
いまだに社員に「愛社精神」を求める企業の経営者が多くいます。不思議でたまりませんが、何が根拠と自信になっているのでしょうか。
例えば、ある人が食べるために就職口を探しているところ、たまたまある会社に就職することになりました。他の会社でも良かったのですが、その人がその会社を選んだのは、家に近いとか、仕事が慣れているとか、面接時の印象が良かったとかの理由です。そのように、ちょっとしたことで会社を選んでしまうケースが多いのです。 もっと言えば、もっと給料が良くて仕事が楽で知名度も高い会社に 行きたいのですが、行けないから妥協して今の会社に入る人がほとんどです。
会社も会社でもっと優秀な社員をもっと安い給料で雇いたいところですが、なかなか就職してくれないので。それなりの給料を出してとりあえずの人を雇っているのが現状です。中小企業の経営者のほとんどが人材面で不利な状況下に置かれていると認識しているはずです。
基本的には就職は市場の産物であり、雇用側と雇用される側の妥協で成立しています。100%満足もたまにはありますが、めったにないというのが実情でしょう。そうした中、独自の工夫で採用活動を展開していくのが企業側の経営であり、社員側の人生です。
そんな偶然と市場の産物の就職は「愛」とは何の関係もありません。なのに企業が新入社員に向かって一方的に「愛社精神」を求めるのは、なんだか滑稽に見えますね。道端で見かけた女性に「俺のことを愛しなさい」というも同然です。
「理由のない愛もなければ理由のない恨みもない」。企業が社員の愛を欲しがるなら社員に愛されるだけの理由を作らなければなりません。雇うだけで相手に愛を求めるなんで「雇ってやっているんだから感謝しろ」といっているのと同じです。人口減少、人手不足の時代にこんな傲慢な会社に就職したい社員などいないはずです。
社員に訳のわからない愛を求める前に社員にサービス残業を求めないとか、有給休暇を消化させるとかの労働基準法を守っていただきたいと思います。「大手と違って中小企業は厳しいのでサービス残業してもやっていけないんだから」という経営者がいますが、そんな会社をなぜ社員が愛さなければならないのでしょうか。

世の中にはサービス残業をなくした上、良い給料を払っている会社がいくらでもあるのです。「それに対して自分の会社はどうだろう」と考え、社員に申し訳ないという気持ちを持ったら、「愛社精神」はとても口に出せないと思います。
それよりも少しでも社員に信頼されるように会社の内容を説明し、経営の透明性を高め、社員の評価を公正にする努力をしてほしいと思います。
オーナーが自分の会社を愛しているのは当然であり、誰でも分かります。ただ雇われている身の社員が無条件に会社を愛する理由はどこにもありません。愛されたいならば、社員に信頼され、愛されるだけの経営努力と透明性を保証しないと無理な話です。
「このビルは俺のもの、この部屋も俺のもの、椅子の一つ、机の一つ、鉛筆の一つは全部俺のもの。だから君達はこれらのものを大切にし、愛しなさい」。こんな台詞がオーナー経営者から聞こえてきます。
このこと自体は非難されるものではありません。自分が愛しているものを、他人にも愛してほしいと思うのは自然すぎるほど自然なことです。しかし、そこに相手がいることを忘れると結果は反対になります。「良いか悪いか」という評論ではなく、「できるかできないか」、「効果があるかないか」という現実論です。
「愛社精神」を求める経営者に限って「社員を食わせている」とよく言います。社員は自分の会社に入らないと路頭に迷い、餓死してしまうと言うのです。こんなロジックもモラルもない経営者のところに就職する社員もよほどやむを得ない事情があるのかと同情しますが、その社員は求められる通り愛社精神を持つとあなたは思いますか?