次世代リテール研究所

テクノロジーが発展しても最も忘れてはならない商売の原理原則-スマートニュース西口一希氏

次世代リテール研究所 ~第三回 西口一希氏~

次世代リテール研究所では、どうすれば地域の小売りがもっと元気になるのか?という悩みの答えを探すため、次世代のリテール作りに取り組む方々に考えを語っていただきます。

第三回目は、ロート製薬株式会社で数々のヒット商品を生み出し、前職のロクシタンジャポンでは代表取締役を務めた、マーケティング・経営のスペシャリストである西口一希氏に、IT化が進みデータでの分析が多くなっている現在の小売において、データのその先にある顧客の心の中身を想像することの大切さついて語っていただきました。

西口一希氏

1990年大阪大学経済学部卒業後、P&Gジャパン マーケティング本部に入社。

ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとして、『パンパース』『パンテーン(PANTENE)』『ヴィダルサスーン』『ヴィックス』『プリングルズ』などのブランドマネジメント担当。日本初のECRプログラム導入のマーケティング担当、日本と韓国においてショッパーマーケティング部門を創設。2006年にロート製薬に入社、執行役員マーケティング副本部長を経て本部長として、『肌ラボ』『OXY』『オバジ』『50の恵』『デ・オウ』『メンソレータム』ブランドのリップクリームと日焼け止め、ロート目薬ブランドなど60以上のブランドマーケティングを推進。
2015年4月よりロクシタンジャポン 代表取締役社長として従事。
2017年5月にスマートニュース株式会社 マーケティング担当執行役員に就任。

新しい小売の可能性はデジタルにある。店舗を持たない世界へ。

―スマートニュース株式会社に転職した経緯と、スマートニュースでの取り組みを教えてください。

西口氏

ロクシタンジャポンは実店舗とeコマースをやっていて、モバイル化とあわせてオンラインとオフラインの融合に取り組んでいました。

その中で、新しい小売の可能性を模索していました。小売の世界では、今はまだオフライン企業のほうが強いですが、これからデジタルの可能性はますます拡張していきます。将来的にはいかにデジタルを使っていくのかがあらゆるビジネスのカギになります。

そこで、機会があり、スマートニュースで新しいメディアを作るということで、スマートニュースのミッションなどに共感し、入りました。

スマートニュースではサービスがすべてデジタルですが、大きなブランドの中で認知が低かった。そこで、認知してもらうために、マーケティングとしてデジタルだけのマーケティングに取り組むだけではなく、テレビの広告などオフラインでのマーケティングにも取り組んでいます。

マーケティングということで言うと、ロクシタンジャポンとスマートニュースは共通していて、潜在的なユーザーにいかに商品・ブランドの良さを認知していただいて購買・使用してもらうのかが重要です。

―スマートニュースでは、すべてがデジタルとのことですが、ロクシタンジャポンと比べるとかなり収集できるデータ量は多くなると思います。それによってマーケティング戦略は変わりますか?

西口氏

全然変わります。まずロクシタンの場合でいうと、eコマースベース・店舗での会員カードベースで購買履歴など購買行動のほとんどを可視化できます。ロクシタンでは私が入ったばかりはeコマース(ネットショップ)のデータベースと店舗のデータベースが統合されておらず、同じお客さんの情報が分かりませんでした。そこでネットショップと実店舗の顧客情報を統合することで、お客様がどのように購買されていて、どのような購買履歴を持っていて、離脱したり、ロイヤル化したりという見えなかった部分が見えるようになりました。

また、店舗だけで購入するお客様、もしくはeコマースだけで購入するお客様に対して、店舗とネットショップと両方購買されるお客様は倍以上購入されています。後者はロイヤル化する確率が非常に高いです。

両方で買ったからロイヤル化したのかロイヤル化したから両方で買うのかはお客様それぞれなのですが、利便性を考えると両方で買えるチャネルを整えておくことが大切です。お客様が欲しいと思ったときに、店舗に行く時間がなければネット上で買えるということが、ロイヤル化するためには重要です。

しかし、それ以上のデータは無いので、店舗でのヒアリング、店長でのヒアリングでビジネス戦略を作っていました。

スマートニュースでは顧客との接点はすべてオンラインなのですべて可視化できます、大まかですが、どのようなお客様が入ってきて、どのようなチャンネルを見て、どのような記事を見て、いつどこでどのように開いたのかをすべて可視化できるので、ある意味お客様の好みや行動をリアルタイムで可視化できます。
なので、お客様のユーザー行動をすべて可視化し圧倒的なデータに基づいて、適切な戦略をとることが出来ます。

個客をしっかり見ることで、自分事化することが何よりも大切

―企業が顧客に近づくことが小売では重要と言われていますが、そのためには何が必要になりますか?

西口氏

様々なアプローチがあると思います。例えば、データベースが構築できないような小さな店舗ではお客様と接するときにお客様からどんな話を聞くことが出来るのか、お客様が何をいつ買ったのか。そういうことを頭の中で記憶し、そこでニーズを見つける。こういうことをやっていくと顧客理解が進みます。

少なくともPOSレジがありお客様に会員カードなどを発行している企業でしたら、会員カードの基づく顧客情報が分かるので、それをしっかり理解できれば、季節や時間などの条件によって何が変わるのか、いつお客様が来なくなったのかということが見えます。

POSから得られる情報を持ったうえで、顧客のニーズを創造すると何をすればお客様に気に入ってもらえるのかを一人一人分析できます。

一人一人の「個客」を理解することがビジネスの基本となります。
それが、データベース化でき、分析がリアルタイムでできれば、よりお客様が何を求めているのかを知ることができます。

重要なのはデータを見て、特にロイヤル個客の心の中身を創造することです。いつ、どこで、何を買ったのかを時系列で読み込むことで、顧客のニーズを知り、提案に繋がります。。一人の個客からすべて紐づいて拡大していくことが大切です。

小売りに限らずビジネスに関わる人は、お客様を自分のこととして考える「自分事化」することが必要です。お客様をただのお金を持ってきてくれる対象と考えると、深くお客様の気持ちに入ることが出来ません。どうやって稼ぐか、何をやったら売れるのかではなく、自分がお客様だったら何をされるとうれしいのか、どの時間に何が起こればいいのか、どの商品に出会いたいかという視点を持つことが大切です。

―企業が顧客に近づく以外にも大事なことはありますか?

西口氏

顧客を、ロイヤル顧客なのか、新規顧客なのか、新規の中でもチラシを見てきた人なのか、たまたま店舗の前を通りかかって入ってきたのかに分けることが大切です。

プロモーションで来た人と、ほんとにたまたま来た人でニーズが違うので、少なくともこの三つに分け、個客としてみて、「自分事化」して考えることが大切です。多くの小売のお店ではこういった分類をせずに人数を重視します。なので、チラシやキャンペーンをすることで、広い地域から新規のお客様を取り込もうとします。そして、来店者数や購買額を調べ前年と比べ、それぞれの商品別に何が売れているのかを調べます。しかし、100人お客様が来たら、ロイヤル顧客はだいたい10人から20人しかいません。なのに、残りの80人も含めて見てしまう。安売りなどをすると100人が200人になり、購買額が下がっても人数が増えるので、全体として売り上げがよくなります。これに満足して同じことをやっても、20人のロイヤル顧客は毎回毎回安売りをしなくても来ているので、それを望んでいません。これは、ロイヤル顧客のニーズにマッチしていません。

そして、いつの間にか大量の人数をマスとしてとらえ、一人一人のお客様を見ず、今できることにフォーカスするので、安売りやイベントばかりになり、ニーズにマッチしなくなる。

だから、少なくとも最初に行った3つの顧客の分類、一人一人を「自分事化」し戦略を立てていくことが重要です。大きな企業でしたら、これをデータベース化すればより早くできますし、データベース化できなければ自分で分析をしたら良いです。

―では、新規顧客をロイヤル化するためにはどうしたらいいですか?

西口氏

プロモーション時に来ていて、そのほかでは来ていない人は新規顧客に含まれます。プロモーションもなく、たまたま近くに来たので寄ったという人たちは完全な新規顧客です。

たまたま来た新規顧客がもう来ないと思うのではなく、大切なのは、ロイヤル顧客を分析し気に入っていただける要素を見つけることです。。要素を抜き出し、新規顧客に提案するとロイヤル化する確率は上がります。

いろいろな小売を分析すると8割のお客様が利益に貢献せず、2割のお客様だけで利益を出しています。しかし、企業はほとんどの費用を8割のお客様に使ってしまいます。そして、全体の人数に目を向けるので、売上は上がっても売上対利益率は下がります。これは一番重要なロイヤル顧客に何もせずイベントなどプロモーションにお金をかけるためです。

地方の化粧品屋さんとお付き合いがあり見てきましたが、うまくいっている化粧品屋さんはデータベース化が必ずしも上手なわけではなく、店長や社長が一人一人のお客様をよく理解しています。

何をいつ買っているのかが、すべて頭に入っていて、これが商売の基本です。もともと商売は八百屋さんなど夫婦で毎日店頭に立って、だれがロイヤル顧客かを分析し、季節によって、お客様一人一人に声をかけるなどをしていくことでした。

規模が大きくなった企業は顧客情報をデータベース化することで、なんとなく見えてきます。しかし、多くの企業はデータベース化もせず、店頭に立つこともアルバイトに任せる。現場から経営者が離れた瞬間に顧客が「自分事化」出来なくなります。データベース化するだけでこれが解決できるのかといえばそうでもありませんが、顧客を「自分事化」せずにデータベース化すると、ますます対象物化してしまいます。

―ロイヤル顧客を囲い込むためにはどうすればいいですか?

西口氏

これは、どの業種にも当てはまる答えはありません。地域や業種によって全然違いますし、一人一人のお客様によって違います。個客が自分たちの何を好きでいてくれて、何を求めているのかを把握することが重要です。

個客が何を求めているのかを把握せずに、売り上げを伸ばすことに執着するということが一番してはいけないことです。

自分たちに何が求められているのかもわからずに売り上げを伸ばすことに執着すると、人数を増やすか、購買単価を上げるか、フリークエンシーを上げるのかになります。

人数を上げようとするとチラシを配る、地方で広告をやる、人を雇いビラを撒く。購買単価を上げようとすると、クロスマーチャンダイジング・関連購買を促そうとしますが、これはちゃんと顧客を見ないとできません。

これ以外では、3つ買うと1つ商品がついてくる・今ならお一人様3つまでなど、安売りになります。フリークエンシーを上げるためにも特定の日に何パーセントオフなど、結局お金を持ち出すことになります。一切、お金を持ち出すことなく、人数を増やす・購買単価を上げる・フリークエンシーを上げることが基本です。しかし、これは個客を見ないと何をしたらいいのか分からないのでできません。

―商品開発事業サービスで重要となることを挙げてください。

西口氏

先ほどと一緒になりますが、ロイヤル顧客と新規顧客の中でも、たまたま立ち寄ったのか、広告等を見てきたのかといった3種類に分けて考えること。自分事化すること。その中で、一人一人の個客に何ができるのかをひたすら考えることが大切です。一番のスタートポイントはロイヤル顧客から始まります。新規を増やそうとするとお金しか出ていきません。

データの裏側まで把握しているか?

―IT化する中で小売が手を付けられていない分野はどこだと思いますか?

西口氏

小売が抱える課題として、データベースを作っても結局マスに行ってしまう。だから、集団としてお客様をとらえるので何をすればいいのか分からなくなる。一人一人のお客様から離れてしまう。個客を理解して自分事化することが出来ていません。

データはたくさんあるけれど、どう使っていいのか分からない。データを作りきれいに可視化し、何が起こっているのかを把握して終わりになっている。

そこからの戦略が思いつかない。これは、一人一人のお客様を見ていないからです。

データを見ることで、なぜこのデータになったのか、どういうニーズがあるのか。そのお客様がもう一度来てくれるため、もう一品買ってくれるためにはどうしたらいいのかを想像することがいまの小売には欠落していると思います。データをとっても、結局今までと同じようなチラシを配るなどの戦略だと意味がありません。

―その解決策はありますか?

西口氏

自分事化することが必要でしょう。小売りの活性化の決め手に答えがあるわけでもなく、本を読んでも解決するわけではありません。解決のヒントはお客様にしかありません。

ロクシタンジャポンでの事例を一つ挙げると、私が入ったときはロクシタンでギフトがよく売れる印象だったので、社内でギフトの売り上げの割合について尋ねるとみんな2~3割ぐらいだと言っていました。一方で当時グローバルではギフトは高級ブランドにふさわしくないのでスキンケアに移行しようとなったのですが、違和感がありました。なので、店長にヒアリングをしました。ラッピングをしていないギフトもあるので、ギフト目的の購入なのかははっきりと分かりませんが、店長の感覚でギフトがどのくらいか尋ねると、年間でギフトの割合は8割にも上りました。こうなると、ロクシタンジャポンはギフトが大事だということがはっきりと分かります。社内と現場で認識の違いが大きく、ロイヤル顧客を見ても、年間の売り上げのうち7割近くが自分の好きな商品を友達にお勧めするためのギフトでした。これがきっかけで、グローバルの戦略にもギフトが戻りました。

結局顧客を見ずに、何となくやるのではなく数字に表れなくても、現場で把握することが必要です。仮説を作り、ほんとにその仮説がお客様に合うのかを現場の感覚と突き詰めていく、自分が現場に出れなければ、現場を知っている人に聞くことで現場を理解することが大切です。

―データの裏側にあるものを理解することが必要ということですね。

西口氏

データは表面的なものです。例えばスーパーがある日にお肉の売り上げがとてもよかったとします。データでは売り上げが良かったことしかわかりませんが、実際はある特番でお肉のフェアがあった影響でお客様がお肉を買おうと思ったのかもしれません。そこまで理解しておくと、その番組を見ることで、何が売れるのか予測できます。データの裏付けに何が起こっているのかを把握することが大切です。

―IT化する中で変わらない部分はどこですか?

西口氏

人の心を読むことです。IT化するということは機械学習していけばパターン化し、最適化することはできます。例えばA,B,Cという商品の組み合わせがよければそれをマーチャンダイジングすることはできます。しかし、なぜA,B,Cの組み合わせがよいのかを読み解くのは人間の力でしかできません。

―地域の小売が可能性のある分野はどこだと思いますか?

西口氏

IT化が進めにくく、スケールが大きくないところと地域を定義すると、人間の洞察力に沿った提案を繰り返していくことです。大手の企業がやっていることのまねでは勝てないので、お客様を個客としてみて、「自分事化」し、いま自分が欲しいものを提案することが必要だと思います。

一番ダメなのが、大企業にお客様をとられ、売り上げが厳しくなった時に、ロイヤル顧客を見ずに、新規顧客の開拓を始めることです。そうするとロイヤル顧客が離れていってしまうので、まずロイヤル顧客を見て、よりロイヤル化するためにはどうすればいいのかを考えることが重要です。そうすればその延長線上に新規顧客の開拓が見えてくるはずです。

今後の小売りのキーワードは

今まで話したことを一言でいうと、「個客の自分事化」です!

編集後記

IT化を進める事でこれまで取れなかったデータが取ることができ、新しい事実を発見することができます。
データを取得をして分析し「顧客のことを知る」ことができるようになりますが、そのために必要なのは現場での仮説。

「個客の心の中身を想像する」ことがなによりも大切だというコメントが心に残っています。

一人一人のお客様がなぜ自分たちのお店に立ち寄ってくれるのかを突き詰めていくことで、結果として多くのお客さまと繋がることができる。
そのための、有効な”手段”として、データ分析があると気づかせていただいたインタビューでした。

(編集:一般社団法人日本中小企業情報化支援協議会 櫻木諒太 文:早川佳佑)