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(※ この対談は、2005年4月に公開されたものです) 眞柄当社が宿澤さんとマイクロソフトカップのお話をさせていただいたのは2年前のことです。ラグビーの普及にお役に立てればとスポンサーにならせていただき、今年1〜2月には第2回が開催されました。 私は毎試合、秩父宮ラグビー場で観戦していますが、観客の方は昨年より今年のほうが多かったように思います。ラグビーファンは年齢層が高いといわれますが、ラグビースクールのお子さんたちや30代40代の父兄の方々がたくさん来られていました。 その意味では子どもたちも楽しんでいましたし、マイクロソフトカップは2回目にして少しずついい方向に進んでいるという感触がありました。 宿澤トップリーグもマイクロソフトカップも、私は基本的に「小さく産んで大きく育てよう」と考えています。サッカーのJリーグとは競技もファン層も違いますから、特にJリーグを意識する必要はないと思っています。多くのファンを一気に獲得するのではなく、徐々に育てていこうというのが当初からの狙いでした。 その意味では、各チームもかなりレベルアップしてきたと思います。特に戦力面では、外国人の現役代表選手が入ってくるようになったのは素晴らしいことです。彼らのプレーは非常にレベルが高く、他の国々が羨むぐらい日本にはいい選手が集まっています。 観客のみなさんは選手個人を知らなくても、プレーを観れば非常にエキサイティングでパワフルなことがおわかりになると思います。テレビで観戦するより実際に競技場で観戦されたほうが、スピード感の違いなどすごくよくわかると思います。
眞柄そうですね。私も先日、秩父宮ラグビー場で観戦していたのですが、実はある方から「電光掲示板の下で観るのが通だ」といわれまして、試しに電光掲示板の下へ行ってみたんです。すると、キャプテンがチームをまとめようと声をかけるのがよく聞こえてくるんです。あれはすごい臨場感でした。メインスタンドやバックスタンドから観戦するのとは違う次元の面白さが味わえたと思います。あれほど選手たちの声が聞こえてくるとは想像していませんでした。 宿澤そこは秩父宮ラグビー場のいいところです。国立競技場は陸上のトラックがあって、グランドと観客席が離れていますから声まで聞こえてきません。秩父宮は選手同士のぶつかり合う音まで伝わってきますからね。 眞柄ところで、マイクロソフトの社員会では「奥・井ノ上イラク子ども基金」をサポートしています。秩父宮ラグビー場と花園ラグビー場で、マイクロソフトカップの期間に社員会主催で募金を行ないました。 私は故・奥大使を直接は存じ上げてはいなかったのですが、ラグビー関係者の多くが故・奥大使にお世話になったと伝え聞いています。宿澤さんにとって故・奥大使の思い出はどのようなものでしょうか。 宿澤奥くんが早稲田大学に入ってきたのは昭和52年で、私は住友銀行にいながら早稲田のコーチをしていた時期です。当時は少し早稲田が弱くなってきたころで、彼が1年生でラグビー部に入ってきたときは、久しぶりに大型のフルバックだと思いました。プレースタイルからみても「これは伸びるな」という印象があったんです。 私はその年の12月にロンドンへ転勤になり、早稲田ラグビー部とも離れました。しばらくして大学関係者に「奥はどうしてる?」と尋ねたら、外交官試験の勉強をするために退部したという話でした。そのときは非常に残念でしたね。あのままラグビーをつづけていたら、早稲田のレギュラーになり、ゆくゆくは日本代表クラスだと私はみていましたから。それぐらいの素質は十分にありました。 彼は早稲田卒業後に外務省へ入り、オックスフォード大学に留学しています。私がいたロンドン支店に電話があって、さっそく会いました。彼は2年間ロンドンにいましたが、私の自宅へ夫婦でしょっちゅう遊びに来ていました。一緒にラグビー観戦に行ったり、旅行に出かけたりと本当に家族ぐるみの付き合いでした。 彼は学生時代、外交官試験かラグビーかという選択で、ラグビーを諦めたんですね。ラグビーを捨てたのではなく諦めた。彼は高校時代に全国大会に出て早稲田のラグビー部に入りましたが、もともと外交官になりたくて早稲田に入学したのですからそれはいいんです。 ただ、やむなく諦めたことで、彼には僕ら以上にラグビーに対する想いがあったという気がします。僕のようにずっとラグビーに関わってきた人間にはわからない悔しさや無念さがあったんでしょう。だからこそ、ラグビー発展のために役立ちたいという気持ちが誰よりも強かった。日本代表や大学選手が海外へ行くときは、熱心に面倒みてくれました。 イラクへ行く少し前に彼からEメールが届いて、ロンドンの日本大使館からイラクへ長期出張することになったと書いてあったんです。出張というからすぐ戻ると思っていたら、なかなか帰ってこない。そのうち情勢が混乱してきて、本当に大丈夫かと心配していた矢先にあのような事件が起きたんですね。 眞柄故・奥大使の死はわれわれ日本人にとって大きな悲しみですが、日本のラグビー界にとってもたいへんな損失だといえますね。それだけ日本ラグビーの国際化に貢献されていましたから。
宿澤ある外務省関係者は「外務省で一番いなくなっては困る男が死んでしまった」と話していました。日本のラグビー界にとっても、2011年のワールドカップを日本で開催しようとしているいま、彼がいなくなってしまったことは本当に残念ですし、大きな痛手です。 彼がいたことはラグビー界にとって本当に財産だと思います。早稲田のラグビー部もただ強いだけでなく、彼のような各界のリーダーを輩出するクラブでなければいけないと強く感じました。 |
4)全員が戦略と戦術を理解して初めてチームプレーは継続される
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