DX事例

山を愛する心から生まれたDX:ヤマップがユーザーたちと実現した、推定4トンのゴミ削減とライチョウの生態調査

日本DX大賞は、自治体や企業などのDXの推進事例から優れたDX事例を掘り起こし、広く共有する機会として2022年から実施しているコンテストです。2024年6月21日に開催されたCX(カスタマーエクスペリエンス)部門では、顧客体験価値の向上や顧客とのより深い関係構築に、デジタル技術を活用した企業の事例を表彰しています。

登山地図GPSアプリ「YAMAP(ヤマップ)」の地図上に紐づけられている、ユーザーの活動日記や写真データを活かしてさまざまなDXプロジェクトを仕掛ける、株式会社ヤマップの事例をご紹介します。

1.  YAMAPとアプリユーザーがともに作り上げる「循環型コンテンツ生産」の仕組み

福岡県福岡市に本社を置く株式会社ヤマップは、「地球とつながるよろこび。」という企業理念を掲げて、登山・アウトドアに関するさまざまなWebサービスを展開する企業です。スマートフォンの登山地図GPSアプリ「YAMAP」の他、登山中のケガも補償する保険、登山・アウトドア用品のオンラインストア、登山情報を提供するWebマガジンも運営しています。

山の中では携帯電話の電波が届きにくいため、紙の地図やコンパス、登山道の途中で見かける標識などを頼りに山登りをしているケースがほとんどでした。

そこでヤマップでは、国土地理院が提供する地図に、YAMAP独自の情報を重ねてスマートフォンに実装した登山地図GPSアプリ「YAMAP」を開発。これによって、電波の届かない山の中でも現在地と登山道はもちろん、通ってきたルートや山頂までのルートなども分かるようになっています。

また、撮影した写真を、アプリにアップロードすることで、撮影時間と場所が全て記録されます。撮影した写真や登山ルート、標高などの登山の記録を、「活動日記」として他の人にシェアすることも可能です。ダウンロード数は430万(2024年4月時点)を突破し、単なる地図サービスの枠を越えて、環境保全のプラットフォームとしても進化を遂げています。

「他のユーザーがシェアした活動日記を閲覧すると、自分も登ってみたくなり、YAMAPを使ってみる、登山した記録を活動日記としてシェアすることで、誰かの行動を促すきっかけになっている」というこの仕組みを活用し、ヤマップは独自の「循環型コンテンツ生産の仕組み」を構築しています。

2. 全国一斉開催・清掃登山キャンペーン

山を登っていると、さまざまなゴミが落ちていることに気づきます。

山や登山道にゴミがあるのは嫌だけど、なかなかアクションを起こせない登山者たちの行動を促すため、2023年に「全国一斉開催・清掃登山キャンペーン」を実施。「一山一善」を志して登山しながらゴミを拾い歩き、次に入山してくる人たちのために、きれいな山にしようという試みです。

ヤマップは「リアルタイムゴミ拾いモニター」を開発し、山にタグ付けされた活動日記や写真などから、ゴミの量や実際に回収されたゴミのデータを集計・可視化。これにより、アプリユーザーは自分の行動が全体の成果にどう貢献しているかを直接確認できるようになりました。

このキャンペーンの具体的な仕組みは以下の通りです。

  1. ゴミを拾った様子を活動日記にアップロード
  2. デジタルバッジ「清掃登山バッジ」を参加者が獲得
  3. 拾ったゴミの重さをタグ付け
  4. 毎週進捗状況を報告し、参加者が増えるごとにバッジの色がアップグレード

他のユーザーの活動日記を閲覧するだけで、みんなで山をきれいにしたい、清掃登山に行きたいという貢献活動への参加の連鎖を引き起こすことに成功しました。

3. ライチョウ生態調査

ヤマップのもう一つの画期的なプロジェクトが、ライチョウの生態調査です。ヤマップではライチョウを守るため、環境省と協力した「ライチョウモニター」を2022年6月から始めています。「ライチョウモニター」は、YAMAPで展開している「リアルタイム紅葉モニター」の仕組みを参考に開発されました。「リアルタイム紅葉モニター」は、ユーザーが投稿した活動日記を分析して、全国の山の最新の紅葉データを集約し日本地図上に可視化するシステム。日本全国の山の紅葉ライブ情報を提供しています。アプリ上の地図を動かして、見たい山やエリアの活動日記や写真を閲覧可能です。

紅葉を見るために時間をかけて山に登ったのに、現地に行って紅葉が終わっていたら非常に残念な気持ちになりますよね。実はこれ、データ分析チームのスタッフが、試しに作ってみたシステムをきっかけに誕生しました。「1週間程度と短い山の紅葉、ベストなタイミングで山登りができたら、登山が好きな人たちは喜んでくれるのでは」との思いから、正式にリリースが決まりました。この仕組みは「リアルタイム積雪モニター」「リアルタイムさくらモニター」などのさまざまな「モニター」プロジェクトにも活用され、毎年シーズン到来時に、それぞれリリースされています。

ライチョウは、近い将来における野生での絶滅の危険性が高く、環境省のレッドリストに登録されています(絶滅危惧IB類)。北・南アルプスを中心に、本州中部の標高2,200~2,400m以上の高い山に生息しており、天敵に狙われやすい晴れの日ではなく、曇りの日に見かけることが多いようです。

従来、生態調査は情報収集カードという紙に調査結果を書き記し、回収箱などに投函するというアナログな手法で集計していました。ただ、山の中で紙と筆記用具をリュックから取り出して書くのは手間がかかるし、面倒に感じます。

ライチョウは非常に動きが遅く、見た目の愛らしさもあるので登山者は「山で見かけたら写真を撮りたい」という心理がはたらきます。そこで、ヤマップは以下の仕組みを構築しました。

  1. 山でライチョウを見かけた登山者は、ライチョウの写真を撮影
  2. 撮影した写真を活動日記に投稿
  3. 投稿された写真データを分析し、ライチョウの生息域を可視化

登山者はライチョウの情報や写真を活動日記にアップするだけで、それがビッグデータとなっていき、知らず知らずのうちにライチョウの生息域を可視化する生態調査に参加しているというわけです。

4. 2つのプロジェクトの成果

(1)全国一斉開催・清掃登山キャンペーン

全国一斉開催・清掃登山キャンペーンの集計結果は、毎週1回、ヤマップのメディアや活動日記などで共有されていきました。

最終的には、1万5,000人以上が参加し、推定4.7トンのゴミを回収。

また、ヤマップが全国一斉開催・清掃登山キャンペーンの情報をSNSにアップすると、取り組みに賛同した、複数のアウトドアブランド企業により拡散されました。

山に登ってゴミ拾いをした記録をシェアし、それを見た登山者がきれいになった山に登りたくなる、循環する共助のDXの仕組みが成り立っているんです。

(2)ライチョウ生態調査

「ライチョウモニター」を活用したところ、「ライチョウを見た」投稿件数は3.1倍、写真は9.3倍、個体識別できる足環をつけている足が一部でも確認できた個体数は5.5倍、個体が特定できた件数は7.7倍と、従来型の情報収集カードの件数よりも大幅に増えていることが判明しました。

ライチョウの生息域が可視化されたことで、保護区域の整備など、ライチョウの保護対策が非常に立てやすくなりました。ここでも、山に行って、ライチョウを見つけて、写真を撮って、「YAMAP」の活動日記や写真でシェアするという、「循環する共助の仕組み」が成り立っています。

5. ユーザー参加型DXの成功要因

2つのプロジェクトともに、ヤマップが用意したプラットフォームを利用して、実際に活動した主要メンバーは「YAMAPユーザー」です。ヤマップは、創業当初からユーザーとの信頼関係を築き、SNSや活動日記でシェアされている感想、ヤマップのスタッフが登山中に会ったユーザーや、「YAMAP」のファンなどから直接寄せられた声をもとにサービスを開発したり、改善したりしています。そうした背景もあり、YAMAPにはユーザーが自発的に行動する仕組みが根づいており、常に循環させるための工夫を行っています。

従来、何らかの情報収集をしたいときは、仕組みの構築から実際の活動まで自分たちで行う必要がありましたが、今回行ったのはヤマップ側ではプラットフォームを用意することだけ。ユーザーを動かし、ユーザーから情報を得る脱自前主義を採用。これをさらに回し、「清掃登山=いいこと」という貢献欲の醸成のために、バッジの色が変わるなどのゲーム要素を取り入れ、ユーザーに必ず結果報告を行うことを徹底しました。また、ヤマップの活動をテレビやニュースサイトなどで取り上げてもらえるよう、働きかけも行っています。企業を巻き込むために、それぞれのプロジェクトの仕組みをシンプルにしています。

こういった背景や取り組みが、2つのプロジェクトの成功につながっているのです。

6. まとめ

ヤマップとユーザーとの深い信頼関係から生まれる共創の数々は、今までのビジネスにない新しい形の「共助」といえます。テクノロジーを導入することも重要ですが、価値の最大化を目指し、社会にインパクトを与えるには、ユーザーの行動や心理を深く分析したうえで、誰でも参加しやすい仕組みを設計することが、真の変革を生み出す鍵なのです。