DX事例

魚を使った、新たな価値の創造を~『「業務多忙で新しいことにも着手できなかった」創業48年の魚屋さんが挑戦したDX』勉強会レポート

日本は国土の周囲を海に囲まれている国で水産資源も豊富ですが、水産物の消費量は減少傾向にあるのが現状です。水産加工業を手掛ける業者の多くは、従業員が30人以下の小規模事業者で、年々減少傾向にある一方、水産加工業の出荷額はほぼ横ばいに推移しています。今後、新規事業の立ち上げや従来の習慣の見直し、主力事業に付加価値を創造するなど、売上高増加を図るためのさまざまな取り組みが求められます。

鹿児島県鹿屋市で水産加工などを手掛ける株式会社イズミダ(https://www.izumidasengyo.com/)の常務取締役・出水田一生さんをお招きし、10人未満の小規模事業者であった町の魚屋さんがいかにしてDXに取り組み、全国中小企業クラウド実践大賞で総務大臣賞を受賞するに至ったのか、その背景を語っていただきました。

疑問と危機感を抱いた、「当たり前」

株式会社イズミダ(屋号:出水田鮮魚)は今年10月に創業49年を迎える、鹿児島県鹿屋(かのや)市で私の祖父が創業した会社です。市場から魚を買ってきて切り身に加工し地元の病院、学校、老人ホーム、飲食店やホテルなどに卸す水産加工卸業務、干物を作ってECサイトで販売、対面販売の魚屋と飲食店も手掛けております。

2代目である父が倒れたことを機に家業を手伝おうと実家に戻った9年前、昔ながらの小さな魚屋はどんどん廃業していました。魚の消費量と漁獲量の減少、大手の病院食専門の卸業者が県外から参入、冷凍技術の発達で生の魚をあまり使わなくなったことなどが背景にありました。

同じ頃の出水田鮮魚も経営状況は芳しくなく、父と母、3名のベテランの男性従業員という小さな会社でした。休みも全くなく、毎朝3時くらいに起きて鹿屋の店舗と鹿児島市にある市場をトラックで往復し、お盆や年末の繁忙期は早朝から夜遅くまで仕事、「現場が忙しければ事務の仕事は後回し」というのが当たり前になっていました。バックオフィスに目を向けると、請求書や伝票は紙ベース、タイムカードも評価制度も就業規則もなく、日々の現場仕事に追われて新しいことを始める時間もありませんでした。

このままだと会社はまずいことになる。若い人も多分この会社に入ってこないし、自分もこのまま続けていくのは嫌だから、何かを変えなくてはと一念発起し、社内の見直しをすることにしました。

母の苦労を経験し、さまざまなクラウドツールの導入により、紙書類のやり取りの多さと煩雑さを痛感

まずバックオフィス業務の効率化に着手しました。手の空いた時間や日曜日に事務作業をしている母の姿を見て、会社の状況も分かるだろうという思いもあり、私も事務作業をすることにしたんです。

上記の画像に挙げたのは、弊社で発行したり受け取ったりする紙書類の数々です。これらを決算の時にまとめる作業も大変だなと感じましたし、銀行に何回も通って払込取扱票を書き、それをチェックする支払予定表も紙でした。水産業界は紙がかなり多い業界の一つだなと痛感しました。

バックオフィス業務の効率化を行うにあたって、まずExcelとかスプレッドシートとかに売上を入力し、共有できるようにしました。税理士さんが変わるタイミングに合わせてクラウド会計を始めました。ネットバンキングとクレジットカード、Airレジをクラウド会計に結び付けることで、日々の仕分け作業はかなり楽になりました。経費はパートさんに空いた時間で領収書を写真に撮ってもらって登録する、メールで納品書とか請求書を送るようにして、1/3ぐらいは紙を使う機会を減らしました。

クラウド会計を導入したことで、単純計算で週3~4時間、日曜日で1年間続けていたと仮定すると、年間150時間以上は削減できたと思っております。

卸以外の新たな価値を創り、地元にも県外にも門戸を開く

バックオフィス業務の効率化により生まれた時間で実施したことはいくつかあります。

まず、利幅が薄い卸先など取引先を見直しました。使わなくなった活魚用の生け簀を潰して加工場を作り、いろんな市場から仕入れた魚を干物にして、ふるさと納税とか百貨店や無印良品などのECサイトで販売してます。

それから「今日良いサバとかアジとか入ったよ」みたいな会話を一般のお客様とする魚屋がしたくて、車庫を改装して対面販売の小さな魚屋を5~6年ほど前に始めました。やっぱり、「あそこ何か魚の会社らしいけど魚買えるのかな」っていう声をよくいただいてたので。小さいながらも魚屋を開いて一般のお客様にダイレクトに接点を持てたことは大きかったです。

2022年4月からは、鹿児島市で運営している魚屋の隣で飲食店(出水田食堂)も始めました。アジフライ定食とか海鮮丼とか魚屋らしさが出せるようなメニューを出しています。

魚って結構鮮度の問題がなかなか難しいところがあって。病院とかでもグラム単位で指定されるので、加工の過程で出てしまう端材などは使い道がなく廃棄せざるを得ないこともありました。しかし今では、水産加工で余った魚を回せるようになり、かなり廃棄ロスが減りましたね。

あとは、スーパーや地元の魚屋さんと商圏がバッティングしないようにかなり気を配りました。スーパーに並んでないような高い魚を出したり、鹿児島に売ってないような加工品を置いたり、加工品を作ってECで販売したりしました。飲食店にも魚を卸してるんですけど、帰省したときに卸先の新規開拓はしなかったんですよ。他の魚屋さんが既に卸先にしているし、地元の魚屋さんとの関係性を大切にしたかったので。地元の魚屋さんからは今のところ何も言われてませんし、こういうさまざまな取り組みを行うことでマイナスはありませんでした。

売上構成比に関しては、帰省した2015年頃は水産加工卸が99%でしたが、飲食店を始める前に卸の売上が半分に、残りの半分を魚屋の売上と干物のECの販売で分け合う状態、飲食店を経営している現在では右の円グラフに変化しました。

画像右:ユニフォームに入っているロゴは、40年以上使ってきたカネイ(矩(直角)にイ)を2015年の店舗スタート時に、鹿児島のデザイナーさんに依頼して作ってもらったもの。カネの部分を結び鉢巻にし、イの下の3本の波は「3代目で新しい波を」という思いが込められている。

就業規則も見直して、マネーフォワードのクラウド会計に付属している勤怠管理を活用し、鹿児島市の店舗で押してもらったタイムカードを、鹿屋の店舗で全部管理ができるようにしました。鹿屋と鹿児島市をチャットワークとかZoomを使ってコミュニケーションをとるようにしたり、定休日を設けて週休2日取れるようにしたり、あとはユニフォームを導入しました。若い人が働きたい魚屋さんを目指しております。

これらの取り組みによって、もともと男性ばっかりだった職場が今は女性が多くなって大学生も働いてもらえるようになって平均年齢30歳ぐらいの若い会社になりました。

魚への関心、採用活動――若い世代を巻き込んだ取り組みの数々

魚屋は魚を仕入れて初めて売上が出るので、仕入れのない売上の創出を図るべく、魚を使ったさまざまな試みを行っています。

干物を作っている加工場において親子で魚捌き体験を数回実施しました。魚を見たことがない子どもたちに魚を捌くところから食べるところまでを体験してもらうことで、魚に興味を持ってもらいたいと始めた取り組みです。

それから魚市場と旅行会社と組んで市場の競りを見せて、目利きの方法もレクチャーして、競りで落とされたばかりのカンパチとかを魚屋の隣の飲食店で提供しています。市場見学とか魚捌き体験は、実施している水産系企業が周囲になかったんですが、市場にお客様をお連れしたとき、競りの様子を見たお客様にすごく喜ばれたんですね。毎日のように魚市場に行ってる自分たちからしたら当たり前の光景ですが、普段魚市場に行かない人たちが価値を感じてくれるのであれば面白いんじゃないか、そこに競り落としたばかりの、一番新鮮な状態の魚を自社ではなく近くの(隣の)飲食店で提供するっていう付加価値を加えれば、旅行会社も興味を持ってくれるだろうと。モニターツアーみたいなのを実施したんですが、魚捌き体験も市場見学もコロナ禍で大々的にできないところがあって、依頼があればお受けする感じですね。

あとは、魚の魅力を知ってもらうことと採用を目的とした新商品開発のワークショップを、鹿児島大学水産学部とコラボして開催しました。水産学部って全国に数校しかないんですよね。そこと連携して、雇用創出や大学での授業など、いろいろ検討しているところです。

水産学部は、漁師さんや養殖業者などと組んでいろいろなデータを取る以外に、魚の売り方とか魚の消費量を上げる方法を考えることも行っています。魚を一般のお客様に販売する入口としてスーパーが主流になってきているので、学生たちには卒論とかでウチの店舗を使ってほしい、実験台の場にしてほしいと考えています。一方水産学部の先生たちは、魚業界の厳しさを現場で働いてる自分たちと同じぐらい理解していただいてますが、アカデミックの人たちと現場の人たちとではできることが違うので、連携を取りながら水産業界を一緒に盛り上げていこうっていう話をよくしてますね。

3年前から依頼を受けて、地元の女子高(鹿屋女子高校)で商品開発の授業を受け持っています。その一環として、女子高生たちとコラボしたお弁当(まんぷく愛娘(あいじょう)弁当)も開発・販売しています。

高校生や大学生と接するようになって、教育の大事さに気づかされたんですね。私自身もそうだったので分かるんですが、大人になったときに鹿屋、鹿児島県から出て行く子たちが多いんです。実際に鹿屋はどんどん人口が減っていってます。その中のひとりでも、「そういえば何か鹿屋にすごく面白い会社あったな、地元で働いてみようかな」「やっぱり鹿屋に帰ろうかな」と思ってくれるには、こういう風に種撒いていくしかないのかなと。教育って1年や2年先じゃなく、5年とか10年先にようやく結果が出るものかもしれないですけど、若い人たちが帰ってこれるような仕組みを作れればいいかなと考えているところです。

今後は、単に卸だけとか飲食だけじゃなく、体験や教育以外にも魚を使ったいろいろな取り組みの実現を考えております。

魚屋さんが考えるDX推進成功のポイント

DX推進に際して、経営者の想いと現場の声がすれ違う場合もあるので、課題の抽出整理の段階で現場をちゃんと巻き込んで、顧客や税理士さんとも話し合うのは大事です。自分自身も含め、普段から使っている方々の声をヒアリングして、使い勝手が悪いと感じる声が多ければ変えたほうがいいです。

業種や会社の規模によって最適なクラウドツールは異なるし、「あの会社が導入してるクラウドツールをウチも」というのではなく、いろいろ情報収集した上で決めたほうがいいかなと思います。ちなみに私自身は、既に導入している経営者の方の話も参考にしました。

上の画像にはないんですが、Salesforceの導入検討もしています。市場って例えばこの時期はこの魚が獲れるとか、値段はこのぐらいとかこの時期大量に捕れるから安くなるとかそういったデータが膨大にあるんですね。それって市場に長年通ってる人だったら肌感覚で分かるんですけど、これから入ってくる若い人たちが学ぶのってかなり大変です。そこのデータを集めて、Salesforceで分析できないかなって思ってたところです。

クラウドツール導入するんだったら当たり前に言われていることですけれども、簡単に安く小さく始めるスモールスタートがDXは進めやすいです。イズミダでもクラウドツールの導入を検討していた頃はいっぱい課題があってどれから始めたらいいか分からない状態でしたが、一つの課題からコツコツと解決していくのが一番いい方法かなと思います。

スタッフの選定って結構難しいと思うんですけど、弊社の場合結構スムーズに行ったこと、私が入ってきた時にいたスタッフはもう今いないんですね。若いスタッフも増え、その人たちも使えるようなツールを今使っているので全然そこは問題なくって感じですね。一方母は最初、難色を示してましたが、今では「事務作業で日曜日残ることがなくなった」って喜んでくれています。

ここまで出水田鮮魚のDXの取り組みをご説明してきました。まだまだ見直す点がたくさんあるので、その一つとしてまずコミュニケーションツールの見直しを検討しています。支払いに関して、こちらも検討段階ですが、紙の伝票を受け取って5日くらいで市場に現金払いというのが当たり前になっています。ここをクレジットカードでも支払いできないか、一番近い市場の担当者と話して、魚を扱う会社の導入支援もしていきたい。

せっかくこんな貴重な賞をいただいたので、これからも時代に合わせて、魚を軸にいろんな新しいことにチャレンジを続けて、若い人が働きたい会社を目指して頑張っていきたいなと思ってます。

勉強会の参加者に、出水田鮮魚での多様な取り組みと今後の展望を語る出水田一生氏

最後に

鹿屋に帰ってきて私が積極的にしたことの一つが、魚以外の異業種の交流会や勉強会への参加、異業種の人たちに会いにいったことです。市場で古い顔見知りの業者さんたちから、「もう魚屋をやってても儲からんよ。帰ってきて何するの?」みたいなことばかり言われ続けて、嫌になってしまったことがきっかけでした。

自分と同じく1度外に出て帰ってきた、30代かつ3代目という自分と似た立場の異業種の人って結構いて。そこからいろんな人を紹介してもらい、自分も勉強会グループを立ち上げながら、徐々にその輪を広げていきました。クラウドツール導入もそこで学びましたし、市場ツアーもそこからヒントを得たところもあります。いろいろな業種の人たちと関わることで、さまざまなことに気づけたのは大きかったし、クラウドツールの導入をはじめ新しいことにどんどんチャレンジしてみようと思えました。

社内でも新しいことに挑戦しよう、始めてみようとする流れが生まれること、そのためにはまず自分がいろいろ動いてみて、新しいことにチャレンジし続ける必要性を感じているところです。