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眞柄旭山動物園が全国的に注目されてから、動物舎などハードウェアの設計図はオープンにされていますね。しかし同じハードを使っても、展示内容が同じになるわけではありません。そこはソフトウェアの問題です。つまり、動物園の基本コンセプトや働く人たちのマインドが、細かい部分で違いとなって表れる。企業の製品やサービスでも、一見するとわずかな差なのに、背景にある意味がまるで違うことがあります。 小菅大切なことは、飼育係がどんな思いで動物たちと接しているか、動物たちの何をお客さまに伝えたいのか。動物園のハードウェアを活かすのは、結局は動物であり、飼育係というスタッフですから。 眞柄まったく同じ設備で動物園をつくったとしても、それは旭山動物園にはなりませんね。初めはハードウェアのおもしろさに目がいきますが、あの奇抜な設備も、飼育係の思いがあって生まれてきたものです。その思いがないと、施設を活かすこともできない。動物との接点や研究の蓄積が原点なのだとよくわかります。 小菅動物本来の暮らしは、私が研究した生殖にもかかわります。オランウータンは「空中散歩」の施設があるだけで、自然な暮らしにぐっと近づきます。すると、「さぁ、子どもをつくろうか」という気持ちにもなるのです。 オランウータンの繁殖はそれほど頻繁にはないのに、今年は2頭目の子どもが生まれました。先に生まれた長女が、お母さんのお手伝いをする姿もみられます。そうやって命をつないでいくのです。 塔と塔のあいだを行き来し、エサを取りに行くというだけであれだけ活動的になる。自分たちのやりたいことができるという満足感から暮らしが楽しくなり、繁殖していくのでしょう。 眞柄小菅園長は飼育と研究に明け暮れた時期があり、その経験を活かして運営に取り組んでこられました。その小菅園長からみて、動物園の役割とは何でしょうか。 小菅人間に対する役割は、単純に考えています。動物園にきたお客さまがみんな笑っている。これがすべてです。 動物の前にくると、なぜ人間は顔の表情がゆるむのか。ここに理由はいりません。多くの人は動物園にくるとリラックスした気分になります。 動物園の歴史は古く、紀元前1050年ごろの中国では、「知識の園」という名で珍しい動物をたくさん飼育し、みんなで見物していたという記録が残っています。古代ギリシアの哲学者アリストテレスも、動物園で動物の生態を観察しています。それぞれの文明で動物園が発生したということは、人間社会に動物園は必要不可欠なものだということでしょう。 人間は大昔に、自分たちが住んでいた森を捨て、野生を捨て、他の生き物と関係をどんどん断ってきました。古代の都市国家の起源は、他国から身を守ること以前に、野生動物から身を守ることだったのではないでしょうか。 自然の状態では、さまざまな生き物と交流をもちます。その交流がだんだんできなくなると、人間の動物としての心に歪みが生じてきます。ヨーロッパなどの古い街では、たいてい都市の真ん中に動物園と植物園があります。昔からみんな、人間社会に疲れたらそこでリラックスしたのだと思います。 人間社会で崩れつつある心は、自然に帰ることで回復するしかありません。だから、いまも動物園に来るとみなさんの表情がやわらいで笑顔になるのだと思いますね。 眞柄リラックスやリフレッシュの作用はたしかにありますね。 小菅動物園にはもう一方で、動物たちに対する役割があります。環境破壊は最終的に人間も被害者になるでしょうが、現時点でいちばんの被害者は動物たちです。たとえば、ホッキョクグマは現在2万頭が生息するだけです。地球上にたったそれだけ。人間が2万人といったら村の規模ですよ。 動物園はもともと人間のためにつくられた施設ですが、これからは絶滅の危機に瀕している動物たちの避難場所として活用すべきです。緊急避難が必要な動物はたくさんいます。 眞柄しかも「共生展示」や「行動展示」のように、できるだけ自然に近い姿で残しておくと。
小菅過去に「種の保存」と称してやってきたことの多くは、その種の命を継続させることだけが目的でした。その動物が生きるために培ってきた文化までは継承されていません。動物の暮らしにある文化とは生き方そのものです。 いまはまだ地球の人口は増加中ですが、もし数百年後に人類の数が減りはじめ、自然が少しずつ復元されたときにどうするのか。おそらく、避難所だった動物園から、生きながらえた多くの生き物が野生へ帰されるでしょう。そのときに命だけ帰しても、彼らは生きていけません。文化も一緒に維持しておかないと野生に帰れないのです。 眞柄旭山動物園では人工保育をやらないそうですが、そういう意味があるのですね。 小菅動物たちが彼ら自身の文化で子どもを産み育て、それによって継続される個体群でなければいけないということです。肉体の保存だけでなく、文化の保存も大切にする。それが人間にとって、地球に対する恩返しだと思っています。 このまま世界の人口が増えつづけたら、世界的な食糧難を迎えます。そのときに必ず「ゾウと人間、どっちが大事か」という議論が起こるでしょう。ゾウに食べさせるものがない。ゾウが生きられる環境を壊す。あるいは、ゾウを食べるかもしれません。いまだってゴリラは食べられていますからね。 眞柄そういう時代を迎える前に、避難所をつくっておく必要があると。 小菅動物たちを避難させておけば、いずれは環境が回復したときに、世界中の動物園から生き物たちを野生に帰せるかもしれません。もしそれができなければ、人類も一緒に滅びるでしょう。 それが500年後になるか、1000年後になるかはわかりませんが、その状況を迎えたときに私たちの仕事は初めて評価されると思っています。うちのスタッフにも「僕たちの仕事は500年後に評価されるよ」と話しています。その使命感と目標がないかぎり、動物園を運営してはいけないのだと思いますね。 眞柄遠くにビジョンを置きながら、ミッションは明確でしかも高潔さを感じます。年間300万人が訪れる旭山動物園が、たった28人のスタッフで運営されていると聞いて驚きましたが、チームの結束力と知恵があるからできることでしょうね。 小菅広さはこのままでいいですが、スタッフは4倍ぐらい増やしたいところです。私が理想とする動物園のイメージは、まだ半分も実現されていませんから。 動物の説明にしても、結局は人間対人間、手渡し口渡しで伝えるのが最も効果的です。きれいな看板に書かれた解説は、動物の生態は理解できても、感動を与えないし、記憶に残らないでしょう。飼育係と目を合わせ、動物を前にして「こうですよ」と説明されたことは強く印象に残ります。 それが動物園で働く者の仕事です。自分たちの活動が、結果的には野生動物のためになり、人類のためになるという信念から出発しているのです。 眞柄ファイス・トゥ・フェイスの解説ではありませんが、旭山動物園のサイトからは、飼育係の方々が手づくりした雰囲気が伝わってきます。動物の生態についてよくわかると評判は高いですね。 小菅サイトの製作も、外部の会社に委託していたら別のものになるでしょう。オランウータンの赤ちゃんが生まれたら、その日の夕方にはヘソの緒がついた写真が掲載されます。スタッフの説明を聞いてもらうには人数には限界がありますから、インターネットを使ったリアルタイムの情報発信は活用していきたいですね。 スタッフに1つ注意しているのは、発信する情報を選別しないことです。生まれたら生まれたと発表し、死んだら死んだと発表する。「こんなことを発表したらやりすぎではないか」と考えだした瞬間から、本当のことを伝えられなくなります。とにかく事実はすべて発表します。 眞柄いまの日本には「死」を隠す風潮がありますね。お年寄りの多くは病院で亡くなり、子どもたちは死の瞬間に立ち会うことが減りました。死に対する現実感は失われていますね。 小菅私の祖母は、私の手を握りながら息を引き取りました。そうした経験で、生き物が死ぬと取り返しがつかないと知るわけです。生活のなかに死がないと、ヘンな妄想ばかりふくらむことでしょう。他人の死をみないから、自分の死も正しく想像できません。 生き物は最期の瞬間までとにかく生きようとします。あの姿をみれば、死ぬことがどれだけ大変かわかるはずです。
眞柄旭山動物園では動物が死ぬと、記者発表したり、「忌中」の貼り紙を出したりしますね。赤ちゃんの誕生と同じように、動物の死も大きくクローズアップします。いまおっしゃられた考え方が背景にあったわけですね。 最後になりますが、小菅園長の夢は何でしょうか。 小菅夢はやはり旭山動物園ですね。この動物園が千年後、1万年後も存続し、子どもたち、大人たち、そして動物たちに喜ばれているのがいちばんですね。 眞柄小菅園長のお話には、ミッションの定め方、ビジョンづくりや目標設定、あるいは顧客満足やマーケティングなど、ビジネスに役立つ示唆に数多く含まれていたと思います。本日はありがとうございました。
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