私はこの十一年にわたり、旅館再生事業と女将の育成を目的とした「女将塾」の仕事に取り組んでいます。嫁ぎ先である城崎の温泉旅館が赤字であることを知って以来、四十年、手探りではじめた廃業回避から旅館業成長への取り組みの1つ1つが私の生き方に大きな影響を与えてきました。とくに、女将イコール経営者であるという、ごくごく当たり前のことに気づくと同時に、まったくの素人が嫁いだその日から、若女将の一丁できあがりという風潮に強い違和感と危機感を持ちました。ビジネス社会にあって、女将とは女性ならではのひじょうにユニークな経営ポジションです。狭い世界での母娘相伝だけで、一流の経営者が生まれるとはとうてい思えません。これまではたまたま、優秀な番頭さんや、下足番のベテランメンバーのフォローがあって、素人が経営トップに就いても倒産せずになんとかやってこられたという状況です。日本が誇る究極のサービス業、旅館業をもっと健全な状態にしたい、そんな焦りともつかない願いが、女将塾なのです。
さて、今回のコラムを通じて、女将塾でもっともよくいただく質問についてお答えしようと思います。なぜ、女将塾の再生案件はすべて成功しているのか、です。第一回目は、「止血」についてのお話です。
私たちが業務委託を受ける案件はみな何かしらの問題がありますが、もっとも最初に着手すべき問題は固定費の削減です。旅館業は地域に根ざし、歴史とそれなりのステータスのある事業ですから、人情的、世間体的に、リストラをすることがなかなかできないようです。しかし、私たちは外様ゆえに、この憎まれ仕事を断行することができます。相手が古参の番頭でも、板前でも容赦はしません。面談と今後の経営方針のディスカッションを通じて、旅館再生に危機感を持って真剣に取り組んでいただけない方にはご退場をいただいております。
旅館は季節により繁忙期とそうでない時期があるのですが、たいていの旅館は一番忙しい時期に人を補充しながら、暇な時期になってもその人をそのまま雇用し続けていることがよくあります。こうなってくると仕事が必要以上に細分化され、人の心もネガティブスパイラルに入ってきます。館内を見渡すと、脱衣場が汚れていても、そんなことには全くおかまいなしのスリッパ整理専任係がいますし、お客さまの荷物運びのお手伝いに無関心な駐車場専任係が生まれてしまうのです。
旅館には季節により忙しさの変動がありますが、それは、一日という小さな時間を考えても同じです。また、厨房、風呂、客室、フロントといった場所によっても忙しい時間帯は異なります。ですので、従業員には複数の業務を担当していただき、最適な仕事のローテンションを用意することにより、全体最適をより強く意識してもらうのです。仕事の範囲を広げることは、その視界をも広げます。目の前の自分の仕事の遂行だけでなく、滞在を通じてお客さまの満足を獲得するという最終目的まで意識が向けば、自ずとサービスは向上します。これまでの経験則でいうと、たいていの旅館は三割の人が減っても、業務のクオリティを落とすことなくオペレーションが可能です。実際に従業員が一〇〇人規模だった旅館を、七〇名ほどの運営に変えたところがありますが、何の問題もありません。

女将塾塾生の久下奈美子さん、
銀花にて修行の日々
一方で、在庫の圧縮も進めます。たとえば、ある旅館では巨大な冷蔵庫が何機もありました。中を見ると奥の方から賞味期限の切れたビールが大量に出てきます。さっそく一台の冷蔵庫のみを残し、他の冷蔵庫の扉には使用禁止の張り紙をし、コンセントを引き抜きました。厨房スタッフには今後は一台の冷蔵庫でやってくださいとお願いします。一見立派な厨房にも思えますが、その見栄はドンブリ勘定でも問題がないかのような状況を作り出し、過剰な在庫を生み出します。と同時に、その無駄を何とも思わない、感じられないという従業員も作ってしまうのです。私たちは職場毎にさまざまな新しい状況を用意し、メンバーには日々の業務を見直し、工夫することを覚えていただいています。
このようなカイゼンを積み重ねていくと、半年後にはこれまで慢性赤字だった状態から少しずつ単月度トントンになってきます。早い再生例として、女将塾が業務委託を受けてからたった一年で事業がV字回復し、黒字化に成功した案件もあります。
今回のコラムは、医療のたとえでいえば、止血の状態を作り出したところです。出血をとめてから初めて本格的な治療が行えるのです。