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エグゼクティブ対談 【第18回】清宮克幸氏 (サントリー ラグビーフットボール部監督)

子どもたちに夢と憧れを与える強いチームをつくり、“ラグビー道”を邁進する(2/3)

よき先輩だった奥克彦大使が「ULTIMATE CRUSH」の生みの親

眞柄「ULTIMATE CRUSH」のスローガンをつくる際は、03年11月にイラクで不慮の死を遂げた外交官の奥克彦大使(故人/井ノ上正盛一等書記官と共に北部イラク支援会議に向かう途上で銃撃され殉職)に協力してもらったそうですね。

清宮02年にイギリス遠征に出かけたとき、ロンドンの日本大使館に赴任したばかりの奥さんと一緒につくりました。遠征前に僕の思い描くチーム像をメールで伝え、奥さんにそのチーム像に合う英語のスローガンを考えてもらいました。

 初めはオックスフォードのホテルで5時間ほどかけて30個ほど出してもらいましたが、どれもピンとこなかった。次はケンブリッジのホテルで1時間ほどやったところで、奥さんの口から「ULTIMATE CRUSH」が出て「これだ!」と決まりました。

眞柄奥さんは学生時代、早稲田のラグビー部に所属されていましたが、外交官を目指すために途中で退部された。それだけにラグビーへの想いが強かったと伺っています。いろんな方からお話を聞くにつけ、本当に素晴らしい方が、日の丸を背負って頑張っておられたのだということがわかります。実に残念ですね。

清宮僕らもそうですが、学生たちは海外遠征などでたいへんお世話になりました。その奥さんを直接知る世代も今年でみんな卒業しました。

眞柄清宮さんにとって奥元大使はどんな方だったのでしょうか。

清宮よき先輩であり、よき兄貴であり、よき仲間でした。ただ、あの事件のあとは、よきライバルという存在になっています。

眞柄ライバルですか?

清宮そう呼ぶのはおかしいかもしれませんが、つねに僕を叱咤激励してくれているような存在です。いまも時折「お前、それでいいのか」と声をかけてくれている気がします。

眞柄「奥さんが生きていたら、きっとこう言われるだろうな」と。

清宮そうですね。亡くなられて2年たちますが、そのイメージはだんだん膨らんできています。きっと僕がいろいろな場で、奥さんについて話しているからでしょうね。耳元でよく「お前それで全開かよ、妥協してるんじゃないの?」とか「それじゃ、面白くないだろ」と叱咤されるんです。

眞柄そこまで清宮さんの中に強く残っているということは、オープンに何でも話し合えるお付き合いだったんでしょうね。

清宮僕はこの先10年で自分なりの「ラグビー道」を築こうと考えているのですが、ある時点でそう決意したのも奥さんの影響がかなりあると思います。

眞柄「奥・井ノ上イラク子ども基金」は、清宮さんが代表発起人として設立され、政財界、教育界、スポーツ界、マスコミ界から錚々たる方々が発起人に名を連ねています。この基金で築かれた人脈は清宮さんにとって貴重な財産ですね。

清宮奥さんのおかげでたくさんの新しい仲間ができました。ここでもまた奥さんの世話になったという気がします。せっかくのご縁をどう広げて活動していくか、それがいまの大きな課題です。

自分の言葉で語りかけ正面からぶつかり合う

眞柄スポーツでもビジネスでも、組織運営で重要なことの1つに質の高いコミュニケーションがあります。学生たち、スタッフたちとのコミュニケーションでとくに心がけたことは何でしょうか?

清宮自分の言葉で話す、正直に話す。結局は、本音で接するのが一番伝わりますね。他人の言葉を借りてきたり、つくりごとを話したりするのはダメですよ。

 早稲田の5年間で強く心に残っているのは、学生たちと正面からぶつかり合った場面なんです。僕が相手を傷つけたり、互いに罵りあったり。でも、すべて僕の本音でした。

 たとえば、こんなことがありました。ある2年生に対して、試合のことよりチームのために働くように言いつけたら、「嫌です。僕は試合で赤黒ジャージを着るために早稲田のラグビー部に入ったんです」と反抗したんですね。こちらもカッときて「お前は、赤黒ジャージなんて絶対に着られないんだ!」と怒鳴ったんですよ。

眞柄監督にそう言われたら、学生からすると死刑宣告みたいなものでしょうね。

清宮その学生はショックを受けて、泣いたらしいですね。そしたら後で4年生たちが僕のところへきて「清宮さん、彼に謝ってください」と言うんです。僕は「嫌だよ、そんなの。おれは本気でそう思って言ったんだから謝らない」と突っぱねた。4年生たちは動揺していましたね。

 後で聞いたら、どんな経緯があったかは省略されて、僕が怒鳴ったひと言だけが部内で伝わっていたようです。

眞柄マスコミの伝え方みたいですね(笑)。話の前後が飛んでしまっている。

清宮僕はそれでも言い訳しませんでした。ところが2年後の春、4年生になった彼は赤黒ジャージを着て試合に出たんです。このとき僕は初めて彼に謝りました。怒鳴った時から、彼が本当に赤黒ジャージを着たら素直に謝ろうと決めていたんです。

 その選手は今年卒業しましたが、僕のところへきて「清宮さん、あのひと言があったから真のラグビー生活を送ることができました。絶対に見返してやろうと思いました。あのひと言がなかったら3年4年でまったく違ったラグビー生活を送ったでしょう」と言ってました。

眞柄彼が赤黒ジャージを着たときは、清宮さんも感動したでしょう。

清宮そうですね。4年では信頼の厚いプレーヤーになっていましたから。

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対談目次

1)強い組織をつくるためにも新たな戦いの場を設定する

2)的確で強いチームスローガンがメンバー共通の方向性を与える

3)よき先輩だった奥克彦大使が「ULTIMATE CRUSH」の生みの親

4)自分の言葉で語りかけ正面からぶつかり合う

5)社会貢献への責任感とワセダクラブの設立

6)戦う姿勢を生み出す意識と意識を生み出す言葉

7)10年後のビジョンにむけて 「ラグビー道」を歩む

ゲスト:清宮克幸氏
サントリー ラグビーフットボール部監督

プロフィール

聞き手:眞柄泰利
マイクロソフト株式会社

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