連載・コラム

2時間からの挑戦 ― モノクロの福島をカラフルに変える働き方改革

「2時間から働ける」という発想が、地方を変えつつあります。福島県郡山市の小さな会社の挑戦は、今、100社以上の企業と230名以上の個人に影響を与え、全国から注目される働き方改革のモデルになりました。その原点は、一つの大きな喪失体験にありました。

この記事を書いてくれた人

株式会社ケイリーパートナーズ
代表取締役 鷲谷恭子さん

モノクロの世界から生まれた「透明な女性たち」の物語

東日本大震災から14年。あの日、福島の空は色を失い、モノクロの世界に変わりました。家族を守りながら、未来をどう描けばいいのか不安と喪失感に包まれていた私は、震災後のボランティア活動を通じて多くの女性たちの声に耳を傾けました。

「短時間働くからやりがいは求められない」 「子どもが熱を出したら即、仕事を休まなければいけない」 「介護との両立なんて、夢のまた夢」

再び働き始めようとした女性たちの声は、諦めに満ちていました。育児や介護といったライフイベントを抱えながら働く選択肢が、驚くほど少なかったのです。

一方で、地域の企業経営者からは「人がいない、人がいない」という言葉を何度も耳にしました。このギャップに気づいた時、私は衝撃を受けました。

「私たちは透明なんだ。地域の中で見えていないんだ」

働きたい気持ちがあるのに、それが生かされていない。この気づきが、ケイリーパートナーズの原点です。

幸せに働くための三要素と「2時間」の挑戦

震災後の女性たちへのインタビューから見えてきたのは、「幸せに働くための三要素」でした。

  1. 健康 – 心身の健やかさが働きがいの土台になる
  2. 人間関係 – 職場での信頼と繋がりが働く楽しさを支える
  3. 自己決定 – 自分で働き方を選び、人生をコントロールすることが幸せを感じる鍵

「この三要素を実現できる場所を自ら作ろう」—そう決意して2019年10月、ケイリーパートナーズを立ち上げました。

会社設立時に私が社会に問いかけたかったのは、「8時間働ける人しかやりがいを求めてはいけないのか」という固定概念でした。この呪縛がある限り、育児や介護との両立は実現できません。

「働く時間=8時間」が当たり前とされていますが、本当にそれが必要でしょうか?私たちは働く時間ではなく、働く価値に焦点を当てるべきだと考え、「1日2時間から働ける仕組み」を提案しました。

正直に言うと、最初は企業から「2時間で何ができるの?」と鼻で笑われました。しかし働く側からは「2時間なら私にもできる!」と熱狂的に受け入れられたのです。

ワークシェアと柔軟なチーム編成で実現する新しい価値

私たちの革新的な働き方を支えるのが「ワークシェア」です。朝だけ働く人、昼間だけ働く人、在宅で働く人、子連れで出社する人—それぞれのライフスタイルや希望に合わせた働き方を実現しながら、同じチームで成果を出しています。

具体的には、メンバーが情報やスキル、タスクを共有し、切れ目のないサポートを実現。現在23名の社員(全員女性)が多様な働き方で活躍しています。例えば、6時間働くマネージャー職のスタッフは3〜4チームを掛け持ちし、午前中はバックオフィス業務、午後は経理の取りまとめやデジタル広報を担当します。

「1人が完璧を目指すより、4人が合わさった方が効率が高い」—この発想が私たちの強みです。実際、8時間フルタイムのスタッフ1人より、2時間×4人の方が生産性が30%以上高いケースもあります。それぞれが得意な分野で力を発揮し、チームとして機能するからです。

チームを円滑に運営するために「クレド」という行動指針も作りました。「人の悪口は言わない」「困ったことはすぐに相談する」「お互いの多様性を認め合う」など、チームワークを成り立たせるための約束ごとです。おかげで設立5年を経た今でも、離職者はほとんど出ていません。

コロナ禍で証明された価値とデジタル活用

2020年、コロナ禍は私たちに大きな試練をもたらしました。子育て女性が9割を占める組織として、学校の一斉休校や家族のケアで仕事を続けられなくなるリスクは深刻でした。

「働くを止めるな」というミッションを掲げ、在宅で仕事ができる環境づくりを急ピッチで進めました。全員にノートパソコンを配布し、Google WorkspaceやZoom、チャットツールなどを導入。オンラインでの情報共有や報告の仕組みを整えた結果、在宅勤務の比率は8%から85%へと劇的に上昇しました。

あるスタッフは、「子どもの急な発熱でも、仕事を諦めなくていい。家で看病しながら短時間でも働けることが、精神的な安心感になる」と話します。

驚くべきことに、コロナ禍でも私たちの事業は成長を続けました。支援を必要とする企業に対して業務を止めることなくサポートを続けられたことで信頼を得て、顧客数は3倍、売上も3倍に増加。「ケイリーさんの仕事は止まらない」という評価は、さらなる事業機会につながりました。

一方で、福島県内の7割の企業はコロナ後もリモートワークを導入できていません。この差が、私たちの働き方の価値を証明することになりました。

「小さなDX」から始める変革と予想外の効果

私たちが取り組む「小さなDX」(デジタル活用)は、高額な投資なしでも始められます。最初の一歩はGoogleアカウントを全員が持つことから。そこから少しずつ、業務に合わせたツールを導入していきました。

ただし、デジタルツールを入れれば終わりではありません。オンラインでの雑談の機会や、定期的な1対1の面談など、人間関係を大切にする工夫も欠かせません。特に入社から間もないスタッフには、月1回の面談を実施し、早期に悩みをキャッチするようにしています。

リモートワークは思わぬ良い効果ももたらしました。自宅で仕事をするメンバーの横で、子どもたちが母親の働く姿を見るようになったのです。

「料理をするお母さんしか知らなかった娘が、パソコンで仕事をする私の姿を見て『かっこいい』と言ってくれたんです。将来の自分のキャリアに希望を持つきっかけになったみたい」と、あるスタッフは嬉しそうに話します。

地域全体を変える取り組みへの広がり

設立当初は自社内での働き方改革からスタートしましたが、今では他企業の採用・育成支援や、働く人のキャリア支援にも取り組んでいます。これまで100社以上の企業と連携し、230名以上の個人にキャリア支援を提供してきました。

昨年11月には福島県白河市でジョブフェアを開催。このイベントは通常の採用マッチングとは異なり、企業と求職者の相互理解を深める対話の場として設計しました。

参加した企業からは「時短勤務でもこんなに活躍できるなんて思わなかった」「在宅勤務を導入するきっかけになった」という声が聞かれ、実際に40%の企業で参加者が入社するという成果も生まれました。

ある参加企業の人事担当者は、「これまで8時間勤務が当たり前だと思っていたが、業務の切り分けやデジタル活用で短時間勤務を可能にする仕組みづくりを学んだ。導入後は、以前よりも定着率が上がり、働き続けやすい環境づくりにつながっていると実感している」と話します。

カラフルな働き方が創る未来へ

震災後、「豊かに住み続けられる幸福度の高い地域」を本気で作りたいと思い、カラフルな働き方を広げる取り組みを続けてきました。社員満足度調査では「働きやすさ」「働きがい」ともに5段階評価で平均4.5以上を維持しています。

福島は「課題先進地」と呼ばれますが、震災を乗り越えた私たちのような小さな企業でも、柔軟さと実行力で大きな変化を生み出せることを証明できたと思います。

モノクロだった世界を知っているからこそ、私たちはカラフルな働き方を目指しています。一人ひとりが自分らしく輝ける社会は、決して夢ではありません。2時間からの働き方という小さな一歩が、地方を、そして日本を変えていく—そう信じて挑戦を続けていきます。

「課題を希望に変えて、福島から未来へつなぐ」。これからも私たちの取り組みは続きます。

7/16-17開催

日本DX大賞

日本DX大賞2025 サミット&アワード

DXの”その先”を拓く、2日間。

📅 7月16日(水)・17日(木)📍 渋谷ストリームホール&オンライン|🎫 参加無料

DX推進の実践者が集い、成功も失敗も分かち合う交流の場。ファイナリストによるパネルディスカッション、多彩な部門別セッション、ネットワーキングを通じて、明日から使える実践知を持ち帰れます。