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眞柄ところで山本さんは、宮沢喜一さんが大蔵大臣を務められていたときに秘書官をされていましたね。政治家を志すようになったのは、そのころからですか?
山本政治家になろうと思ったのは、小学生のときです。 当時はまだテレビ番組が少なくて、国会中継をよく観ていました。池田勇人さんが所得倍増計画をぶち上げられたり、誰かの失言で国会が解散したりというのを見ていて、「これはおもしろそうだな。ぼくも大きくなったら、政治家になってみたいな」と。それが原点です。 眞柄それは早いですね。でも、大学卒業後は大蔵省(当時)に入省された。 山本そうです。これは母親の影響が大きかったですね。いつも私に、「世のため、人のために役に立つ人間になりなさい」と言っていましたから。 私の家族は満州からの引き揚げ組で、私を含めて子どもが7人もいましたから、経済的には苦しかったですね。父がシベリアに抑留されていたこともあって、母は相当苦労したと思います。それでも地元の婦人会に参加するなど、社会的な活動を一生懸命していました。 そんな母を見て育ったので、私も世の中のために役に立ちたいと思っていました。大学を卒業するときにいろいろ考えたのですが、役人になれば社会に貢献できるのではないかという思いがありました。 もう1つ、役人になったら外国に行けるという考えもありました。高校時代、小田実さんの著書『何でも見てやろう』に触発されて、どうしても外国に行きたいと思っていました。当時は簡単に海外旅行ができる時代ではなかったのですが、役人になれば留学させてくれると聞いていましたので(笑)。 眞柄実際、大蔵省からアメリカのコーネル大学に留学してMBAを取得されていますね。海外に行かれたのは、このときが初めてですか。 山本いえ、大学時代に国際親善大使として2カ月間アメリカに行きました。国際生活体験委員会という組織の試験に通り、デラウェア州のウイルミントンで過ごす機会をいただきました。 もう、カルチャーショックの連続でしたね。最初に驚いたのはお湯ですね。お湯はヤカンでわかすものだと思っていたのに、アメリカではスイッチを押すだけでお湯が出てくる。トイレはすべて水洗だし、日本ではまだ珍しかったグレープフルーツ・ジュースはいくらでもあるし、摩天楼のようなビルがたくさんあって、そのあいだをキャデラックのような大きな車が走っている。 最後に3日間かけてバスで大陸を横断したのですが、アメリカの圧倒的な力に強烈な印象を受けましたね。 同時に人々の寛容さにも感動しました。日本から来た学生を、普通の家庭の人たちが引き受けて面倒を見てくれました。 眞柄なるほど。「世の中のためになれ」というお母さんと、アメリカでのご経験。さまざまなものが山本さんの政治家としての姿勢にも影響を与えているんでしょうね。 山本私の政治信条は「政治は弱い者のためにある」ですが、これはやはり母の影響が大きいと思います。もう1つは大学(東京大学)で経済学を勉強したことですね。
実は大学に入学したときには理系(理科T類)でした。そのころは数学ができる人は理系に進むという風潮があったのと、朝永振一郎さんがノーベル物理学賞を取られた(1965年)ころだったので、「自分もノーベル賞を目指そう」と。 ところがいざ大学に入ってみると、まわりはものすごく数学ができる人ばかりですぐにあきらめました(笑)。そこで文系に転向したのですが、とくに経済学がおもしろかった。自由経済のもとでは強い者はますます富み、弱い者にしわ寄せがいく。そこには政治的に手をさしのべる必要がある――といったことを学んだわけです。 眞柄「弱い者」といえば、最近よく日本も格差社会になってきたといわれます。たしかに年収などで差がつくようになってきているとは思いますが、全体の底上げがなされていれば問題ないのではないかとも思われます。担当副大臣として、山本さんはいかがお考えですか。 山本アメリカ的なグローバルスタンダードの考え方を簡単にいうと、チャンスは平等に与えるけれども、それを活かすも活かさないも個人の責任だ、ということです。私もその点は賛成ですね。何も努力せずに守ってもらおうというのは甘えだと思います。 しかし、最低限の生活は保てるようにセーフティーネットをしっかりしておかなければいけません。その点は政府の仕事としてしっかりと取り組まなければ、社会全体の安定が保てなくなります。 眞柄さんがおっしゃるように、いま日本は格差社会になってきたといわれます。世界的な視点で見ると、日本のそれはまだ格差といえるほどのものではありませんが、国民が不安を抱いていることはたしかです。 それは、この15年間、経済の底上げがストップしていたことが大きいですね。経済が成長しているあいだは最低ラインも引き上げられますが、底上げがストップしてしまうと、下に抜けてしまうという不安が出てきますから。また年金問題などが明らかになって、生活レベルが下がってしまうのではないかという思いが広がっているわけです。 これらを解決するいちばんのカギは、やはり経済全体の底上げですね。日本経済を成長路線にのせることができれば、不安も解消していくと思います。 眞柄毎日ご多忙で息抜きをする時間もないかと思いますが、ご趣味は何でしょうか。 山本これといったものはありませんが、ミュージカルや映画を見るのは大好きですね。毎年ゴールデン・ウィークにはブロードウェイに行きます。「ライオンキング」は4回、「キャッツ」は14回も見ていますよ。 あとはクラシックのコンサートですね。私のスタイルは変わっていて、初めのうちは音楽を聴きながら寝るんです。そうして第3楽章くらいで起きると身も心もすっきりしている。ハーバード大学の研究員としてボストンにいたときには、ボストン・シンフォニー・オーケストラのシーズンチケットを買い、妻とふたりで毎週、小澤征爾の指揮を聴きに行っていました。アメリカ人は親切にも、寝ている僕をつついて起こそうとするので、参ってしまいました。いまはなかなか時間がとれないんですが、これが私のいちばんのリラックス法ですね。 眞柄では最後に、山本さんの夢を教えていただけますか。
山本人間が――障害をもっている人も含めてすべての人々が、自分の可能性を発揮できていると感じられるような社会をつくりたいと思っています。 人にはそれぞれのバックグラウンドがあって、立場も境遇もさまざまです。でも、それぞれの環境のなかで最大限に力を発揮できるようにしたい。それが私にとって理想の日本なのです。 その理想に一歩でも近づくことができなければ、私は死ぬときに後悔するでしょうね。なんのために政治家をやっていたんだ、と。 私は前々回の選挙で落選して非常につらい経験をしましたが、今回、経済産業副大臣というポストをいただくことができました。苦しいときに励まし、支えてくれた方々への恩返しの意味も含めて、理想の社会をつくるために最善を尽くしますよ。 眞柄本日はありがとうございました。 |
2)新北九州空港はアジアのハブとして関西国際空港をしのぐ存在になれる
3)地域や家庭で、大人たちが子どもに愛情を示すことが自殺防止の第一歩
4)誰もが「可能性にチャレンジできている」と実感できる社会をつくりたい
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