東京都大田区は、高度な技術力を持つ中小製造業が集積する「ものづくりのまち」として知られています。しかし近年、顧客ニーズが図面通りの部品加工から、アイデアレベルでの製品開発支援へと変化しており、従来の1社完結型の受注体制では対応が難しくなっています。
そんな中、大田区の町工場4社で設立されたI-OTA合同会社は、デジタル技術を活用して全国の中小製造業をつなぎ、1社では実現できない高度なものづくりに挑戦しています。本記事では、同社がシステム会社と協力し開発したクラウドサービス「プラッとものづくり」を軸に、中小製造業のデジタル化と連携の取り組みについて探ります。
背景: 大田区の「仲間まわし」を全国の中小製造業の連携モデルに
I-OTA合同会社 業務執行社員の西村修氏は、同社設立の背景について次のように語ります。
「大田区の町工場は、従来から『仲間まわし』と呼ばれる分業体制を取っています。現在4,000社弱あるんですが、そのうち約8割が零細企業です。大きな機械や設備を導入できないので、例えば穴あけ加工はA社に、熱加工はB社にというように、1つの依頼に複数の会社が関わり、それぞれが得意とする技術で対応することで、1社では困難な案件にも応えてきました。しかし最近では、図面ありきの依頼よりも「こういったの作れますか」といった、0 to 1での依頼が増えてきて、技術がある、設備が整っているだけでは対応できない案件も出てきました。
しかも「仲間まわし」は、徒歩または自転車で回れる範囲内に各社が集積していること、なおかつ親やその前の代から連綿と続いてきた横のつながりがあるからこそ成り立つものです。しかも、電話やFAXで情報を共有し、徒歩か自転車で打ち合わせへ……という超アナログな文化が根強く残っており、営業に回れる範囲も限られていました。
そこで私たちは、「仲間まわし」をデジタル化し、クラウドを介して全国の中小製造業とつながることを思いついたんです。ただそのためには、営業の窓口が必要であると感じて、弊社を立ち上げました」
「プラッとものづくり」が可能にする新しい受発注システム
I-OTA合同会社は、生産管理システム開発の実績が豊富なテクノア社と共同で、デジタル受発注プラットフォーム「プラッとものづくり」を構築。従来は電話やFAX、メールでやり取りしていた図面や仕様書をクラウド上で一元管理できるようにした他、案件に適した協力企業を探しやすくするための検索機能などを実装しました。
西村氏は、本システムの特徴について次のように説明します。
「『プラッとものづくり』の最大の特徴は、1対1の受発注ではなく、グループでの案件受注を前提にしていること、見積もりのやり取りを案件に紐づいたグループ内で行う点です。まず、ものづくりを依頼したい企業などから相談があれば、I‐OTA合同会社が一次対応します。その後、その案件に合わせて最適な企画や設計ができるハブ企業を選定して、設備や得意とする技術など、参画する中小製造業のデータベースを持つシステムを通じて最適な仲間企業を選定。ハブ企業と仲間企業とでものづくりを進めていく仕組みです。
自分が代表を務める個社としても『プラッとものづくり』に参画していますが、全国の中小の製造業とつながりができるし、ケースによってはお断りしていた仕事や、受けたことがなかった分野の仕事の依頼にも対応できるようになりました」
課題と克服: デジタル化への不安を丁寧なサポートで払拭
一方で、デジタル化に二の足を踏んでいる町工場も少なくありません。そうした町工場に対しても、「スマートフォンやタブレットが操作できれば問題ありません」と前置きしたうえで、西村氏は次のように話しました。
「仕事の依頼や連絡があれば、登録のメールアドレスに通知されます。クラウドサービスなのでネット環境があれば図面や仕様書などの情報にもアクセスできるし、メッセージをやり取りできるチャットのような機能も搭載しています。『プラッとものづくり』は、デジタルが苦手だけど、新しいことに何かチャレンジしたいという意思がある個人や企業が気軽に参加しやすいよう、操作のしやすさにこだわることで、デジタル化への第一歩を後押ししているのです」
全国89社のネットワークで、新たな価値を共創
2023年10月現在、「プラッとものづくり」に参画する企業は全国で89社に拡大。大田区をはじめ、日本各地の町工場がデジタルでつながることで、従来の1社完結型では成し得なかった複雑な案件にもチームで対応できる体制が整いつつあります。
西村氏は手応えと今後の展望を次のように語ります。
「『プラッとものづくり』では、クラウドサービス経由での相談件数は33件。そのうち受注に至ったのが12件で、受注率が36%です。新規取引先は10社で、割とリピートでの受注が多く、顧客満足度も高いのが特徴ですね。
また、1つの案件を通して全国の仲間と知恵を出し合いながら、企画から試作、設計、加工、製造までをワンストップで提供できるようになったことで、町工場の技術力がさらに底上げされている手応えがあります。
現在、大田区と大田区産業振興協会、地域金融関連などとも連携し、町工場の成長を支援しています。大田区からものづくりをより良いものにし、全国のものづくりの企業を元気にしたい。中小製造業の活性化という社会的使命を胸に、中小製造業者の減少に歯止めをかける取り組みをこれからも続けてまいります」
まとめ
大田区の町工場が培ってきた「仲間まわし」の精神を、デジタル技術で全国の中小製造業に展開するI-OTA合同会社。受注減や人手不足、電話やFAX、メールという従来の受発注の方法からの脱却に悩む多くの中小製造業にとって、同社の取り組みは、さまざまな課題を解決できる大きな可能性を秘めています。