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エグゼクティブ対談 【第11回】久保田裕
(社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会 専務理事・事務局長)

ソフトウェア、コンテンツの著作権を守ることでIT業界の発展に寄与する(3/4)

1人ひとりが「情報モラル」をもたなければ高度情報化社会が無法地帯になってしまう

眞柄ところで、コンピュータソフトウェア著作権協会は「情報モラル」の重要性も訴えられています。先日、原子力発電所に関する内部情報がM重工業の協力会社社員のパソコンにファイル交換ソフトが入っていた為にインターネットに流出するという事件がありましたが、ネットを通じて音楽や文献などが居ながらにして手に入るという便利さと引き替えに、大きな問題も多発するようになってきました。まさにユーザーのモラルが問われているわけですね。

「情報」は、1人ひとりが正しく認識し、理解して、バランスよく情報を発信し、受信する。その結果、いわゆるeデモクラシーも現実になる。

久保田違法コピーや情報漏洩はモラルの問題ではなく、ルール違反ですから刑罰や民事上損害賠償を受けます。まだ、法律が制定されていない場合において道徳的な規範として人々を律するのがモラルです。従って、モラルは国や行政機関が上から植え付けるものではなく、草の根的に下から醸成されていくものだと考えています。

 本格的に到来しつつあるデジタル化社会、高度情報化社会は、いまだ法も規範もマナーも確立されていません。いわば無法状態なわけですが、だからといって他人に害悪を与えるような情報を流したりしていいわけはありません。また、情報の信ぴょう性を確保しながら、情報をいかに評価し、どう扱い、さらに発信していくか、いわゆる「情報リテラシー」を持つことが、いま一人ひとりに求められているんだと思います。

 「情報」にはさまざまな側面があります。例えば、民主主義を担保するために表現の自由があり、その表現された情報が市民の生活を豊かで安全にしていくわけです。「情報」はスポットの当て方によって種々の価値や評価を生みますが、著作権の問題、個人情報の問題、文化や政治に直結する問題などが浮き上がってきますが、これらを1人ひとりが正しく認識し、理解して、バランスよく情報を発信し、受信する。その結果、初めていわゆるeデモクラシーも現実になる。逆に言うと、「情報」をきちんと整理し、理解しなければ、情報に埋没してしまうばかりか、知らず知らずのうちに違法行為を犯したり、社会に害をもたらしたりすることにもなりかねません。

 幸か不幸か、そういうところまでコンピュータとインターネットが発達してきてしまった。ネットワークの世界に入り込んでしまった我々としては、法律の整備を待たずに、もう少し賢くならないと――つまり「モラル」をもたないと、高度情報化社会を楽しく、安全に生きていけないのではないかと思うのです。

眞柄現実の社会では、やって良いこと、いけないことといった基本的なルールは、親などから教えられます。しかし仮想の社会、インターネットの世界では誰もそれを教えてくれない。その自由さがあるから、これだけ多くの人に支持されているという側面はあるのでしょうが、やはりある種のガバナンスは必要ですね。

 たとえば昨年、長崎でネット上の批判合戦が引き金になって殺傷にまで至った悲しい事件が起こりましたが、無法状態のままでは、こうした事件が次々に発生する可能性があると思います。ひとつのカギは仮想社会のなかで誰が責任をもっているんだという定義をすることだと思うんですが、その点でも様々な経験をもつACCSに期待するところは大きいと思います。

 文部科学省でも「情報モラルを教育する」と言っているのに、実際には私の子供もそうした教育は受けていません。中央が言っていることと、現場の先生が理解していることに大きなギャップがあるのです。では、誰がやるのか――と考えたときに、ソフトウェアやコンテンツについてリアルな経験をもっている人にしかできないと思うんです。

久保田まず、国の言う「情報モラル」という言葉自体が抽象的ですね。10年ほど前、当時の文部省が「情報教育の手引き」のなかで「情報モラル」という言葉を使いましたが、その定義はどこにも書かれていなかった。そこで、我々は独自にイメージを作ったのです。

 まず、情報モラルを「高度情報化社会の中で適正に生きていくための姿勢」と捉え、その要素として「知的財産」「個人情報やプライバシー情報」、そして「セキュリティ」といった概念を掲げました。

 モラルの1つにセキュリティをあげることに違和感を覚えられるかもしれません。実際、10年前にこれを発表したときにも批判を受けました。しかし現在では、たとえば他人の情報を預かっている人はセキュリティをかけるのが当然だし、それが不十分で情報が流出してしまったら不法行為に問われます。10年の歳月を経て、「セキュリティ」もモラルの一側面であることが認められるようになってきたわけです。

 さらに、先ほども触れた「情報リテラシー」と「ルールとマナー」を含めて、5つの要素で情報モラルをイメージしました。これらの5つの要素は別々に存在しているわけではなく、実際には複雑に絡まり合っています。木が5本並んでいるけれども、その根っこは複雑にからまり、入り組んでいるようなイメージですね。

 たとえば、学校で子どもが書いた作文を考えてみてください。作文そのものは著作権法で保護される著作物ですが、その学校が公立であれば公文書とみることもできます。作文にその子の家庭のことが書かれていれば、個人情報やプライバシーの問題にも当たります。

 先生がこれをインターネット上で公開してしまえば複製権と公衆送信権さらには人格権侵害である公表権に抵触すると同時に、個人名や住所などをそのまま流出させたとすれば、それも大きな問題になる。我々はコンピュータというまさに“複製加工マシン”とインターネットという世界広場を自由に扱えるようになったわけですが、扱い方を間違えると、想像を絶するような問題を招くわけです。

 マイクロソフトの一商品を世界中に配信してしまうと、どれくらいの損害賠償に問われるかわかりません。また、いったんインターネット上に流出した情報は回収できないので、一時の感情に任せて他人への批判や誹謗中傷などを公開すると、文字通り取り返しのつかないことになります。その時、いったいどうやって責任をとるのか――コンピュータやインターネットを利用する以上、ユーザーの情報社会に参画するための姿勢やたしなみとして、こうした認識はもっていなければならないと思います。

眞柄これだけインターネットが普及しているにもかかわらず、無法地帯でありつづければ、いずれアンコントローラブルになる。人権はもちろん、国家の安全保障も危険にさらされかねませんね。

ネットは自由であることが前提ではありますが、自由であることによって個人や国家の安全性を脅かす可能性があるのならば規制も必要になる

久保田その通りです。繰り返しになりますが、いったんネット上に流出した情報を回収することはできませんから、誰かが他人の著作物を公開してしまうと、その人の著作権は実質的に消滅してしまう。同じように個人情報や国家の機密情報が流出してしまった時、いったい誰が責任をとるのか――政府しかありません。

 もちろん、ネットは自由であることが前提ではありますが、自由であることによって個人や国家の安全性を脅かす可能性があるのならば規制も必要になる。要はバランスの問題だと思うのです。

眞柄そのバランスが、今ちょっと崩れていますね。
匿名性であることを背景に、自由さばかりが前面に出ている。利便性は確保しつつも、安全保障を担保できるようにバランスをとらなければ。

久保田先ほどのM重工業の件が良い例だと思うんですが、ファイル交換というのは非常に便利で優れた技術です。ところがあの事件の場合、ファイル交換をしている人のデータが流出するようなウィルスが仕掛けられていました。

 我々が情報モラルの要素としてセキュリティを入れたように、個人は他人の情報が流出しないように自己の管理する情報を守る義務がある。それを法的にも整備して、ネットワークの安全性を確保しなければならないと思います。

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対談目次

1)草の根活動で社団法人を設立し草創期のIT業界をサポート

2)立ち上がりつつある中国のIT産業と日本の休眠特許を結びつけたい

3)1人ひとりが「情報モラル」をもたなければ高度情報化社会が無法地帯になってしまう

4)企業における情報の管理と活用はソフトウェア、ライセンスの管理から始まる

ゲスト:久保田裕氏
社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会 専務理事・事務局長

プロフィール

聞き手:眞柄泰利
マイクロソフト株式会社

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