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ドキュメンタリー・レポート ~ 石川銀行破綻の爪跡 ~ 1

コラム・連載

1.  出会い

「借入金の返済がしんどくて困っているらしいので、相談に乗ってやってくれ」

知人からそう言われて、北陸地方で銭湯を経営している M 社長と初めてお会いしたのは、
平成 21 年 3 月 5 日のことだった。

M 社長の実家は、祖父の代から銭湯を営んでおりその歴史は 100 年になる。M 社長に
なってからも、既に 30年 近く、順調に家業を続けていた。

2.  石川銀行の破綻

平成 13 年 12 月 28 日、石川銀行が経営破綻した。金融庁の検査で貸出金を厳格に査定
された結果、自己資本比率が国内銀行の最低基準である 4% を下回ったためである。
破綻の一年前からは、行員たちは何とか自己資本を増強しようと奔走し、取引先を廻り株の
購入を強引に迫ったそうで、M 社長のところも、娘さんの結婚資金の数千万円が紙くずにな
ったそうである。返還を求めて 9 年経った現在も係争中である。

石川銀行の当時の頭取は、英会話学校 NOVA (平成 19 年 10 月経営破綻) の経営者、
猿橋望 (平成 21 年 8 月、実刑判決確定) に対しても、「頭取でも何でも好きなポジション
を差し上げますので、70 億円を貸して下さい」と懇願したそうである (「銀行の墓碑銘」有森
隆著 講談社)。

M 社長の債務 5 億円は、結局整理回収機構に移管された。
「一度も返済を滞らせていないのに」と驚いたそうである。何も不義理をしていなかったのに、
いきなり整理回収機構送りにされたのだから、無理もない。これは、破綻した平成 13 年には、
「私的整理ガイドライン」が策定され、またその前年には民事再生法が施行されるなどして、
「10 年以内の償還」というモノサシが銀行界の常識となっていたからである。

3.  木村剛への再生相談

整理回収機構から 10 年以内での返済を求められた M 社長は困り果てた。今までは
20 年、30 年のつもりで返済していたのであるから、返済額が 2 倍 3 倍になった訳で、
当然返済が出来ない。同様に整理回収機構送りになったモーテル経営者の中に、木村
剛 (日本振興銀行元会長・本年 7 月検査忌避容疑で逮捕) を知っている者がおり、機構
送りになった10 社ほどで相談に行くことになった。日本銀行を辞めて金融コンサル会社
(以下、SPC) を経営していた木村の作った再生シナリオは、以下の通りであった。

1. SPC が整理回収機構から債権を買い取る
2. 債権を時価 (返済可能な金額) に引き直し、各社に請求 (返済期間 10 年)
3. 時価を超える部分は、放棄すると免除益課税が発生するので、劣後債権として残す
(11 年目から返済)

4.  相談の背景

知人の事務所に入ってきた M 社長は、ファイル 1 冊分の SPC との契約関係の書類を
拡げ始めた。

「4 年前に事業再生をしてもらった結果、借金が圧縮されてとても感謝している」
「けれども最近では売上が落ちて、返済がしんどい」
「何とか借り換えをして SPC から卒業したい」

要するに、5 億円の借入金の時価が 1 億 20 百万円になり、それを当初 10 年で返済する
予定だったものがしんどくなった、借り換えをして再度 10 年程度で返済をしたい (既に 4 年
経過していたので、14年 返済に組み直すようなもの) ということらしかった。

(次回に続く)

 

NPO法人 西日本事業支援機構

http://www.npo-shien.org/

アドバイザー 寺島健二

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