オープンバッジは、国際標準規格に沿って発行されるデジタル証明で、賞状などの紙ではなくデータが授与されます。DX推進においても、デジタル人財を自社で育成するための研修制度、あるいは知識やスキルをデジタルで証明できるプラットフォームとしても注目を集めています。

2022年からオープンバッジを活用した「デジタル人財育成」に取り組んでおり、わずか3年で2,500名以上のデジタルプロ人財を育成して組織風土の変革に成功した、旭化成株式会社の事例をご紹介します。

「イノベーションの源泉は人」――未来への投資として始まったデジタル人財育成

旭化成の企業概要

旭化成株式会社(以下、旭化成)は、7つのグループ会社を擁し、3つの領域で事業を展開する総合化学メーカーです。2019年に公表した中期経営計画において、「アクション計画【新事業創出】」の一つとして「専門集団によるDX展開」を掲げています。以後、研究開発や生産・品質管理など、旭化成の事業の幅広い分野でDXの取り組みを進めており、多くの成果を上げてきました。

DX Vision 2030の概要

3年が経過した2022年の中期経営計画において、「DX Vision 2030」を策定し、「世界の人びとの”いのち”と”くらし”に貢献する」というグループ理念のもと、DXの取り組みを加速させています。

イノベーションの歴史

旭化成は、リチウムイオン電池の実用化や電子コンパスの開発など、世界を変えるイノベーションの歴史を創ってきており、イノベーションの中心には常に「人」が存在するという信念を持っています。

デジタル人財育成の戦略

「DX Vision 2030」達成のために、技術を導入するだけではなく、デジタルプロ人財を3年間で2,500人に増やす「デジタル人財育成」への先行投資を最重要戦略として位置づけました。

デジタル共創本部の組織構成

旭化成には、DXを進める全社横断型の組織「デジタル共創本部」が既にありますが、それぞれの事業部門やグループ会社の中でもデジタルプロ人財を育てるべく、全員参加で現場主導のDXを実践していこうというアプローチを取っています。

オープンバッジ×現場による内製化で、組織文化を変革する

オープンバッジによる組織文化変革

2022年当時、工場にはパソコンが従業員数分行き届いているわけではなく、デジタルとの接点が少ない状況でした。そのような中、デジタルリテラシーを広げ、デジタルプロ人財を増やしていくことが大きなミッションでした。

デジタル共創本部と人財育成部署

そこで、DX推進へのマインドセットを培うため、旭化成では、事業(マテリアル・住宅・ヘルスケア)の横断組織としてデジタル共創本部を組成し、その中にデジタルプロ人財育成の専門部署も設立しました。

オープンバッジの5段階レベル体系

文化変革の課題を解決するため、DXスキルを体系的に「見える化」する「オープンバッジ」を導入しました。データ分析やデザイン思考といったスキルを5段階のレベルで定義し、社員がどのレベルにあるのかを客観的に示せるようにしたのです。DXを進めるにあたり、多くの企業が陥りがちなのが、リテラシー向上を目的とした全社一律の研修への強制参加です。しかし旭化成は、それがかえってデジタルへの嫌悪感を生む可能性があると考え、自己研鑽を目的として学びたい社員にのみ研修への参加を認めました。

研修コースの体系

初学者向けのレベル(レベル1)からプロレベル(レベル4〜5)まで、最初に形を決めてから、穴埋めするようにコースを設定していきました。多くの研修コンテンツは外部に丸投げせず、社内の有識者を中心に内製で開発しました。

データ分析コースの伴走支援

なかでも、レベル4の研修におけるデータ分析コースでは、社内の有識者(データ分析の専門家)が6ヶ月間、受講者に伴走するほか、現場を知り尽くした「原理原則アドバイザー」、いわゆる生産管理のメンバーと一緒に現場のノウハウを培っていきます。手厚い伴走支援を受けて、研修受講者が所属先に戻った後、業務効率化が進むように現場密着型で進めています。

デザイン思考コースの共創チーム

また、レベル4の研修におけるデザイン思考コースは、旭化成にノウハウがなかったため、DX推進組織と事業部門、パートナー企業との共創チームを組成しました。現場課題の解決に向けた共創プロジェクトを通してノウハウを蓄積していき、実践で得られた重要な要素をコースとして開発しました。

経営層と現場が一体となって変革を動かす文化醸成の仕掛け

経営と現場が一体となった文化醸成

オープンバッジと現場密着型による研修により、デジタル人財育成では3年を経て目標を上回る2,500名以上のデジタルプロ人財が育成され、社内では数多くのDXプロジェクトが立ち上がっています。

マテリアル領域では、マテリアルズ・インフォマティクスを習得した人財が合成ゴムの新素材開発に従事し、従来2年以上かかっていた開発期間を3ヶ月に短縮しました。

住宅領域では、インパクトレンチという工具でボルトを締めるツールにデジタル技術を加えることで、音で自動的に締め切ったかどうか自動判定する「ボルト締結管理システム」を開発しました。これによって工程を1/3に大幅短縮し、施工業務を効率化しました。

DXプロジェクトの成果事例

その他、デザイン思考やアジャイル開発を採用した新たな取り組みを通じて住宅ブランド「ヘーベルハウス」の付加価値を向上させる「災害時コミュニケーションサービス」を開発しました。これにより、従来の「家が強い」という価値に加え、被災後も家で安心して生活を維持できること、被災後サポート業務の効率化・高度化という新たな顧客価値を創出しました。

経営層と現場のマインドセット変革

こうした一連の成果の創出は、「変わるんだ!」という経営層のマインドセットと、「変われるんだ!」という現場のマインドセットが両輪となって動いたことで成し遂げられました。

会長と社長をはじめとする経営トップ自らがオープンバッジのレベル1~3までを取得し、社内に発信しました。「CEOマイルストーン」(グループ全体のDXの進捗を測る上で重要なテーマ)や、デジタル共創本部と事業組織のトップが、各事業におけるDXテーマの進捗状況を共有し、DXの取り組みの方針について話し合う「リレーションシップマネージャー制度」を設けることで、経営とDX推進の一体化を図りました。

一方で、現場に対しては、成功体験の「見える化」を推進しました。例えば、社内では「身近な事例集」の収集と共有を運用しはじめました。他にも、「Accomplishment表彰」を設け、事業部などとデジタル共創本部が共創・実施したDXテーマから大きな成果をもたらした事例についてグループ内の共有を推進しました。

他にも、外部アワードの受賞や講演などでDXの取り組みを積極的に発信しており、経営トップの強力なコミットメントと現場の成功体験の見える化を結びつけ、グループ全体に持続可能な変革の文化を根付かせることを目指しました。

デジタル人財育成のノウハウを公開~自社の変革から社会全体の変革へ

旭化成のデジタル人財育成の取り組みは、社内の変革に留まらず、そのノウハウを社会に還元し、日本全体の課題解決に貢献するフェーズへと進化しています。

世界デジタル競争力ランキング

日本の生産人口は今後10年で10%減少していきます。一方で、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界デジタル競争力ランキング」によると、2023年よりやや順位を上げているものの、日本は世界的に見てデジタル競争力、デジタルスキルの習得においてかなり遅れているのが現状です。

社会への還元活動

旭化成では、日本のデジタル人財育成に貢献できればと考え、宮崎県延岡市の延岡工業高校では「DX出前授業」を実施し、283名の生徒にオープンバッジレベル1を発行しています。また、「宮崎県デジタル人財育成コンソーシアム」の設立に参画したり、「未来のデジタル人材の会」のメンバーとして業界の枠を超えた共創を推進したりと、活動の輪を広げています。

まとめ

旭化成は、「イノベーションの源泉は人にある」という信念のもと、デジタル人財育成への先行投資を最重要戦略と位置づけ、全社的な組織風土の変革に挑みました。「オープンバッジ」として現場の課題に密着した研修コースが設けられ、目標を上回る2,500名以上のデジタルプロ人財の育成に成功しました。

今後は、デジタル人財育成で培ったノウハウを、業界の枠を越えてさまざまな形で社会に還元することで、製造業のリスキリングに貢献していきます。