北海道函館市(以下、函館市)は、市職員自らがノーコードツールを駆使して、妊娠から小学校入学までの「はじめの100か月」に寄り添う「やさしい行政サービス」の創造に挑みました。
2025年3月にリリースされた「マザサポ+(マザサポプラス)」は、LINEのアカウントがあれば誰でも利用できるサービスで、片手で操作できることを重視したUXになっており、子育て中の親たちの意見を反映しています。その根底には、市民に寄り添わなければいけないはずの行政に抱いた違和感から、システムに人を合わせるのではなく、人にシステムを合わせるという徹底した思想と、改善を止めない「現場で育てるDX」という新しい文化があったのです。「子育てに余白を。親子がもっと笑い合える時間を増やしたい」――。その一心で、子育て支援のオンライン化に挑んだ、函館市の事例をご紹介します。
「たった120秒」が奪う親子の時間―行政の“常識”への小さな違和感

函館市では、妊娠期から小学校入学前までの「はじめの100か月」をターゲットに、親子の笑顔を支える仕組みづくりに取り組んでいます。

赤ちゃん~幼少期の子どもと一緒に、行政手続きのため市役所に行ったり、問い合わせたり、書類を書いたりすることは容易ではありません。これらのプロセスは、本来、子育て世帯を支援すべき行政側の都合で、逆に親子の貴重な時間を奪うという矛盾を生んでいたのです。
函館市で企画部地域デジタル課 主任主事を務める松林 静輝氏(以下、松林氏)は、ある担当者の言葉に違和感を覚えました。「子育て世帯向けの歯とお口の健康教室の電話予約にかかる時間は、わずか2分です。DX化しても短縮できるのは数秒程度。効果は小さいですよ」。

しかし、子育て中の母親に話を聞くと、「まず、予約のために電話番号を探すの。ようやく見つけて、赤ちゃんが寝ている隙に電話するんです。でも、私の声で赤ちゃんが起きてしまって。こんなのばかりで、行政手続きって本当にめんどくさい」。
この言葉を聞いた時、松林氏は「本来住民に寄り添うべき存在の行政が、逆に彼女の大切な時間や心の余裕をすり減らしていた」という事実に気づかされました。2024年11月に、子育て世帯を対象としたアンケートを実施したところ、市民からさまざまな意見が寄せられました。
函館市では、子育てのデジタル改革「子育てオンライン化プロジェクト」を立ち上げるとともに、行政と住民の接点である市公式LINEをフル活用して、はじめの100か月を対象としたやさしい行政サービスを届けることを決意したのです。
「便利より、やさしさを」――システム中心から“人中心”への価値観シフト
プロジェクトでは、企画部と子ども未来部が連携。「はじめの100か月から「めんどくさい」をなくす。」というミッションを掲げ、その先にある「子育てに、余白を。」という目指す未来像を全員で共有しました。
プロジェクトメンバーが最も大切にしたのは、人に寄り添う行政DXでした。「行政手続きの不便さを乗り越えるために必要なことは、単なる便利さを追求することではなくて、やさしさを届けること」「行政DXは効率化のためでなくて、市民の気持ちや不安、行政手続きで感じる小さな負担に寄り添うためのもの」――これこそが地域DXの本質であると定義づけたのです。

このビジョンを実現するため、プロジェクトチームは既に2023年10月から市公式LINEの基盤システムとして導入されていた、Bot Express社のノーコードツール「GovTech Express」を採用。
素早く柔軟に、ローコストで設計からメニューデザインや質問考案、改善までを職員自らが行えるノーコードツールを選んだことで、「やさしい行政サービス」への追求が本格的に始まりました。
正月休みの閃きが生んだ、LINEユーザーID活用のUX革命
「人にシステムを合わせる」「人中心のDX」という理想の集大成が、市公式LINE上に実装されたサポート機能「マザサポ+(マザサポプラス)」です。事前に氏名や住所、子どもの情報を登録しておけば、各種申請時にその情報が自動で入力されます。

マザサポプラスに登録しておけば、毎月1日に、月齢や妊娠周期に合わせて、本当に必要な情報がLINEで自動配信される「子育てホッとLINE」が届きます。
自動入力機能を構築する際、プロジェクトチームは市公式LINE上のデータベースと連携させ、「母子手帳番号+生年月日」を主キー(個人を特定するための鍵)として設計しました。しかし、実際にテストをすると、母子手帳番号を覚えていなかったり、実際に入力ミスが多発したり、そもそも母子手帳番号が長く片手での入力が難しいといった問題が噴出。プロジェクトの肝である「片手で完結」というUXの実現が困難になりかけました。
そんな中で迎えた正月休み、松林氏は、母子手帳番号をやめ、LINEアプリがユーザーごとに持つ固有の識別子「LINEユーザーID」を主キーとして活用するという、事態を打開するアイデアを閃きます。

これを休み明けに即座に実装し、主キーをLINEユーザーIDに切り替えたことで、利用者が手入力する必要はほとんどなく、子どもの氏名や母子手帳番号などの簡単な識別情報を選択するだけで本人確認が完了するシンプルな操作性を確立。
ついに、誰もが無理なく使えて、ほぼタップ操作だけで手続きが完了するため、赤ちゃんを抱えながらでも「片手で完結」できる、やさしいUXが実現できました。
縦割りを壊す「挑戦するチーム」―「現場で育てるDX」が築いた止まらない改善文化

素早く柔軟、ノーコード、低コスト。シンプルだけど本質的な3つの軸をぶらさず、人中心のやさしい行政のDXを追求しました。
「マザサポ+」の自動入力によって、以前は必要な情報を自分で探して書類や電話で手続きを行うなど、多くの時間と手間がかかっていましたが、手続きにかかる時間は50%以上短縮、入力する文字数も80%以上削減できました。これまで電話で行っていた教室の申し込みもオンライン予約へと置き換わり、電話の件数は80%以上減少。必要な情報がLINEで自動配信され、自動入力で簡単に申請できるようになりました。
以前は120秒かかっていた歯とお口の健康教室の電話予約はLINEに置き換わり、約30秒で完了。さらに、予約前日にはLINEでリマインド通知が届くというやさしさをプラスしています。
住民からは手続きが便利になったことへの喜びの声が多数寄せられています。
ノーコードツールの活用により、職員はシステムを「使う人」から「設計する人」へと役割を変え、現場の気づきを即座にサービス改善に反映できるようになりました。追加コストがかからないため、「やってみてから考える」という挑戦の文化が広がり、職員が素早く柔軟に機能を改善できることで、現場の声をすぐに反映しやすくなり、自分たちで改善することが当たり前になる文化が醸成されました。
本プロジェクトでは、子育て施策を所管する「子ども未来部」と、デジタル化を推進する「企画部」による横断チームを立ち上げました。現場の課題を知る部署と、それを解決する技術を持つ部署が一体となったことで、従来の「調整型」の行政プロセスは、課題解決に向けて即座に行動する「実行型」へと変化しました。
部門間のやり取りはSlackに一元化され、プロトタイプや改善提案がリアルタイムで共有される体制になったことで、複数部門間でのコミュニケーションロスは極限まで削減されました。ノーコードツールによって即日プロトタイプ作成が可能になったことで、「検討よりも『やってから考える』」という思考が自然に根付き、デジタル化に対する「構える姿勢」が「挑戦する姿勢」へと職員のマインドが変化しました。
現場主導、人中心のやさしいUX、高い拡張性と柔軟性、低コストで高効率を実現し、止まらない改善のサイクルと挑戦するチーム文化が育ったことで、持続可能なDXの体制が市役所内に実現。設計開始からわずか4ヶ月、しかも追加費用ゼロという、従来の行政DXでは考えられないスピードとコスト感で、6種類の申請と8種類の予約機能、職員の手によるサポート機能の実装という「やさしい行政サービス」を世に送り出すことができたのです。
「思いと熱量があればできる」――函館モデルのテンプレートが全国を変える

「子育てに、余白を。」というコンセプトで始めた函館市の挑戦。函館市は、自分たちの取り組みを他の自治体へも展開したいと考えています。全国300以上の自治体が既に導入している「GovTech Express」上で、LINE上の申請フォームや予約機能といった子育て支援の仕組みが展開されており、自治体ごとにカスタマイズして、独自の子育て支援サービスへ活用できます。
函館市が今回のDXで目指したのは便利な行政サービスではなく、やさしい行政サービスを届けることです。また、「本当に大切なのは、困っている住民に寄り添い、不安を解消し、笑顔を生み出す。DXの力で未来への余白を作ること」こそが行政の役割であると信じています。「現場で育てるDX」の文化が全国の自治体に広がり、すべての子育て家庭の「はじめの100か月」に余白をもたらすことを願って、函館市はこれからもさまざまなDXの取り組みを進めていきます。
まとめ
「はじめの100か月」は、妊娠期から小学校入学までの、親子にとって特別な時間です。しかし、情報を調べたり、電話で予約したり、申請書を書いたり、役所に出向いたりといった時間は、親にとって面倒そのものであり、支援する側であるはずの行政の都合で、親子にとって大切なふれあいの時間を奪っているという矛盾を感じていました。函館市では、赤ちゃんを抱えながらでも「片手で完結」できる「マザサポ+」を、公式LINEに実装。職員自らがノーコードツールを駆使し、「便利よりやさしさを届ける」ことを大切に、「人にシステムを合わせる」開発を徹底しました。
その過程で生まれた「現場で育てるDX」という文化は、追加費用ゼロで手続き時間を半減させるなど、住民と職員の双方に大きな価値をもたらしました。本取り組みは函館モデルとしてテンプレート化され、全国展開が可能となっています。これからも函館市では、誰もが負担を感じることなく子育てができる環境を整備するため、引き続き利便性向上に努めていきます。