猛暑や大型台風、豪雨災害などによる甚大な被害。気候変動はすでに私たちの生活に大きな影響をあたえています。原因といわれている温室効果ガスの削減は、全世界規模で対処すべき課題です。日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」に挑戦し、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。今回は、日本だけではなく、世界での取り組みを迫られている「カーボンニュートラル」について解説します。
カーボンニュートラルとは?言葉の意味を理解しよう
カーボンニュートラルとは「二酸化炭素の排出量をゼロにする」概念のことです。
人間活動によって生み出される温室効果ガスには、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロンガスがあります。そのなかで、地球温暖化に及ぼす影響が最も大きいのは二酸化炭素(カーボン。CO2)です。
二酸化炭素は、私たちの呼吸だけでなく、石炭や石油の消費、セメントの生産などにより大気中に放出されます。くわえて二酸化炭素を酸素に変換する森林は年々減少しており、結果的に温室効果ガスの排出量は年々増え続けているのです。
しかし、人間が生きていく上で、電力の発電や消費などは欠かせません。二酸化炭素などの温室効果ガスの排出をゼロ、つまり「カーボンフリー」は、現実的には不可能ともいえます。そこで、温室効果ガスの排出はできる限り控えつつ、排出せざるを得なかった分については、排出量と同じ量を森林などによって「吸収」または「除去」することで、差し引きゼロ、正味ゼロ(ネットゼロ)を目指しましょう、というのがカーボンニュートラルの考え方です。
現在の日本では、電力で4.5億トン、運輸関連で2.0億トン、産業関連で3.0億トン、家庭やお店などで1.1億トンのCO2が排出(2018年)されています。合計で10.6億トンです。カーボンニュートラルには、省エネルギーを心がけつつ、二酸化炭素の排出量が少ない再生可能エネルギーを最大限導入することが必要です。
いつまでにカーボンニュートラルをするのか?
2020年から運用開始となった「パリ協定」。気候変動問題に関する国際的な枠組みです。その中では、平均気温上昇を、産業革命以前に比べて「2℃より十分低く保つ」(2℃目標)とし「1.5℃に抑える」という努力目標が掲げられています。
この目標を達成するためには「2050年近辺までのカーボンニュートラルが必要」という報告がなされました。そこで、日本を含む124か国と1地域は、2050年までのカーボンニュートラル実現を表明しています。これらの国で世界全体のCO2排出量に占める割合は37.7%です。カーボンニュートラルは日本だけの問題ではなく、世界的な潮流なのです。
カーボンオフセットとの違いは?
「カーボンオフセット」は「カーボンニュートラル」より前の、温室効果ガス削減にむけた取り組みの考え方です。
いずれにしてもまずは「CO2等の温室効果ガスを減らす」ことが大前提となっています。
違いは、削減しても排出されてしまう二酸化炭素をどうするかというところです。
「オフセット」には「埋め合わせる」という意味があります。カーボンオフセットは、排出してしまった温室効果ガスについては、その削減活動に投資することで埋め合わせるという考え方です。しかし、投資した削減活動が、実質的な温室効果ガスの削減に結びついていないことなども指摘されていました。
そこで、従来の「カーボンオフセット」の取組を更に進め、排出量の全量をオフセットしようと生まれたのが「カーボンニュートラル」の考え方。つまり「カーボンニュートラル」は「カーボンオフセット」の進化版ともいえます。
カーボンニュートラルが企業に与える影響
カーボンニュートラルは、日本企業における共通目標として認識されています。
帝国データバンクがまとめた「温室効果ガス排出抑制に対する企業の意識調査」によると、
温室効果ガスの排出抑制にすでに取り組んでいる企業はすでに82.6%。ほとんどの企業が環境に対する取り組みをしていると見て良いでしょう。
しかし、「2050年カーボンニュートラル」目標の日本全体における達成可能性に対しては、「達成可能」と考える企業が15.8%。43.4%が「達成は困難」、さらに17.9%が「達成できない」と考えていることがわかりました。
出典:帝国データバンク 温室効果ガス排出抑制に対する企業の意識調査
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p210107.html
世界的な流れでは、環境(Environment)や社会(Social)、企業統治(Governance)を考慮して投資を行う「ESG投資」の概念が拡大しています。
いくら画期的な商品やサービスだったとしても、環境をなおざりにしたものでは事業資金を調達することは難しくなるでしょう。これからも企業が存続するためには、環境問題を避けて通ることはできません。
企業も生き残りをかけて「カーボンニュートラル」を目指す必要に迫られてます。逆に、カーボンニュートラルを目指すことで勝機をつかみ、グローバルに発展する企業が出てくるチャンスの時期ともいえるでしょう。
カーボンニュートラルの日本における取り組み事例
「カーボンニュートラル」が宣言されたのは2020年10月。現在はその移行期間であり、「カーボンニュートラル社会の実現に向けて必要な技術は何か」を模索している現状です。これまでも温室効果ガスの削減については「カーボンオフセット」として国と企業で取り組まれており、さらなる強化が求められます。ここでは、カーボンニュートラルを目指すために、日本で行われている取り組み事例を見ていきましょう。
(1)自動車業界
カーボンニュートラルの関連報道で一番良く見かけるのは自動車関連ではないでしょうか。政府がカーボンニュートラル実現にむけて掲げた「グリーン成長戦略」において、自動車・蓄電池産業では「30年代半ばまでに乗用車新車販売で電動車100%を実現」と記載されています。
トヨタでは、2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、電動車のフルラインアップを進めています。2020年末までに乗用車と商用車を合わせてハイブリッド車(HEV)45車種、プラグインハイブリッド車(PHEV)4車種、EV4車種、燃料電池車(FCEV)2車種をラインアップし、すでに195万台を販売しました。これに加えて、新しい「カーボンニュートラル燃料」を活用するなど、日本で培われてきた優れた環境技術、省エネ技術を「複合技術」として組み合わせることで、既存のインフラや中古車・規範車を含めた全てのクルマ、船や飛行機などでのCO2 削減をはかると表明しています。
確かに、車の種類をEVやHVに変えるだけでは、生産・廃棄におけるCO2排出も心配です。“CO2を排出しない燃料” という考えも組み合わせることで、より広い視点でCO2削減に取り組むことで、結果的にカーボンニュートラルを目指す取り組みを進めていくというのは非常に合理的な考えではないでしょうか。
参考
トヨタ、2050 年カーボンニュートラルに向けたチャレンジ
https://global.toyota/pages/global_toyota/sustainability/esg/environmental/carbon_neutrality_jp.pdf
トヨタイムズ「カーボンニュートラルへの“大切な順番”とは 自工会・豊田会長メッセージ」
https://toyotatimes.jp/insidetoyota/136.html?padid=ag478_from_pickup
トヨタイムズ「CO2と雇用の関係 豊田章男の危機感」
https://toyotatimes.jp/insidetoyota/130.html
(2)ゼロカーボンシティ実現に向けてのスマートシティの取組
都市が抱える問題に対し、テクノロジーを利用して解決をはかる「スマートシティ」。「スマートシティ」とは、これまでの都市生活では当たり前だった大量消費と大量廃棄をやめ、徹底した省エネルギーや資源のリサイクル、そして再生可能エネルギーの利用を行うことを目指すものです。
例えば、2010年に経済産業省に「次世代エネルギー・社会システム実証地域」に選定された横浜市。市とエネルギー関連会社、建設会社など34社が連携してHEMS、太陽光パネル、電気自動車などを導入し、2014年までにCO2排出量の29パーセント削減や省エネ率17パーセントを達成しました。
他にも、京都府や千葉県、長野県や福岡県、沖縄県など、各地で個別の課題において先端技術を使って取り組んでいくという試みがなされています。
2020年5月には「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律(通称・スーパーシティ法案)」が成立。スーパーシティに選定された自治体へは規制緩和や税制優遇などの国の支援が受けられるようになりました。
また、2050年二酸化炭素実質排出量ゼロに取り組むことを表明した地方公共団体が増えつつあります。
環境省:地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況
https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html
参考:
経済産業省 資源エネルギー庁 スマートコミュニティ実証について
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/smart_community/community.html
企業はカーボンニュートラルに対して何をしたら良いのか?
「カーボンニュートラルを目指そう」といきなり掲げても、話が大きすぎると思われるかもしれません。しかし、身近なところからカーボンニュートラルに取り組むことは可能です。それは、現在盛んに言われている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。具体的に何をするかについて説明しましょう。
(1)設備の入れ替え時に省エネタイプを選択
環境への取り組みというと、まず「省エネ」が思い浮かびます。オフィスのエアコン使用を控えたり、離席時にPCの電源を切るなどの施策を実施している企業も多いでしょう。
照明や空調、PC、プリンタなど、オフィスでは電力を使用する機器が多くあります。より省エネタイプのものを入れ替え時に選択することで、電力消費を抑え、かつCO2削減に繋げる事が可能です。
(2)ペーパーレスへの取り組み
次に考えたいのが「ペーパーレス」への取り組みです。
ペーパーレスというと、PCやタブレットの画面で文書を見るため「電力消費が……」と思われるかもしれません。
しかし、紙を作り、シュレッダーにかけ、ゴミとして燃やす際のエネルギー消費と比べて、PCやタブレットを使うエネルギーを考えると、前者の方が温室効果ガスを多く排出します。カーボンニュートラルを目指すときに考えたいのは「どちらの方法がより温室効果ガスの排出を抑えられるか」ということです。
ペーパーレス化に伴い、業務の見直しやシステムの刷新を行うことで、結果的に業務効率化にもなります。
(3)テレワークの実施
ペーパーレスの次に取り組みたいのは「テレワーク」です。
PCを利用して電力を消費するテレワークは、環境問題から遠いように感じされるかもしれません。
しかし、オフィスに出勤して仕事をするためには、通勤時の電車やバスなどの公共交通機関利用、あるいはマイカー利用をしているのではないでしょうか。従業員の移動そのものがエネルギーを消費している上に、オフィスでの空調・PC・照明などの電力消費があります。
テレワークにおける自宅での電力消費と比べて考えると、どちらがエネルギーを消費してい
るかは明らかです。
テレワークのメリットはそれだけではありません。これまで、育児や介護などで出勤やフルタイム勤務が難しかった人材の活用にもつながるほか、コロナ禍のような災害時であっても、業務を続けられる体制を作ることができるため、リスク対策にもなります。
全面テレワークというのは難しいですが、部署やグループ単位でテスト的に行ったり、週に何回かの実施をローテションで回すなどして身近なところから取り組みをはじめてみましょう。
(4)オフィススペースの削減
テレワークが制度的に整ってきたら、オフィススペースの削減に取り組みましょう。
オフィスのスペースを削減すれば、照明や空調などに使う電力が減るだけでなく、家賃という固定費の削減にもつながります。
まとめ
カーボンニュートラルは、遠い世界の話ではありません。
すでに、日本を含む124カ国と1地域が「2050年カーボンニュートラル」を表明しています。しかし、CO2を排出する石油や天然ガスといった化石燃料の使用量を減らし、バイオ燃料や再エネ比率を高めようという動きが進むほど、電気の供給が安定しないため電気料金の高額化が避けられないという矛盾もあります。
目の前の手間ではなく、大局を見て経営と環境の両立をはかることが、これからの時流を生き延びるカギになるでしょう。