日本DX大賞は、自治体や企業などのDXの推進事例から優れたDX事例を掘り起こし、広く共有する機会として2022年から実施しているコンテストです。2024年6月20日に開催されたSX部門では、気候変動や飢餓、災害対策、エネルギー危機といった社会課題を経営に取り込むことで企業の稼ぐ力を強化していく、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)に取り組んだ企業を評価します。
衛星データとAIの融合が、いかにして日本の水道事業のDXを実現するのか。宇宙から水道管の老朽化を見抜くシステム「宇宙水道局」を開発した、株式会社天地人の事例をご紹介します。
1. 水道インフラに横たわる、3つの深刻な課題
日本の水道インフラは今、水道管の老朽化をはじめとした大きな社会課題を抱えています。
管路の老朽化
日本の水道管の総延長は地球を18.5周できる長さに相当する約74万km。このうち、法定耐用年数である40年を超過した管路の長さは16万km、地球約4周分にも達しています。
頻発する漏水事故
こうした老朽化した水道管は、年間2万件を超える漏水事故を引き起こしています。道路が陥没し、水柱が立つような目に見える事故だけでなく、地中でじわじわと進行するものも多く、長期間にわたって進行すると地盤沈下や道路陥没を突然引き起こす可能性があります。
更新にかかる膨大なコストと年月
水道事業の年間総収益は約3兆円です。法定耐用年数を超えた、16万kmの老朽化した水道管全てを更新するには、1kmあたり約2億円、総額で約32兆円もの費用が必要です。これは2023年度の日本の国家予算(歳出)の約28%に相当します。全ての水道管を更新するには150年以上かかるとも言われています。
水道管の老朽化とそれに由来する漏水事故を解決するために、管路を全て更新するという解決策は非現実的で、大規模な更新工事を行うと水道料金の値上げという形で利用者に返ってきてしまいます。しかし、このまま放置すると新たな漏水事故を引き起こすというリスクを常に抱えることになるのです。
この困難な状況に対し、天地人が提案するソリューションが「宇宙水道局」です。
2.「宇宙水道局」とは
宇宙ビッグデータとAIを融合させたビジネスを展開する株式会社天地人は、水道管の漏水リスク管理業務システム「宇宙水道局」を開発。人工衛星から得られる宇宙ビッグデータとAI分析を組み合わせることで、水道管の漏水リスクを評価するシステムです。以下の4つのステップでサイクルを回し、継続的に精度を向上させていくのが特徴で、このサイクルを繰り返すことで、AIの分析精度は継続的に向上していきます。
1. データ化
衛星データなどの情報を使いやすい状態にするために、地表面温度や土壌図、人工衛星データや環境情報に加えて過去の調査情報や管路などの紙や台帳で管理されているさまざまな情報をデータ化。
2. AIリスク評価
収集したデータを掛け合わせて(=マルチモーダルAI)独自のAIで分析し、漏水リスクの可能性が高いエリアを絞り込み、漏水箇所の推定、劣化状況の推定、漏水リスクの評価に結びつける。
3. 現場作業
AI分析の結果に基づいて、優先的に調査や修繕を行うべき場所を特定。これにより、これまで経験や勘に頼っていた暗黙知を可視化し、現場調査を効率化。
4. 再学習
実際の調査・修繕で得られたデータをもとにAIが学習を重ね、精度を向上させていく。また、常に変動する環境情報もアップデート。
ユーザーはウェブブラウザを通じてシステムにアクセスするので、情報の管理やアクセスが容易になり、職員間での情報共有や一元管理も可能です。リスクは5段階で評価され、100mメッシュ単位で表示されるため、優先的に調査すべき場所を視覚的に把握可能です。
さらに、配水管や弁栓などの属性情報の表示、漏水修繕情報の入力・管理機能も備えており、入力された情報は次回のリスク評価にも活用され、システムの精度向上に寄与します。
一方で、宇宙水道局を可能にする人工衛星データには、以下の3つの技術的な特徴も有しています。
1. 継続性
地上センサーでは今日以降のデータしか取得できませんが、人工衛星データは、過去に遡って取得可能です。水道管の劣化を予測する上で、使用量や老朽化の原因の一つである水道管の温度、水道管が埋設されている土地の材質、環境といった要素も重要ですが、それらに加えて過去に遡って取得したデータがあることは優位性があります。
2. 広域性
地上のセンサーが点の情報しか提供できないのに対し、衛星は広い地域を面的に観測。これにより、水道管のネットワーク全体を包括的に分析可能です。
3. 抗堪性
地上センサーを使用しないため、自然災害などの緊急事態に強く、データが必要なエリアと時期を決めてしまうことで、地上のインフラの状態に左右されることなく情報を取得できます。
これらの優位性を活かし、「宇宙水道局」は水道管の漏水リスクを高精度で評価することができます。例えば、衛星から得られる地表面温度のデータは、水道管の凍結リスクや破裂リスクの評価に、温暖化による気温上昇や寒暖差の拡大なども、水道管の劣化に影響を与える要因としてAIの情報分析に組み込み可能です。
3.「宇宙水道局」の導入効果と実績
「宇宙水道局」の導入効果について、水道管の漏水リスクを5段階で評価することで、調査が必要なエリアを全域の約3%まで絞り込めます。これにより、現地調査エリアが大幅に縮小され、調査コストの削減にも成功。導入した自治体の中には、30%削減を実現できた事例もあります。
宇宙水道局は実証実験を行った豊田市や政府の支援を受けて開発し、2023年の4月から正式に開始したばかりですが、サービス開始直後から現在に至るまで、既に多くの自治体が導入しています。宇宙水道局の急速な普及は、自治体が直面している課題の深刻さを表していると同時に、限られた予算の中で課題解決を図るためのソリューションを求めていたことの表れでもあると言えます。
また、宇宙水道局は2022年に内閣府宇宙開発戦略推進事務局の実証事業「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」にも採択されており、豊田市での実証実験を皮切りに、着実にサービスの導入が進んでいる様子がうかがえます。
4. 今後の展望と課題
自治体の中には、紙の情報しかなく、管路の情報がデータ化されてないところもまだ多く存在します。また、宇宙水道局を利用したくても効果があるかどうか分からない、AIが出した分析結果に満足してしまい、サービスの継続利用をやめてしまうこともリスクとして考えられます。
現在、天地人ではこうした課題に対して、社内でエンジニアの体制を整えて、データ整理から支援することを検討しています。また、自治体の現地調査に携わった経験を積み重ねていき、サービスの説得力を増していくことで、新技術導入における心理的な障壁をなるべくクリアできるようにしています。
今後は、水道管の上にある建物の情報など、より多層的なデータを組み込んでいくこと、例えば、病院や学校などの重要施設の位置情報を考慮することで、より優先度の高い場所を特定し、管路更新の優先順位付けへの活用を考えています。
さらに、近年、企業の気候変動関連の財務情報開示が義務化される中、工場立地における水道インフラのリスク評価なども重要性を増しています。このような企業ニーズに応えるサービス展開も検討しています。
5. まとめ
水道事業は、一人ひとりの生活に直結するライフラインを整備する事業です。株式会社天地人では、宇宙水道局により水道管の老朽化が引き起こす漏水事故のリスクを減らし、持続可能な状態に近づけていこうとしています。
衛星データとAIを融合したソリューションの活用により、時間もコストも人手もかかっていた水道管の漏水調査を効率化させるとともに、これまで見えなかった水道インフラの課題を可視化します。このサービスの普及が進めば、限られた予算と人員の中で、より効果的な水道インフラの維持管理が実現するでしょう。