旅館業は代々営まれていることもあり、慣習の固まりでもあります。しかし、未来永劫にわたって守り続けなければいけない伝統と、昔に何となく決まった慣習とは区別されるべきであると考えています。私は幸いにも銀花(ぎんか)という旅館をゼロから構築したことで、慣習を見直すよい機会を得ることができました。銀花には他の旅館にはほとんどあるにもかかわらず、ないものが3つあります。今回はその話をしたいと思います。

客室にドリンクの入った冷蔵庫がない理由
一昔前の旅館のイメージとして、朝になるとロックがかかる扉の冷蔵庫や、一度取り出すと瓶を戻せなくなるような冷蔵庫を思い出される方が読者の中には多々いらっしゃると思います。最近では、そのような特別仕様の冷蔵庫は減り、ホテルのように何種類かのドリンクがあらかじめ入っており、自己申告で伝票精算する旅館が増えています。

銀花の「パブリック冷蔵庫」
銀花の客室には冷蔵庫はあることはあるのですが、中には無料のミネラルウォーターのボトルが1本入っているだけで、ビールもなければ、ジュースも入っていません。また、フロントへ電話してドリンクを注文する方式でもありません。では、どうしているかというと、ロビーにコンビニエンスストアにあるようなガラス張りの大きな冷蔵庫が置いてあります。お客さまはここからお好きなビール、ワイン、日本酒のみならず、地元の漬け物や手作りアイスクリームなどを自由にチョイスし、お部屋で召し上がっていただきます。部屋の冷蔵庫を開ければすむものを、わざわざ部屋から出て取りに行かせるとは何ごとかと思われる方もいらっしゃるでしょうが、私はこれをお客さまにより満足していただくための仕掛けの1つと考えています。部屋の冷蔵庫のメリットはたしかに、手軽に飲み物を入手できることにありますが、実は問題点も多々あります。1つは冷蔵庫のサイズが小さいため、どうしてもあたりまえの品揃えとなってしまいます。
また、ご利用がなければ、ドリンクはそのままにしておくオペレーションが一般的ですので、どうしても鮮度が落ち、ひどいところになると賞味期限の切れたドリンクが入っているということにもなりかねません。銀花ではバリエーション豊かで新鮮なドリンク(牛乳もあります)や地元でしか手に入らないようなおつまみを多種そろえ、お客さまに満足していただくと同時に、従業員にとっても各室での冷蔵庫チェックという作業削減を実現しています。

駅から遠いにもかかわらず送迎がない理由
銀花に電車でお越しになられる方は、JR城崎駅で下車後、タクシーで1,000円弱のお金が必要となります。ふつうのサービス感覚であれば、送迎車を用意すべきという結論にたどり着きますが、私は違う結論を出しました。それは銀花へお越しになるお客さまの多数が、リッチなご夫婦・カップル、あるいは女性友だちの3人組という構成だからです。お客さまの旅の物語はすでに始まっています。
電車を乗り継ぎ、城崎に着く。そこで、もし送迎車が来て、見知らぬグループと車内で席を同じくしたらどうでしょう。あるいは送迎の時間を気にしながら、城崎の町並みを散策することは楽しいことでしょうか。たしかにそういうことが気にならない方や逆にそういうほうが楽しいという方もいらっしゃるとは思うのですが、銀花のお客さまの嗜好を考えると送迎は逆にないほうがよいと考え、現在に至っています。

高級旅館でありなから、部屋食でない理由
えっ、銀花は部屋食じゃないの、というお言葉をお客さまからときどきいただきます。が、料理の鮮度、温度を維持し、お客さまの食事のペースや好き嫌いなどを厨房にリアルタイムにフィードバックするにはどうしても部屋食では過剰なコストをお客さまに強いてしまいます。銀花では、十分な個室感覚を保ちつつ、お客さまには食事処へお越しいただいています。高価格帯の旅館ではありますが、無駄のないコストパフォーマンスを心がけています。
以上の話は、あくまでも現在の銀花の最適解と思われる施策です。ビジネスにはさまざまな環境がありますので、A社の成功実践例が、B社でも同じ成果を収めるとは限りません。私たちが携わっている旅館にはそれぞれ全く別のやり方で慣習打破にチャレンジしています。それだからこそ、旅館経営には飽きがくることがなく、私には楽しくてしようのない理由の1つなのです。