまでになりました。そういった職員の反響を知って、テレワークを決断して本当によかったと思いました」(長氏)

改革の成否は、いかに現場の納得を得ながら、小さな成功を積み重ねられるかにかかっています。離職危機を乗り越え、コロナ禍の完全テレワーク体制の移行で大きく前進した東日本税理士法人の取り組みは、士業のみならず、あらゆる業界のテレワーク推進の指針となるでしょう。

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